01 - 薬草と干し肉

 ユキはイケと共に山に住んでいる。イケが何者なのか知らないが、自分を拾って育ててくれていることは知っている。ユキは孤児というものらしい。孤児だから何だ、ということもよく知らないのだが、山を少し下りたところにある村に行くと、孤児だからとちょっかいを出されることもある。


「まったくもう、あいつら!」


 水をかけられるとか、石を投げられるとか。ユキに向かってくる分には避ければいいし、雑貨屋や薬師のところに持っていくものがダメにならなければ困らないのだが、それはどうやら人に対してやってはいけないことらしい。

 やめなさい、といつも彼らを追い払ってくれる少女に、ユキはよくわかっていないながらもお礼を言った。


「えーと……ターニャ、ありがとう?」

「何で疑問形なのよ……もう……」


 ユキがそんなんだからなめられる、とか、もっと毅然と立ち向かわないと、とか言われても、どの辺りをどうすればいいのかわからなくて、ユキとしても何とも言えないのだ。


「心配だから一緒に行ってあげる。サリノおばあちゃんのところとウォレスさんのところ?」

「うん」


 山で採れた薬草を薬師へ、魔獣の素材を雑貨屋へ持っていくことで、ユキたちは生活用品を手に入れている。基本的に自給自足ではあるが、全てを賄えるわけではない。


 薬師の家のドアをノックすると、姿を見せた老婆は顔を綻ばせた。


「ユキちゃん、いらっしゃい。それにターニャも」

「こんにちは、サリノさん」

「こんにちは、サリノおばあちゃん」


 ユキも男の子なので、ちゃん付けで呼ばれるのは恥ずかしいのだが、何回言っても薬師のサリノは直してくれない。ターニャはちゃん付けではないのに、どうにもおかしいと胸の中で思うが、もうほとんど諦めている。

 招き入れられた部屋で、そこだけ場所が空けてある机に薬草を並べていく。


「メルディ、リファル、イソラ、クィエ……いっぱい持ってきたのねぇ」


 呪文のように唱えられた薬草の名前に、ターニャが顔をしかめた。彼女はこういうものを覚えるのが苦手らしい。ユキはイケに教わった通り、そして教えられたものしか知らないが、あまり苦に思ったことはなかった。一度にたくさん教えられたわけではなかったからかもしれない。


「もうすぐ雪が降るから」


 雪が積もってもそれはそれで別の薬草を採取するのだが、村に下りてくるのが大変になる。それに冬は調子を崩す人が増えるから、薬師としては在庫を増やしたいはずだ。そう思って、ユキは今回多めに薬草を採取してきていた。


「そうねぇ、もうそんな時期ねぇ」


 のんびり言いつつ引き出しをいくつか開けて、サリノが箱を抱えて戻ってくる。薬草との交換で、ユキが欲しいものをくれるのだ。


「傷薬と、手荒れを防ぐクリームね。それから、念のため風邪薬を持っておいき」


 ユキもイケも、ほとんど風邪をひかない。それでも毎年、サリノは風邪薬を融通してくれる。村で使ってもらっていいのにな、と思いつつ、ユキはその親切を断らないようにしている。孤児だしイケに聞いたことがないから、ユキは自分の年齢を知らないのだが、どうやら子供にあたることはわかっていたからだ。大人は、子供を大事にする、または親切にするのが常識らしい。


「ありがとう、サリノさん」


 薬草を入れていた袋に今度は薬を入れ、ぐちゃぐちゃになってダメにならないよう位置を整える。

 と、薬草とは別にお土産を入れていたことを思い出した。


「忘れてた、これあげる」


 魔獣の山鼠の干し肉だ。ネズミと言っても、後ろ足で立てばユキの腰くらいまではあるから、上手く解体すればそれなりの量の肉が取れる。冬ごもりに向けて貴重な食糧だ。


「あら、いいの?」

「たくさん作ってるから」


 サリノは一人暮らしだ。結婚して子供もいたが、夫は若い頃に病気で亡くなったらしい。それで薬師になり人々を治療していたものの、息子は魔獣に襲われて命を落とした。娘は村外の人と結婚して一緒に住もうと言ってくれているらしいが、自分が引っ越してしまうと村に薬師がいなくなるため、渋っているそうだ。

 そんな優しいおばあちゃんを、ユキはできるだけ支援することにしていた。バレバレかもしれないが、恩着せがましくしたいわけではない、というのは伝わっているはずだ。


「ありがとうね、助かるわぁ」


 今回も、受け取って頭を撫でてくれるサリノに、ユキの頬も緩む。自分のしたことで好きな人が喜んでくれるのは、嬉しい。


「ユキっておばあちゃんっ子よね」

「おばあちゃんっ子って、何?」


 ターニャの発した単語を聞き返すが、ふふん、と笑って教えてくれない。ターニャはたぶん、ユキより少し年上なのだが、こうして知らない言葉を使ってユキをからかう時がある。普段大人に見せようと背伸びしているのに、こういう時は子供っぽいのだから、ちょっと扱いに困る。ターニャはどういう立ち位置にいたいのかわからない。


「二人とも、温かいものでも飲んでおいき」


 サリノが出してくれた助け舟に素直に乗って、ユキは勧められた椅子に腰を下ろした。

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