中身がおっさんだと思っていたネトゲの相棒が、クラスにいる意中の女の子だった

ゆで魂

第1話

「サトル〜! そろそろお風呂に入りなさい!」

「は〜い! あと10分したらね!」


 日常でもっとも楽しい時間は何だろうか?


 家族団らんしている時。

 好きなアニメを見ている時。

 部活の試合で活躍している時。


 人それぞれだと思う。


 学校のテスト中だったり。

 眠りに落ちるほんの一瞬だったり。


 サトルの場合、一番楽しいのはゲームの時間帯だ。

 ネットに接続して、みんなと協力して、強大なボスモンスターと戦っている時。


 相手のHPゲージを削りきる、あの一瞬。

 勝利のファンファーレが鳴り響く。

 豪華な報酬アイテムが手に入る。

 ランクアップして成長する。


 ゲームに生き甲斐がいを求めるようになったのは、いつからだろうか。

 おそらく中学1年生の頃から。


 思っていた中学生活とビミョーに違う。

 勉強にも、部活にも、いまいち情熱が湧かない。


 そんな時、ネットゲームと出会った。

 最初は難しかったけれども、アドバイスをくれたり、一緒にプレイしてくれる人が現れて、次第にコツとか覚えて、そこからヘビーユーザーになるまでは一直線だった。


 ゲームはいい。

 努力するのが楽しい。

 学校みたいな同調圧力がない。


 いわば、サトルが生きるモチベーション。


 家から自転車で通える高校に入ったのも、ゲームが理由。

 テストでそこそこの成績を収めているのも、ゲームが理由。


 この楽しみを両親に没収されたくない。

 そんな子どもじみた動機に支えられている。


 サトルは手元のキーボードを操作した。

 ゲーム内のチャットウィンドウに、


 SATO:

『すみません、これからお風呂に入ります』

『30分くらい抜けさせてもらいます』


 というメッセージを打ち込む。

 すると20秒もしないうちに、


 変態ライダー:

『わかった』

『俺もいったん落ちるかな〜』

『22時30分にもう一回ボスいこうぜ』


 という返信が送られてくる。


 SATO:

『わかりました』

『では、また』


 SATO。

 これは加瀬かせサトルのプレイヤー名。

 よく、佐藤さんですか? と質問されるけれども、サトルから取っている。


 変態ライダー。

 こっちはゲーム内の相棒みたいな人。

 お互いの生活リズムが似ていることもあり、ほぼ毎日ネット内で会っている。


 変態ライダーのプライベートは知らない。

 会話している感じだと、

(1)サラリーマン

(2)独身の男性

(3)年齢は40代

 ということが予想される。


 というのも、変態ライダーの口癖が、

『早く給料入んねえかな〜』

『食らえ‼︎ ペガサス流星拳‼︎』

『あたたたた‼︎ 北斗百裂拳‼︎』

 とか、けっこうな年長者なのである。


 サトルの方は、自分が高校生であることを打ち明けている。

 テスト前日になると、ネトゲで遊ぶわけにはいかず、ログインできない理由を説明する必要があったからだ。


 変態ライダーは理解のある大人だから、

『おう、しっかりと勉強しやがれ!』

『じゃないと、俺みたいなロクデナシになるぜ!』

 と気さくな返事をくれる。


 優しい人だな。

 どんな仕事をしているのだろう。

 きっと愉快なキャラクターなんだろうな。


「さてと、さっさと風呂をすませるか」


 次のバトルに備えて、全身の筋肉をリラックスさせる。

 約束の22時30分、サトルは再ログインした。


 いま遊んでいるのは『アヴァロン・オンライン』というMMORPG。

 リリースされた日から続けており、この前、1周年記念イベントが開催されたばかり。


 このまま2周年、3周年と遊んでいくのかな。

 正直、マンネリ化してきた部分もあるのだが。

 でも、変態ライダーさんは楽しそうだし……。


 そんな心のモヤモヤは、意外と早くに解消された。

 ボスモンスターを討伐して一息ついたとき、


 変態ライダー:

『なあなあ』

『最近のアヴァロン、ちょっとマンネリじゃね?』

『1周年記念イベントで盛り上がって、俺が燃え尽きちゃったのかな〜?』


 というチャットが送られてきた。


 マジか〜。

 引退の二文字がサトルの頭をよぎる。


 SATO:

『ライダーさん、1周年記念ガチャで爆死してましたもんね』

『あと、最近はアヴァロンの引退者、目立ちますよね』

『この前、ランク1位の人がアカウントを消しましたし』


 変態ライダー:

『そうそう』

『アヴァロンも安定期〜衰退期みたいな』

『そこでだな……』


 この流れ。

 やっぱり引退か。

 サトルとしては、思い入れのあるアヴァロンを、もう少し続けたい気持ちもあったのだが……。


 仕方ない。

 ライダーさんに代わる相棒を見つける気も起きない。


 変態ライダー:

『来週さ、新しいゲームがリリースされるじゃん』

『ドラゴン・ハンター 4th』

『あっちに興味が湧いたんだよね』


 SATO:

『ああ……ドラハンっすか』

『日本のみならず、世界中で人気ですよね』

『アヴァロンから移籍する人も多そうですよね』


 変態ライダー:

『そうなんだよ』

『俺もこのビッグウェーブに乗るっきゃないと思ってな』


 SATO:

『でも、4thじゃないっすか』

『無印、2nd、3rdのプレイ経験、あります?』


 変態ライダー:

『いや……ない』

『悲しいくらい初心者なんだよ』

『そもそも、アクション性の高いゲーム、苦手だし……』


 SATO:

『あはは……(苦笑)』


 変態ライダー:

『SATOはドラハンの経験者?』


 SATO:

『あいにく、俺も未経験です』


 変態ライダー:

『じゃあさ、一緒にドラハンデビューしない?』

『どっかのギルドに入れてもらうのも、二人一緒の方が安心だろう』


 SATO:

『たしかに』

『しますか、ドラハンデビュー?』


 変態ライダー:

『えっ⁉︎ 本当に付き合ってくれるの⁉︎』


 SATO:

『いいですよ』

『その代わり、ライダーさんだけレベルを上げまくって、俺を置いていかないでくださいね』


 変態ライダー:

『わかってるって』

『じゃあ、男と男の約束な』

『ドラハン、女性プレイヤーも多いからな』

『うっかり、彼女ができたりしないかな』


 SATO:

『募集中ですか?』

『ちなみに守備範囲はどのあたりですか?』


 変態ライダー:

『18歳以上、59歳以下だな』


 ゲホッ! ゲホッ!

 リアル世界のサトルはせきする。

 するんじゃなかった、あんな質問。

 やっぱり変態だよ、この男。


 SATO:

『すみません……』

『今日はそろそろ寝ます』


 変態ライダー:

『おう!』

『残り少ないアヴァロン生活だけど、よろしくな』


 SATO:

『はい、また明日』


 変態ライダー:

『バイビー』


 ライダーさん。

 言葉のセンスがバブル世代なんだよな。

 そんなことを考えながら、サトルは眠りについた。

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