第7話

 その日の夜。

 サトルは釣りに熱中していた。


 もちろん、現実世界のフィッシングではない。

 ドラハンの世界に、たくさん魚の釣れるエリアがあり、1時間くらい乱獲しているのだ。


『ダイヤモンド・フィッシュが釣れました』


 おっ、ラッキー。

 ここだと一番レアなやつだ。

 出現する確率は1%未満だったはず。


 釣れた魚の使い道は3つ。


 お店で売ってお金に変えるか。

 装備アイテムの強化に充てるか。

 他のアイテムと交換してもらうか。


 キャラクターをパワーアップできる上、純粋な釣りゲームとしても楽しめるから一石二鳥といえる。


『魚に逃げられました』


 あっ、やっちゃった。

 油断するとエサを持っていかれる。


『アメジスト・フィッシュが釣れました』


 よしよし。

 けっこう高値で売れるやつだ。

 次のアタリを待つあいだ、キーボードをカタカタと操作する。


 SATO:

『そういや、ライダーさんって』

『なぜ変態ライダーという名前なのですか?』


 変態ライダー:

『ん? 気になる?』


 SATO:

『いや、普通に気になりますよ』

『通りすがりの男性が頭にパンツを被っていたら』

『気になるのと同じレベルで気になります』


 変態ライダー:

『なんだよ、その表現(怒)』

『竹生えるわ』

『TTTTTT』


 あれ? 怒った?

 自分で変態を名乗っているくせに?

 他人から変態呼ばわりされたら不快に思っちゃう人かな?


 変態ライダー:

『理由は2つあってだな』

『覚えやすさと、インパクトだよ』


 SATO:

『へぇ〜』


 変態ライダー:

『SATOみたいな名前は覚えやすいけれども』

『似たような名のプレイヤーが多数存在するだろう』

『SAKOとか、SATTOとか、SATUとか、SATO123とか』


 SATO:

『たしかに……』

『このゲーム内にもSATOは何人かいますね、絶対』


 変態ライダー:

『俺はオンリーワンが欲しかったんだよ』

『あと、変態ライダーてメチャ強そうだろう』

『ダークヒーローみたいな感じで』


 SATO:

『まあ……正義のヒーローじゃないですね』


 変態ライダー:

『変態って言葉には……』

『形や状態を変えること』

『という意味がある』


 SATO:

『はぁ???』


 変態ライダー:

『つまり、健全すぎる日本語だ』


 SATO:

『………………』


 いやいや。

 100人中99人までは、変態性欲の方を想像するのでは?


 SATO:

『変態ライダーという名前のイメージは……』

『ぶっちゃけ、犯罪者の一歩手前、て感じですね』


 変態ライダー:

『えぇ〜、なにそれ!』

『ひでぇ!』


 SATO:

『まあ、冗談ですけれども』


 変態ライダー:

『犯罪者の一歩手前wwww』

『大森林wwww』


 思いっきり歓喜している。

 変態といわれて喜ぶやつはド変態、という説もあるくらいだから、これはド変態認定してもいいだろう。


 SATO:

『ライダーさんの名前は明らかに変質者です』

『女性を近づけない効果があります』


 変態ライダー:

『あっはっは!』

『じゃあ、俺とつるんでいるSATOも』

『変質者の仲間じゃねえか!』


 SATO:

『まあ、そう見えるでしょうね』

『知らない人からしたら、ライダーさんが親玉で、俺は子分でしょう』


 ぷっぷっぷ。

 ダメだ、笑いが止まらない。

 キーボードを打とうとして何回も失敗してしまう。


 チャットの楽しさはクセになる。

 学校のおしゃべりとは違った中毒性がある。


 変態ライダー:

『それよりさ、SATOはなんか悩みないのかよ』

『片想いのA子以外でさ』

『青春らしいやつ』


 SATO:

『そうですね』

『学校の定期テストが近いってことですかね』


 変態ライダー:

『あ〜、テストね』

『いつの時代も若者を悩ませるよな』

『SATOは勉強って得意なの?』


 SATO:

『自分でいうのも何ですが……』

『そこまで嫌いって感じではないです』

『ただ、モチベーションの維持には、毎回苦労しますね』


 変態ライダー:

『わかる〜』

『苦痛だよな、モチベーションを上げるの』


 SATO:

『なぜテストとか存在するのですかね?』

『日本の若者はもっと遊ぶべきだと思いますが……』


 変態ライダー:

『そりゃ、アレだよ』

『やりたくないことに耐える訓練だよ』

『SATOの親父おやじさんってサラリーマン?』


 SATO:

『はい、ごくごく普通のサラリーマンです』


 変態ライダー:

『サラリーマンになったら嫌なことが8割というが……』

『そういう苦痛に耐えるテクニックを10代のうちに身につけるんだよ』

『つまり、テストっていうのは一種のストレス耐性訓練だ』


 へぇ〜。

 ライダーさんの考え方は大人だな。

 学校の先生よりも真実を教えてくれる。


 SATO:

『ライダーさんは学校が嫌いな人間でしたか?』


 変態ライダー:

『どうかな〜』

『友達と過ごす時間は好きだったけどな〜』

『なんつ〜か、違和感はあったよな』


 SATO:

『違和感?』


 変態ライダー:

『うんうん』

『学校にいる時の自分は本当の自分じゃない、みたいな』


 SATO:

『あ〜』

『少しは理解できる気がします』

『自然と周りに合わせちゃいますよね』


 サトルはお昼休みの風景を思い出した。

 愛想笑あいそわらいしたり、テキトーに相づちを打ったり、カドが立たないよう意識してしまう。


 変態ライダー:

『俺ってさ……』

『昔から真面目ちゃんで通してきたんだよね』

『本当はゲームが好きなのに、周りのやつらは興味がなくて』


 SATO:

『それは辛いっすね』


 変態ライダー:

『だろ〜』

『その反動が現在の俺だよ』

『変態ライダーとかいう、やたらテンションが高くて……』

自己じこ顕示欲けんじよくみたいなのが丸出しのゲーマーなんだよ』


 SATO:

『文字にすると痛いです』


 変態ライダー:

『こんな俺でも、一歩家の外に出ると、真面目なキャラクターの仮面を被っているわけよ』


 サトルは釣りの様子を気にした。

 ライダーさんのエサが食い逃げされている。


 SATO:

『話題は変わりますが……』

『さっきからアタリを何回も逃してますよ』


 変態ライダー:

『あっ! いけね!』

『タダ食い、何回目だよ!』


 ほのぼのした時間もゲームの醍醐味だいごみといえる。

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