第4話

 あれから1週間が経った。

 長いようであっという間の7日間だった。


 まず伏見エリナについて。

 急接近したイベントがあったので記しておく。


 あれはもう奇跡だった。

 1年分の運を一気に消費してしまった。


 サトルの手から落ちた消しゴムが、エリナの足元に転がって、ありがたいことに拾ってくれたのである。


「あ、加瀬くんの消しゴム、私と一緒だ」


 というセリフ付き。


 もしや会話の糸口なのでは?

 チャンスと感じたサトルは自然なスマイルを浮かべて、


「ありがとう。このメーカーの消しゴム、よく消えるよね」


 とエリナの反応をうかがってみた。


「そうそう。あと消しカスが好きなんだ。うにゅうにゅ合体してくれる感じ。……て、言葉じゃうまく伝わらないか」

「あれだよね。つい丸めたくなる柔らかさ、てことだよね」

「それ!」


 エリナは人差し指を立てて笑った。


「加瀬くん、読解力が高いね。あと、消しゴムの好みが合うなんて奇遇だね」

「あはは……そうだね」


 たったそれだけの会話。

 時間にして20秒くらい。


 しかも、空気を読まないエリナの友人が、


「ねえねえ、伏見さん」


 と妨害してきたけれども……。

 その直後、トイレに駆け込んで、ガッツポーズを連発するくらいには嬉しかった。


 加瀬くん、と呼んでもらえた。

 読解力が高い、と感心してくれた。

 うにゅうにゅの発音、愛らしかった。


 人差し指を立てるエリナの表情。

 なんてキュートなんだ。

 天使かよ。


 サトルは確信している。


 普段のエリナはパッとしない存在。

 でも、それは彼女が目立たない生き方を選択している結果であり、彼女そのものには十分すぎる魅力が宿っているのだ。


 いいな〜。

 伏見さん、実はゲーム愛好家だったりしないかな〜。


 2人でドラハンをプレイできたら……。

 彼女の前で格好いいところを見せられたら……。


 ダメダメダメ!

 伏見さんは真面目な女の子なんだ!

 そんな妄想、失礼すぎるだろう!


 でも、ワンチャン!

 たった1%でいいから!

 一緒にドラハンで遊べる可能性があるのなら……。


 ダメダメダメ!

 すでに変態ライダーという相棒がいるじゃないか!

 そりゃ、中身はおっさんだけれども!


 女にうつつを抜かして、ゲーム仲間を捨てるとか論外!

 そんなやつは、ゲーマーの風上にも置けない!

 いさぎよく灰になるべし!


 サトルは苦しんだ。

 恋 vs ゲームという究極のジレンマに直面していた。


 これは良くない。

 心の迷いはゲームの腕を鈍らせる。

 遠くない将来、決断せねば……。


 恋をとるのか、ゲームをとるのか。

 伏見エリナを選ぶのか、変態ライダーを選ぶのか。


 次はドラハンについて。


 こっちは着実に成長している。

 最初は雑魚モンスターに苦戦していたライダーさんも、攻撃と防御のコツを覚えて、見違えるほど動きが良くなった。


 2人には目標がある。

 初心者泣かせといわれるボスモンスター。

『タイタン・ドラゴン』を今日こそ倒すのである。


 ここまでの戦績は0勝20敗。

 日曜日なんて、7回挑んで7回敗れて、悔しさのあまり泣きそうになった。


 このタイタン・ドラゴン、とにかく体力が多いのである。

 動きは遅いし、攻撃も単調なのだが、いかんせん火力が高い。


 積極的にいったら、回復アイテムが尽きてゲームオーバー。

 消極的にいったら、全滅はしないのだけれども、時間が尽きてゲームオーバー。


 これは絶望だ。

 タイタン・ドラゴンに心を折られる初心者プレイヤーの気持ちが理解できる。


 その夜。

 サトルはゲームの世界にログインした。

 ライダーさんとの待ち合わせポイントへ向かう。


 変態ライダー:

『おっつ〜』


 SATO:

『お疲れさまです』


 変態ライダー:

『いくか、タイタン・ドラゴン』


 SATO:

『今日こそ倒したいですね』

『俺たち2人で』


 タイタン・ドラゴンを倒すだけなら、とても簡単な方法がある。

 上級プレイヤーにお願いして手を貸してもらうのだ。


 サトルたちは隅っこの方で死んだふりをしておく。

 1人でサクッとクエストクリアしてくれるだろう。


 でも、それじゃ意味がない。

 白旗を上げる行為に等しい。


 SATO:

『実はタイタン・ドラゴン打倒の秘策を思いつきました』


 変態ライダー:

『マジか⁉︎』


 SATO:

『とはいえ、完ぺきな作戦ではないです』

『でも、試してみる価値はあります』


 変態ライダー:

『おもしろそうだな』

『やってみようぜ』


 SATO:

『非常にシンプルな作戦なのですが……』


 昨日、サトルは気づいた。


 このタイタン・ドラゴン。

 登場するたびにサイズが異なるのである。


 小さい時は全長4メートルくらい。

 大きい時は全長5メートルくらい。


 あれ?

 小さいタイタン・ドラゴンの方は弱いのでは?

 だって、攻撃のリーチが短いような……。


 調べてみたら、案の定、ボスモンスターにはサイズの概念があることが判明した。


 タイタン・ドラゴンの場合、最小サイズが3.7メートル、最大サイズが5.5メートルらしい。


 体力とか攻撃力とかは固定。

 とはいえ、リーチの差はデカい。

 1.5倍くらい違う計算になる。


 SATO:

『タイタン・ドラゴンに負けるとき』

『いつもギリギリ負けていますよね』


 変態ライダー:

『なるほど』

『最弱のタイタン・ドラゴンを狙えば』

『俺たちにも勝機はあるってことか』


 SATO:

『そうです、そうです』

『勝率90%くらいあります』


 変態ライダー:

『おおっ! すげぇ!』

『SATOは天才だな!』


 SATO:

『いえいえ』

『まだ机上の空論ですが……』


 変態ライダー:

『でも、勇気が出てきた!』

『タイタン・ドラゴン恐怖症っていうのかな?』

『正直、あいつの顔見ると、手足がすくむんだよな』


 SATO:

『それも今夜で終わりですよ』


 変態ライダー:

『よっしゃ! やってやる!』


 SATO:

『いきましょう!』


 連敗ロードに終止符を打つべく、サトルはコントローラーを強く握りしめた。

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