第29話

 とうとう宣言してしまった。

 調子に乗って、エリナに告白すると約束してしまった。


 とても恥ずかしい行為だ。

 三帝竜コンプリートの高揚感に酔っていたとはいえ、


『このゲームを全クリしたら、好きな子に告白するんだ』


 と臆面おくめんもなく誓っちゃったわけである。


 イタすぎる男だ!

 悪いことが待っていそうで怖い!


 たぶん、大丈夫だよな。

 YESかNOの返事は置いとくとして、告白ゴールまでは漕ぎつけられるはず。


「ん? どうしたの加瀬くん?」

「いや……ちょっと考えごとを……」

「へぇ〜、そうなんだ」


 丸っこいエリナの瞳がこっちを見つめてくる。

 かわいい、小動物みたい。


「珍しいね」

「あはは……」


 ここは朝の教室。

 2人きりのトーク時間である。


 この伏見エリナが?

 サトルの恋人になる?


 今すぐ告白するとして、エリナがOKしてくれる確率は何パーセントあるだろう。

 30%か、10%か、それとも3%以下か。


 いやいや。

 自信を持っておかないと。

 数分とはいえエリナの家にお邪魔したのだ。

 サトルのことが苦手なら、絶対にそんなことは起こらない。


 一番ありそうな展開は、

『私、恋人がほしい気分じゃないんだ〜』

『加瀬くんとは、このまま友達でいたいな〜』

 やんわり断られるケース。


 本当にありそう。

 ゆえに一番怖い。


「加瀬くんのゲームは順調?」

「ああ、とっても順調だよ。この前、三帝竜といわれる強敵を倒してね」

「サンテイリュウ?」


 エリナが怪訝けげんそうな顔をした。

 まるで三帝竜のことを知っているみたいに。


「けっこう強い3体のボス敵で……」

「え〜と、たとえるなら伝説の鳥ポケモンみたいな」

「そうそう。その表現がぴったりだね。仲間の人と協力して、なんとか倒すことができた」

「その続きはどうなるの? 終わりじゃないよね?」


 エリナがぐっと身を乗り出してくる。


 どうしたのかな。

 今日はやけに積極的だ。


「次にバトルする敵は決まっている。これまた厄介なドラゴンで、二皇竜におうりゅうというのだけれども……」

「うんうん」


 二皇竜。

 天照竜てんしょうりゅう……アマテラス・ドラゴン

 月詠竜げつえいりゅう……ツクヨミ・ドラゴン


「この二皇竜との戦いは、けっこう特殊なんだ」

「どんな風に?」


 エリナがさらに接近してきた。

 もしかして一緒にドラハンをプレイしたいのかな? と邪推しそうになったのだけれども、くだらない妄想はいったん脇に置いた。


「ドラハンの戦いは、基本、N対1……つまり、複数名のプレイヤーで1体のドラゴンを相手にするんだ。でも、この二皇竜との戦いは、N対2……2体のドラゴンを同時に相手にしないといけないんだ」

「それは、とても大変」

「そうだね。あまり考えたくないけど大変だね」


 サトルたちの場合は2対2。

 それぞれ1体のドラゴンを引き受けて、片方が落とされちゃったらゲームオーバーとなる。


「それって、勝てるかな?」

「う〜ん、なんとか……工夫次第では……」

「へぇ……はぁ……ふぅ〜ん」


 エリナの語気が弱くなっていく。

 とても不安そうな面持おももちで、胸元のボタンをいじくっている。


「安心してよ。ソロプレイ縛りでやっているプレイヤーは、1人で2体を同時に相手して、そのまま倒しちゃうから。理屈の上では、1人でも勝てちゃう相手なんだ。そこに2人以上で挑む。そう考えると、勝てない相手じゃない、という気がするよね」

「そう……だね」


 今度はぎこちない笑みをくれる。


「加瀬くん、がんばってね」

「うん」


 おかしいな。

 二皇竜とバトルするのはサトルであって、エリナじゃないのに。


「私もがんばるから」

「ん? がんばるって、何を?」

「え〜と……家のこととか、ちびっ子の世話とか」

「ああ、そうだよね。大変だよね。みんな育ち盛りだし」


 休みの日はどんな様子なのか訊いてみた。

 日の出とともに叩き起こされて大変、天然の目覚まし時計だよ、とうんざりしながらボヤいている。


 災難だな。

 一人っ子で良かった、とサトルは思う。


 視界の隅っこに登校してくるエリナの友人が映った。


「じゃあ」

「また」


 どうしたのだろう。

 エリナは明らかに挙動不審だった。

 プライベートの悩みでも抱えているのか。


 助けになってあげたいのは山々。

 とはいえ、首を突っ込めるような仲じゃない。


 引きつったエリナの表情が、魚の小骨みたいに、意識のどこかに刺さって離れなかった。

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