第一章「朝霞家の事情」

第1話 第三の復讐者

朝霞 時雨、一六歳。 彼は高校には通っていなかった。

二〇二五年、一〇月三一日に彼の人生は大きな変化を迎える。


特級指定悪魔「通称:エンジェル」のエリア外の暴走により、両親が死亡、妹のアヤも瀕死状態という重体。

だが、アヤは闇医者によりエンジェルの臓器を移植され一命を取り留める。 しかし、その代償として言葉と心の大半を失ってしまった。 通常の医者が人間に悪魔の臓器を移植しないのは、そのためだ。


また、闇医者を頼るためには、多額の金が必要であるのは当然。 時雨は暴力団から両親の家を担保に入れ、一〇〇〇万を借りた。 一年につき二割、利子が増えるという暴利で。


両親が死亡し、貯金も尽き、借金ができた時雨は高校をやめた。 もっとも、アヤをちゃんと見ていなければならないので、元から高校に行く余裕はあまりなかったのだが。

そして借金を返済させるため、暴力団の斡旋で、二〇二四年、突如として現れた悪魔の巣窟「巨塔」の攻略の仕事をやらされることとなる。 悪魔達と遭遇しないように移動し、時には交戦しながら秘奥にある財宝を、鞄いっぱいに詰めて持ち帰るという危険な仕事だった。

それでも彼は生きていて楽しいと思えた。 たまの休日にアヤを遊びに連れてやったり、面白いweb小説と出会えたり、些細な楽しみがあったから。 守るべき人がいたから、頑張れた。

だが、そんな絶望の中で僅かに息を潜めながら存在していた希望も、ある日を境に完全に壊される。



「は────ぁ……あ……は」


心臓は普段のリズムを忘れてしまったみたいに、激しく蠕動している。

視界はアパートの部屋一面に広がる赤褐色を映していた。


その視界が輪郭を捉えているのは────愛する我が妹の死骸だった。


頭蓋や胴体を無惨に穿たれ、全身の穴という穴から赤褐色や紫色、黄色がはみ出している。 顔は悲痛に歪められ、綺麗な白い歯を全て折られ、眼球があったところには、代わりに銀色が満たされていた。

目尻に溜まった熱い液体が頬を伝って、顎先まで落ちていく。


「な────ん、で」


一度、嗚咽が出ると、止まらなくなった。

赤褐色で濡れるのも構わず、床に膝をつく。


冷たくなった、妹だったモノの頬に手を伸ばす。

あの温かった頬は、冷蔵された食肉のように冷たくなっていた。


「誰が、こんな……ことを」


奥歯を噛み締めて、全力でフローリング床を殴る。 何度も、殴る。 何かに憑かれたように、殴り続ける。


それは永遠に続くと思われた。

が、ぎぃ、という床の軋む音で、俺は現実に引き戻される。

誰だ……?


ぎっ、ぎっ、とチャイムも無しに、閉めていた鍵も関係なく、それは部屋に侵入してくる。

ぎっ、ぎっ、と、それが複数の靴音だということに気がつく。


意識は八割方、そちらに割かれた。

巨塔産の鉈を構えて、壁に背中を貼り付けようとするが、少し遅かった。 部屋の入口には、男達の姿。

その面々は、見慣れた顔だった。


いつのセンスか分からないパンチパーマに、ポマードをたっぷり使って固められたであろうオールバック、傷跡のある者や、指のない者もいる。

その顔は所謂、強面に分類されるもので、全員が全員、目を尖らせていた。 そう、俺が借金をしているヤクザ達だ。

そして、その虹彩に映るは────俺の鏡像。


「どうだ、最愛の妹を殺された気持ちは」


先頭に立っていたオールバックに白スーツの男「センドウ」が上機嫌そうに口の端を釣り上げて、そう言う。


「あんたが……やったのか」


センドウは上機嫌そうな表情を崩さずに、


「あぁ、俺たちがやった。 とある人から三億出すから……って言われてな」


「そうか。 自分の意思でやったんだな?」


「なに気安く質問してんだァ!? てめぇェはよォ!!」


センドウは威圧する表情を浮かべると、胸ぐらを掴んできた。


「俺が、俺たちが、あんたらに報復する術を持っていないと、思っていたのか?」


「なんだと?」


センドウは俺を後方のテレビ台まで吹き飛ばすと、


「そんなハッタリ効かねえ!」


しかし、そんな言葉とは裏腹に額には冷や汗をかいている。 冷静さや覚悟を売りにするヤクザとは思えぬ失態。 コイツは組織の中でも下の方の人間なのではないだろうか?


「もう、遅い。 借金返済の手段として、巨塔攻略をやらせていたことが間違いだったな」


「もう遅いのはてめェの方だぁ!」


センドウはスーツの内側をまさぐると、黒艶の拳銃を取り出し、俺に向けて照準を合わせた。

よほど下に見ていた俺に驚かされたのがイラついているのだろう。 本気で殺す男の目をしている。


「センドウさん! コイツは殺したらダメって言われて……」


気弱そうな手下が、やっとの思いで制止せんとするが、


「うるせえええええ!!!」


センドウは構わずトリガーに指をかける。

彼の上の立場の人間でもない限りは、今の彼を止めることはできないだろう。


パァン、パァン、と乾いた音が部屋に響く。


「はぁ……はぁ……なんだ、やっぱり、ハッタリ、じゃ……ねえか……」


「セ、センドウさん!」


「あん? なんだ?」


「む、胸が……」


「あん? 胸がなんだってんだ?」


「あ……あ、あ……」


「お、おい! なに倒れんだよ! まるで撃たれちまったみたい、に……」


ばたん、ばたん、と連続して床に重いものがぶつかる音。


「どういう理屈か分からないが、俺は巨塔を攻略していくうちにこの能力を手に入れた」


俺は血の海に侵食されている床を視界に収めると、


「体から武器を生成するこの能力をな」


胸から西洋剣を抜き出す。 血が少し吹き出るが、妹を失った悲しみと比べたら、全然、耐えられる痛みだ。


「依頼者から貰ってる前金をやるよ、だから……」


「心底ゲス野郎だな。 だけど、変に善人なよりもよっぽど楽に殺せるから、逆に感謝だな」


俺は自身が放った銃弾が撃ち込まれ、痛みと出血で身動きが取れないセンドウに近付いていく。 ボロボロと惨めに涙を流していた。 俺はその様を見て黒い感情を覚える。


「依頼者の情報を吐け。 そしたら命だけは助けてやる」


「ま、待て! 依頼者は匿名で俺達に依頼してきてる……! 情報なんて知らねえんだ! 本当ぐはっ!」


鳩尾に蹴りを喰らわせる。

依頼者に情報を吐かないように、念を押されているのかもしれない。

だが、俺はこんな奴が苦しんで死のうがどうでもいいのだから、依頼者以上にコイツを追い詰めることも辞さない。 否、しなくてはならない。


「本当に……本当に知らねえんだ……」


そう言いながら、じりじりと、味わって舐めるように、ゆっくりと後ろに下がっていく。

逃がすものか……そう思い手をセンドウの襟元に伸ばすや否や、ぱりん、とガラスの割れる音がして、視界が血の色に染まる。 目を開けていられない。


何が起きたんだ!?


ここでヤツを逃がしたら、まずい。 多勢に無勢だ。 応援を呼ばれたら、勝てる保証はない。

瞼を擦って急いで瞳を開ける。


そこには……スイカを地面にぶちまけたような、酸鼻極まる光景が広がっていた。

センドウの着ていた趣味の悪い柄シャツは血で真っ赤に染まり、首から上が文字通り消滅している。

まるで、ショットガンで頭を射撃されたよう。

おそらく音の出処であろう窓ガラスを見る。 一センチほどの穴が空いていた。

これは、まさか……。


『射撃されている……!?』


センドウを撃ったのは、射撃ミスか、それとも情報を吐かれるのを阻止するためか。 どちらにしろ、俺の身も危ないと考えるのが妥当である。

アヤの死体をこんなヤツらの死体と同じところに置いておくのは、気が引けるが、今は逃げなければ……。

こんなことを計画した奴に復讐するために……。

俺は敵から見えるであろう位置を避け、財布と武器だけを回収し、部屋を後にした。


「アヤ……絶対に戻ってきて、母さんと父さんと同じ墓に入れてやるからな……」



朝霞 時雨の復讐(リベンジ)が今、始まる。

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デビルサモン・リベンジャー 津島 吾朗 @tmmti

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