02 - 恋路は自分で切り開け

 ほんのり甘くてぴりっとするお茶を飲ませてもらって、ターニャと二人でサリノの家を出た。お茶自体も温かかったが、何だか体の内側からぽかぽかしてくる。もしかしたら薬草茶だったのかもしれない。


「なんかあったかいね」

「高いお茶じゃないといいんだけど……」

「ユキは心配性ね」


 ターニャは笑っているが、薬や薬草茶によってはすごく高いらしいのだ。

 らしい、というのは、ユキも金銭価値についてよくわかっていないから、曖昧な表現をしてしまうわけだ。とにかく何だか、山の外にある町とかでは、お金をたくさん出して薬や薬草茶を買うことがあるらしい。

 イケに教わった範囲で言えば、メルディという薬草で作られた薬は安いが、ちょっと名前の似たメディテレースという薬草で作られた薬は、王様くらいお金持ちでないと買えないらしい。王様がどれくらいお金持ちなのか、ユキはこれもよくわかっていないのだが。

 まあでも、ちょっとぽかぽかするくらいの薬草茶だったら、そんなに高くないかもしれない。干し肉のお礼のつもりで飲ませてくれたのかもしれないし。


 一人で納得して、ウォレスの雑貨屋に向かう。イケやユキが山で狩った魔獣の素材を、買い取ってもらうのだ。一部は物々交換で品物を分けてもらうこともあるが、こうして得たお金で、山を下りた先の町で、村では手に入らないものをイケが買ってきてくれる。

 ユキも町というところへ行ってみたいと思ったことはあるが、一人で大きな魔獣の群れを倒せるようになってからじゃないとダメ、と言われて諦めた。五、六匹の群れなら何とかなるが、それ以上となると難しい。それにたぶん、イケが言っているのはゴブリンやコボルトのような、知恵が回る魔獣の群れのことだ。普通の獣に近い、山狼のような群れならまだしも、賢い魔獣の群れに突っ込むほど、ユキは冒険心溢れる性格ではなかった。


「ユキたちは、もう冬ごもりの準備をしてるの?」

「上の方が、早いから」


 ユキの言葉に、そうねとターニャも頷く。ユキたちの住んでいるところと、村のある場所では季節の進みが少し違う。冬は先に寒くなるし、春が来るのは遅い。村人たちよりも、冬への備えは厳重にしなければならなかった。

 そうしてもう少し季節が進んだら、ユキたちは村に下りなくなる。冬の間はなるべく、何事も家の近くで済ませるようにする。採取できる食料も少なくなるし、余計な物資の消費は避けたいし、寒さで命を落とす事態にもなりかねないからだ。特にイケは、雪の強い日には絶対に外に出してくれない。


「だから、今日は塩が多めにあると嬉しいんだけど……」


 最後の方は呟くようになって、ユキは困ったことになったと思った。

 先ほどユキに突っかかってきていた男の子たちが、こそこそとついてきている。ターニャは気が付いていないし、もちろん向こうは完璧に隠れられていると思っているようだが、イケに鍛えられたユキにとっては、子供の遊びのようなものだ。おそらくまたユキにちょっかいをかけたいのだろうが、ターニャがいる手前、姿を現しにくいし、かといってユキを好きにさせておくのは気に入らない、そんなところだろうか。


 面倒だなぁ、と、心の中でげんなりする。ユキが気に入らないのはもちろんあるだろうが、彼ら、というか彼らのリーダーのトニオは、ターニャの気を引きたいだけなのだ。ターニャが何かとユキの世話をするから、それが気に入らない。ターニャはそんなことをするトニオが気に入らなくて、ユキを庇おうとしてますますあれこれしてくれる。悪循環だ。

 そっちで勝手にくっついてくれよ、とも思うが、残念ながらターニャの気持ちはトニオには向いていない。ではターニャの目的はユキか、というとそれも違う。ユキにも何とも言えないが、イケと対面した時のターニャは目が輝いているし、頬も赤くなっているし、まあ、見ればわかる。ユキと関わっていれば自然とイケと接する機会も増えるし、そういうことなのだ。利用されている感も否めないが、別に不愉快なわけでもないので、ターニャに関してはそのままにしている。


 問題はトニオだ。ユキに対して明確に敵意を持っている。嫌がらせはしょっちゅうだし、口を開けば罵ってくる。悪口くらいは実害がないので放っておくし、大きな怪我や荷物が被害を受けなければ、嫌がらせに関しても、ユキとしてはどうでもいい。ただ、それに他の人が巻き込まれるようなことはやめてほしいし、イケがめちゃくちゃ怒るので本当にやめてほしい。傍で見ていてもぞっとするくらいだから。

 親にも他の大人にも怒られているのに、どうしてやめないかなぁとため息も出そうになるが、彼はターニャの気を引きたいだけなのだ。方向性が間違ってますよと教えてあげたい気もするが、言っても聞かないだろうしユキにできることがない。いい加減にしろと叩きのめすこともできなくはないが、暴力に暴力で答えても意味がなさそうなので、諦めて放置しているところなのだった。


「村では、まだ何もしてないの?」


 ユキの声が小さくなったのを不思議そうにしていたターニャに、そのまま話題を振る。彼女を置いてとっとと去りたい気もするが、彼女はちょびっと下心がありつつも、親切心で一緒にいてくれるのだ。それを無碍にするわけにもいくまい。


「まだ秋祭りが終わってないもの」

「……そっか、まだだったんだ」


 収穫が得られたことと、山の恵みに感謝する秋祭り。それが終わってから、この村では冬ごもりの準備を始める。ユキたちは村に住んでいるわけではないので、いつ開くのか正確なところを知らない。タイミングが合えば参加することもあるが、今年はどうだろうな、とユキは袋を背負い直すふりをして、立ち位置を変えた。

 ごつん、と音がして、石が地面に落ちる。

 コントロールも悪いくせに、こんなのがターニャに当たったらどうするつもりなんだろう、とユキはそれを見下ろした。


「ゆ、ユキ!? 大丈夫!?」


 ターニャの慌てた声に顔を上げ、青くなっている彼女に首を傾げる。と、額が少し冷たくなった。もしかして血が出たのだろうか。それはまずい。


「な、なんだ、魔獣の子のくせに血は赤いんだな!」


 バカ、何で出てきた。

 聞こえてきた声に顔をしかめて、ゆっくりとそちらを振り返る。トニオとそのお仲間たち。少し慌てているように見えるのは、さすがに血が出るほどの怪我をさせるのはまずかったとでも思っているのだろうか。後から思うならやるな。


「トニオ! あんたたち何したかわかってるの!」


 ターニャも火に油を注がないでほしい。そんなふうに責めたって、向こうもますます意地を張るだけだ。


「何だよ! 魔獣の子なんだから、退治するのは当然だろ!」


 ぎゃーぎゃー言い合い始めた彼らに、ユキは遠い目をしそうになった。子供の力で投げられた石が当たったくらいで大したことにはならないし、額の近くに当たったからそれなりの量の血が出ているだけだ。今は言い争いじゃなくて、怪我の手当てをさせてほしい。誰でもいいから、大人が出てきてくれないだろうか。


 そう思ったからかどうかは知らないが、大声で誰かが近づいてきた。


「ついにやったな! この悪ガキどもめ!」


 人選が悪い。

 出かかった言葉を、ユキは何とか飲み込んだ。


「何をこそこそしているかと思えば!」


 トニオたちも顔をしかめているが、手を出してきたのは彼らの方だ。ユキは何も口にせず、賢く黙っていることを選んだ。


「ゆ、ユキ……」

 小声で呟いたターニャに頷き、抜き足差し足でひっそりと彼から遠ざかる。今はトニオたちを叱りつけるのに夢中だから、たぶん二人の行動には気づかない、はずだ。


「よかった、かな……?」

「……ひとまず、ウォレスさんのところに行こう」


 頷いたターニャと連れ立って、雑貨屋の方に急ぐ。怪我をしたらサリノのところに行った方がいいだろうが、ここから薬師のところに向かうとなると、ラルフの視界に入ることになる。下手に彼に気づかれる方が、よっぽど面倒なことになる。


 ラルフは決して悪い人ではない。ただ、めちゃくちゃ話が長い。一を質問したら十返ってくるような人なのだ。いや、質問しなくても百くらい語ってくれるかもしれない。世間話のつもりで「明日のお天気はどうでしょうねぇ」とでも言おうものなら、「なるほど、天気かね。天気というのはそもそも風が強く影響を及ぼしていて」と始まり、天気に関する事柄を延々披露した後、「以上の前提知識と今日の天気、風向き、気温などを鑑みるに、明日は雨だろうね」と返してくれる人である。

 その深い知識については尊敬に値するものなので、時間と気力がある時にはお話ししてみてもいいかもしれない、とユキは思っている。未だに両方が揃っていた例はないが。

 そんな人が何故こんな村にいるのかは、世界の七不思議と言っても過言ではないかもしれない。

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