第2話

 たまらなく好き。

 けれども理由をうまく説明できない。


 そんな現象、3年に1回くらい起きないだろうか。


 人生初のそれは散髪屋に置いてあるクルクルだった。

『赤』『青』『白』の帯みたいなやつが、ジャックと豆の木みたいに、ずぅ〜と上へ登っていくアレである。


 どこへ通じているのだろうか?

 四次元空間を行ったり来たりしているのだろうか?


 当時のサトルは初心ピュアだったから、それから1年間、下校のたび、この神秘の解明をがんばってみた。


 しかし、インターネットの威力は無情である。

 スマートフォンを所有している友人が、


『それはサインポールといい』

『16世紀のイギリスで発祥はっしょうし(諸説あり)』

『上に移動しているように見えるのは目の錯覚だ』


 ということをクソ丁寧に教えてくれた。


 サトルの希望は殺されたのである。

 あの友人と出会わなければ、SF系ファンタジー作家を目指す道があったかもしれない。


 それから数年後。

 サトルは伏見ふしみエリナと出会った。


 ちょうど高校の入学式だった。

 ランダムに選ばれたクラスの中に、サトルとエリナがいて、みんなの前で自己紹介をやらされた。


「伏見エリナといいます。趣味は読書です。家で小鳥を飼っています」


 あれ?

 それだけ?

 と思った記憶がある。


 とにかくエリナは影が薄い女子だった。

 属しているのも、いわゆる真面目系のグループ。


 校則は守る。

 授業中の私語はつつしむ。

 先生からは扱いやすい子と認定されている。


 かくいうサトルもそっち側の人間だ。


 恋愛に興味がないわけじゃない。

 けれども、それはお酒やタバコと一緒で、20歳まで待った方がいいのでは? とクソ真面目に考えていた。


 つまり、エリナに無関心だったのである。

 あの日が訪れるまでは……。


 小雨がチラつく下校時だった。

 まったく車が通らない交差点で、サトルは律儀りちぎに赤信号を守っていた。


 すると背後から猛スピードで自転車がやってきて、


「急げ〜! ふぁいお〜! 急げ〜! ふぁいお〜!」


 というかけ声とともに、赤信号を思いっきり無視したのである。


 ええっ⁉︎

 いつか死ぬぞ⁉︎


 それがエリナだった。

 一瞬だけ見えた横顔は、学校のエリナと同一人物とは思えないほど、鬼気迫るものがあった。


 エリナは基本、抜けている。

 体育のドッヂボールをやらせたら、真っ先にリタイアするタイプである。


 そんなエリナが本気を出すなんて……。

 よっぽどの事情があるに違いない。


 その翌日、エリナは学校を休んでいた。


 もしや、事故に巻き込まれたのでは?

 そのシーンを想像して背筋がゾッとした。


 しかし、答えはすぐに判明した。

 さらに翌日、エリナが登校してきて、


「実は昨日、学校を休んだのはズル休み」


 というのを盗み聞きしちゃったのである。


「えっ? 親が許可してくれたってこと?」

「ううん、体温計をコシコシコシって温めて……」


 ぷっぷ。

 かわいい一面もあるんだな。

 サトルは笑いそうになり、なんとか我慢した。


「でも、なんで休んだの? 好きなアニメのネット配信が開始したとか?」

「ううん、逆でね。最後の日だからね」

「最後?」

「うん、みんなとお別れだから……」


 そこでチャイムが鳴った。

 だから、何がエリナをズル休みに駆り立てたのか、理由は分からずじまいだった。


 ますますエリナが気になったのは……。

 いや、過去を思い出すのは止めよう。


 とにかく気になる存在。

 たとえるなら、散髪屋のクルクルみたいな。

 それが伏見エリナという謎めいた少女なのである。


 ……。

 …………。


 その夜もアヴァロン・オンラインをプレイしている時。


 変態ライダー:

『そういや、A子はどうなった?』

『SATOのクラスにいる好きな女の子』


 というチャットが送られてきた。


 SATO:

『特に変わりありませんよ』

『クラスメイトとして最低限の会話を交わすくらいです』


 変態ライダー:

『うわぁ〜。つまんねぇ』

『思い切って声をかけたらいいじゃん』

『共通の趣味とか見つかるかもよ』

『デートの可能性もあるだろう』


 サトルは、はぁ、とため息をついた。


 エリナのことはよく知らない。

 それはつまり、向こうもサトルのことをよく知らない。


 SATO:

『俺がゲーマーだって知ったら……』

『たぶん、A子さんは俺のことを軽蔑けいべつします』

『いかにも真面目そうなタイプなので』


 変態ライダー:

『そうかな〜』

『世の中にはネトゲが好きな女子も多いだろう』

『……と俺は信じているけどな』


 SATO:

『なんですか(笑)』

『希望的観測じゃないですか』


 変態ライダー:

『でもさ、でもさ』

『彼女と一緒にネトゲしたくね?』


 SATO:

『そりゃ……まあ』


 変態ライダー:

『それに、ネトゲで知り合った男女が結婚するとか』

『普通にありえる話だろう』


 SATO:

『夢を見過ぎですよ』

『あと、これだけは断言します』

『A子さんは絶対にネトゲとかしないタイプです』

『紙の本と電子書籍なら、紙の本を選ぶタイプです』


 変態ライダー:

『へぇ〜、奇遇きぐうだな』

『俺も紙の本を選ぶタイプだわ』


 SATO:

『そりゃ、ライダーさんは、アナログ世代のおっさんですから』


 変態ライダー:

『うわぁ〜、ひでぇ』

『おっさんなのは事実だけれども、実際におっさんと呼ばれたら、傷ついちゃうお年頃なのに……』


 SATO:

『なんすか、それ』

『少しもかわいくないっすよ』


 ぷっぷ。

 やっぱり、チャットは楽しい。

 ライダーさんのボケ、好きなんだよな。


 変態ライダー:

『これは人生の先輩としてアドバイスなのだが……』

『真面目な人間というのは必ず二面性がある』


 SATO:

『ふむふむ』

『二面性ですか』


 変態ライダー:

『A子も人に知られたくない趣味を持っている』

『SATOのネトゲみたいにさ』

『でも、本当の自分というのは……』

『隠れた趣味の方に熱中している自分なんだよな』


 SATO:

『そうっすかね?』


 変態ライダー:

『だから、A子の隠れた趣味を聞き出せばいいんだよ』

『読書だけが趣味の女子とか、幻想だから』

『もしいたら、天然記念物だから』


 SATO:

『ど〜せ、お菓子づくりとか、ボランティア活動ですよ』


 変態ライダー:

『聖女かよ!』

『趣味がボランティア活動とか、清すぎて無理だわ!』


 エリナの隠れた趣味か。

 なんだろうな〜。


 そんなことを考えながら、サトルは眠りについた。

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