04 - 過保護時々罠
「…………何があった」
やっぱり怒ってる。
ため息を漏らすわけにもいかなくて、ユキは上手い言葉が思いつかないものかとあちこち視線を巡らせた。帰り道もいろいろ考えてはいたのだが、そこでも全く思いつかなかったから、悪あがきである。往生際が悪いともいう。
「ユキ」
思っていたより近くの声に、びくりと肩を跳ねさせてそちらに目を向ける。ユキに目線を合わせるように、片膝をついて向き合うイケがいた。
「何があった」
イケが怒っているのは、ユキに対してではない。それはユキもわかっている。けれど、こんな小さなことまで、イケが気に病む必要はないと思うのだ。ちょっと我儘な子供が石を投げてきただけ。死ぬほどの怪我でもない。
だがしかし、こんなに心配そうな瞳で見つめられたら、ごまかすのも居たたまれなくなってしまう。
最後の抵抗として、ユキは前半部分をすっ飛ばすことにした。
「……ターニャに、当たりそうだったから」
イケが訝しげに眉を顰める。
「村の女の子だよ。ほら、山羊族の」
これはぴんと来てないな、とユキは説明を入れた。
イケはどうやら、村人のことをほとんど覚えようとしていないらしい。さすがに村長くらいは覚えているようだが、それぞれの名前を出しても毎回、誰だっけ、といった態度だ。
「……ああ、あの少女か」
あの少女扱いなのは、本人には気の毒過ぎて言えない。ユキはまた一つ秘密を抱え込むことになった。
「それで」
ごまかされてはくれないか。
淡い期待ではあったものの、あっさりと打ち砕かれると何とも言えない気持ちになる。
「庇って、石に当たったんだけど……当たるんじゃなくて、叩き落とせばよかったなーって……後から気づきました」
半ば破れかぶれで答え、ふいと顔を逸らす。上手く立ち回れなかったことをちょっぴり悔しく思っているのだと、イケが勘違いしてくれたらそれでいい。
「……ユキ」
名前を呼ばれて、渋々イケに向き直る。
「獣人族の少女のことは、どうでもいい」
どうでもよくはないと思う。いくら丈夫な獣人族の子でも、変なところに石が当たれば、今後の生活に支障が出るかもしれない。
ユキが獣人族ほど丈夫なわけではないが、少なくとも、当たり所が悪い、という事態を回避できるくらいには、イケとの訓練を積んでいる。
まあ、イケからしたら子供の遊びのようなものかもしれないが。
「誰がやった」
やっぱり気にしているのはそっちだよな、と思う。何とかならないかと話をすっ飛ばしたけれど、そこのところをごまかされるようなつもりは、もちろんイケにはないだろう。
別にユキだって、好きで隠そうとしているわけではない。トニオは面倒くさい坊ちゃんなので、できる限り関わりたくない。関わらないために、イケから隠そうとしているだけだ。事実を知ったのに何の手も打たないなんて、彼がするわけがない。
「……俺には言えないか?」
そう言ったイケが悲しそうに見えて、慌てて首を横に振る。
「ち、違うよ、イケが信用できないとかじゃなくて!」
急いで言い募ると、滅多に現れないイケの微笑が目に入った。
「教えてくれるな?」
これ、騙されたのでは?
渋面を作ったユキに対し、イケは優しい笑顔のままだ。複雑な気持ちになりながらも、罠にかかったユキは諦めて答える。
「トニオが、石投げてきた」
「……またあいつか」
苦々しげにため息をついて、イケはそっとユキの頭を撫でた。癖っ毛でほわほわとしたユキの髪は、撫でると気持ちいいらしい。
「いい加減、俺が手を出してもいいと思うんだが……」
「ダメだよ」
ユキは即座に否定した。イケが手を出したら、悪戯をした子供へのお説教、みたいな長閑な話ではなくなってしまう。再起不能とか、生涯云々とか、とにかく不穏な未来しか見えない。場合によっては致し方ないのかもしれないが、暴力に暴力で返しても、何の解決にもならない、と思う。少なくとも今回は、トニオに暴力を返すことは、妥当ではない気がする。
イケが不満げに顔をしかめ、ユキを抱っこして立ち上がった。視点が普段よりずいぶんと高い。ユキが子供な上にイケの背が高いからで、何とも苛立たしい身長差だ。
「何で抱っこするの」
頬を膨らませて抗議するが、どこ吹く風といった様子だ。
「こうでもしておかないと、怪我をしているのに働くだろう」
軽々と片手でユキを抱えて、イケが袋の中身を片付け始める。本当に何の負担でもなさそうなところが、さらに苛立たしい。
「ちょっと切れただけだから、大丈夫だってば」
大した怪我でもないのに、イケは時々過保護になる。子供なんて毎日どこかを怪我していても当たり前なのだから、絶対に気にし過ぎだ。それにユキは病弱なわけでもない。
「本当なら一日寝かせておきたいんだが」
「それはやだ……」
「ならこれで我慢しろ」
実力行使の上に言い負かされた。
諦めて身を委ねたユキの頭を、イケの空いた方の手がぽんぽんと撫でた。
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