第22話

『ゲームショップ』なるものが、数年前まで、この街に存在していたらしい。

 そんな話を耳にして、サトルはびっくりした記憶がある。


 なんでもゲーム機とゲームソフトを専門に取り扱っていたそうだ。

 お店によっては、中古ゲームを買い取ったり、トレーディングカードを販売していた。


 え? 無理ゲーじゃね?

 家電量販店で買った方が、ポイントが付く分、お得じゃない?

 そもそもDL版を好む消費者も少なくないだろうに……。


 そう思って調べてみたら、秋葉原のような聖地を除いて、とっくに絶滅してしまった業態らしい。


「ねえねえ、加瀬くん、ここの100円ショップ、10年くらい前はゲームショップだったんだよ」

「えっ⁉︎ マジで⁉︎」


 サトルは自転車の急ブレーキをかけた。


「伏見さん、ゲームショップに入ったことがあるの?」

「うん、小さいときにね。両親に連れられてさ」


 一面にゲームソフトが並んでいたらしい。

 壁には攻略本とか、ゲーム用のアクセサリーが、所狭しと置かれていたそうだ。


「攻略本? それって、攻略サイトにのっている情報を一冊の本にまとめたやつのこと?」

「うんうん、昔の人はネット環境がなかったから。ゲームの攻略で詰まったら、先にクリアしている友人に訊くか、攻略本に頼るしか、解決法がなかったんだってさ」

「へぇ〜、前時代的というか、すごい不便な時代だね〜。俺なら全クリできずに諦めそうだよ」

「実際、そういう人も多かっただろうね」


 ゲームショップ。

 その未知なる響きは、サトルにとって、RPGに出てくる武器屋・防具屋・道具屋に似ていた。


「我が家はもっぱらここでゲームを買っています」


 やってきたのは家電量販店。

 同じ制服の生徒がいないか警戒しながらドアを抜ける。


 ゲームコーナーは2階に上がって、少し奥まった位置にあった。

 最近リリースされたゲームの体験版が置かれている。


「どれにしようかな〜」


 エリナいわく、多人数で遊べるソフトが欲しいらしい。

 小学生がわいわい盛り上がれそうなやつ。


「最後にゲームソフトを買ったの、いつなの?」

「もう5ヶ月くらい前かな。弟や妹は飽きずにプレイしているんだけどね。さすがに新しいのを買い与えようかなって」


 しっかり者のお姉さんみたいな口ぶりであり、エリナの新しい一面を見つけた気がした。


「これとか、どうかな? もしくは、こっちとか?」


 サトルがおすすめしたのは、対戦アクションゲームと、レーシングゲーム。

 国内だけで100万本以上売れている鉄板タイトルだ。


「ああ、このシリーズか。もしかしたら、古いバージョンが家にあるかも」

「新しいバージョン、かなり評価が高いんだよ。新ステージとか、新キャラクターとか、たくさん実装されているから、飽きずに長く遊べると思う。それに……」

「ん?」


 エリナと視線がぶつかった。


「これならアクション性が低いから、伏見さんも家族と一緒に楽しめるんじゃないかな?」

「へぇ〜、加瀬くん、そんなことまで考えてくれるんだ。やっぱり、優しいね」


 エリナがソフトに手を伸ばす。

 折の悪いことに、サトルの手も伸びており、きれいにバッティングしてしまった。


 これは恥ずかしい。

 ソフトをつかむはずが、エリナの手を握ってしまった。


「あっ……ごめん」

「ううん……私こそ……うっかりしていた」


 びっくりした。

 エリナの手、予想以上に柔らかかった。

 人間の一部というより別の小型動物みたい。

 男と女でこうも違うものなのか。


「お詫びにあとで何かおごるから。本当にごめん」

「いや、気にしないで。本当に大丈夫」


 ぺこぺこし合う男女を、スタッフの男性が、いぶかしそうな目で見ている。


「他におすすめとかある?」

「そうだな。俺がプレイした経験があるのは……」


 別のソフトについても説明していった。

 エリナは真剣に聞き入っており、サトルをますます饒舌じょうぜつにさせる。


「加瀬くんって一人っ子?」

「うん、だからゲームはもっぱらネット対戦だね。時々、あおりプレイが大好きなやからがいてさ。それさえなけりゃ、天国みたいな環境だよ」

「へぇ〜、煽りプレイ? おもしろいのかな? 煽り運転の煽りだよね?」

「そうそう。原始人時代からの本能だよ。優位を見せつけたい欲求」


 サトルはピシッと指を立てた。


「10回に1回くらい、煽りゲーマーを返り討ちにできるけれども、その爽快感はヤバい。脳汁のうじるドバドバ〜! ドーパミンが止まらねぇ! みたいな」


 エリナが腹をよじって笑いはじめる。


「加瀬くん、おもしろいね。ゲームをやっていて、一番興奮する瞬間が、煽りゲーマーを成敗した時なんだ?」

「こればかりは仕方ない。映画の悪役がぶっ飛ばされた時、拍手したくなるのと一緒だよ」

「あっはっは!」


 サトルは戸惑った。

 こんなに嬉しそうなエリナ、初めて目にしたからだ。


 感情の起伏に乏しい女の子。

 そういう固定概念を持っていたのだが……。


 これじゃまるで、目の前にいるのが素のエリナで、学校では猫かぶりエリナみたいだ。


「加瀬くん、やっぱりおもしろいね」

「それはお互い様かもね」


 どうやらサトルは、伏見エリナという女の子について、氷山の一角くらいしか理解していないらしい。

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