第8話

 サトルはいったん、コントローラーを置いて、冷蔵庫へ向かった。

 缶ジュースを片手にゲーム機のところまで戻ってくる。


 ぷしゅ!


 開封したのはレモン味のコーラだ。

 しかも、ドラハンの限定デザインになっている。


 お願いしたわけでもないのに、ゲームとのコラボ商品を買ってくるなんて、サトルの母親もなかなか乙といえよう。


 さてと。

 釣り竿を取り出して、フィッシングを再開させた。


 SATO:

『ライダーさんの方こそ……』

『最近の悩みとかないのですか?』


 変態ライダー:

『俺の悩みねぇ〜』

『そんなの語り出したら山ほどあるよ』

『5年後とか、10年後とか、将来に対する漠然ばくぜんとした不安みたいな』


 SATO:

『へぇ〜』

『将来のことが不安なのですね』


 サトルの場合、5年後は大学生で、10年後は社会人だ。

 期待が半分くらい、不安も半分くらい、というのが本音である。


 変態ライダー:

『不安しかねえ』

『新しいコミュニティーで孤立しないかな〜、とか』

『現実世界の俺、けっこうチキンハートだからさ』


 新しいコミュニティー?

 もしかして、転職を視野に入れているのだろうか?


 変態ライダー:

『人生には解決法なんかないんだ』

『あるのは、前に進む力だけだ』

『解決法は、後からついてくるものさ』


 SATO:

『なんすか、それ?』

『ライダーさんが考えた格言モドキですか?』


 変態ライダー:

『ちげぇよ!』

『マジモンの格言だよ!』

『サン=テグジュペリ、て聞いたことないか?』


 SATO:

『ああ……』

『飛行機乗りの小説家ですっけ?』


 変態ライダー:

『そうそう』

『20世紀のフランスを代表する文豪だな』


 フライトキャップをのせたフランス人の横顔を思い出す。

 たしか『星の王子さま』を書いた人だったはず。


 変態ライダー:

『当時の飛行機ってさ、とにかく性能が悪いんだよ』

『しょっちゅう、機体トラブルに巻き込まれるんだよ』

『つまり、テグジュペリは、明日死ぬかもしれない、みたいな環境で生きていたわけだ』


 SATO:

『へぇ〜』


 変態ライダー:

『先週まで職場であいさつしていた友人が……』

『昨日、事故で死にました、みたいな世界』


 ドラハンのようなゲーム環境とは真逆。

 残機が一つだけの世界ってわけか。


 SATO:

『現代じゃ考えられないっすね』


 変態ライダー:

『SATOも想像してみぃ』

『見渡すかぎり砂漠なのに、エンジンがゴロンッ! ゴロンッ! 鳴り出したら、ビビって小便もらすよな』


 SATO:

『あ〜』

『奇跡的に着陸できても地獄ですね』

『俺なら餓死がしします』


 変態ライダー:

『テグジュペリの作品には……』

『生命感みたいなやつが宿っているんだ』

『死に近づいた時こそ、生命を実感できる、みたいな』


 SATO:

『ゆえに登場人物のセリフが心に響くわけですね』


 変態ライダー:

『そういうこと』


 解決法は、後からついてくるものさ、か。

 サトルは教えてもらった言葉を復唱する。


 SATO:

『ライダーさん、読書が好きなんですね』

『かなり意外です』


 変態ライダー:

『いやいやいや!』

『俺のボキャブラリーの豊かさ!』

『どう考えても読書家のソレだろう……常考』


 はっ? 常孝?

 ああ、常識的に考えて、の略か。

 懐かしすぎるネットスラングだから、一瞬、誤変換かと思ったよ。


 変態ライダー:

『SATOは本とか読まないの?』


 SATO:

『あまり読まないですね』

『現国の模試対策として、たまに手に取るくらいです』


 変態ライダー:

『うわぁ〜!』

『大学受験のために小説を読むとか〜!』

『真面目ちゃんかよ!』


 SATO:

『だって、仕方ないじゃないですか』

『文章を読むのにモタモタしていたら……』

『時間切れになってテストが終わってしまいます』


 変態ライダー:

『((*´∀`))ケラケラ』

『そんな理由で本を手に取るやつ……』

『生まれて初めて聞いたわ!』


 そんなに変だろうか。

 サトルは釈然しゃくぜんとしない気持ちになる。


 変態ライダー:

『とっつきやすい外国文学とか』

『教科書にのっているような日本の名作とか』

『学校の図書館で借りて読んでみぃ』

『だまされたと思ってさ』


 SATO:

『しかし、何から手を出したらいいのか分かりません』


 変態ライダー:

『ネットのおすすめ書籍を調べるか』

『同年代の本好きに聞くのが一番かな』


 SATO:

『ふむふむ』


 変態ライダー:

『趣味が読書の人間、まあまあモテるらしいよ』

『だから俺は、プロフィールの趣味欄とかに……』

『ネトゲじゃなくて読書と書いている!』


 SATO:

『うわぁ〜』

『現金な人ですね〜』


 変態ライダー:

『((*´∀`))ケラケラ』


 同年代の本好き、か。

 もちろん、浮かんだのはエリナの横顔だ。

 学校で会話するチャンスをつかめると嬉しいのだが……。

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