第14話 準備

「お兄さん……この人達は」


アリスは言いかけて、人相の悪いスキンヘッドの男に目を向けられると、思わず口を噤み、蓮の後ろに隠れてしまう。


「半田、あんまり怖がらせてやるなよ」


シングルソファに掛けている長身の男は、半田というスキンヘッドの男にそう言うと、ふふと笑みを零す。


「嬢ちゃんに自己紹介をしよう。 俺は黒木組組長の黒木 嶺二。 こいつらは全員、俺の部下だ。 なに、ヤクザだからって悪いことはしてないさ、ただアビスの武器を法外に売っているだけさ」


黒木を名乗った男はそう言うとクリーム色のソフトパッケージのタバコを抜き取ると咥えて火をつける。 肺に煙を入れると数秒おいて、吐き出す。


それを見届けると、彼の隣に立っていた黒髪短髪で眼帯を着けている強面の男が灰皿を前に出す。


黒木は慣れた手つきでその灰皿に指を使って、とんとんとタバコを叩いて灰を落とす。


「お兄さんと黒木さんは……どういった関係なんですか?」


アリスが心配そうな顔をして蓮に問いかけてきた。


蓮が説明しようと口を開くが、黒木の咳払いがそれを遮る。


「それは俺の方から説明させてもらおう」


黒木はタバコを深く吸い込み、溜めてから大きく吐き出すと、語り出した。

アビスを探索していたら、悪魔に襲われ死にかけたこと。 そこを蓮に命を救われ、いつか恩を返すと約束したこと。 今朝方、蓮から武器を売って欲しいという電話がかかってきたこと。


黒木の説明で大方、理解できたのかアリスは納得の言った顔をすると「なるほどー、お兄さんは誰にでも優しいんですねー」と感嘆の声を漏らす。


「あぁ、十五とは思えねえ誠実さと人情を持っている人だ。 指名手配の報道がされた時から、これには裏があると思って、俺の方から電話したりしてたんだ」


「そんなことねぇよ、仲間を庇ってアビスで死にかけてたあんたのお人好しさには敵わねぇ」


蓮は黒木に向かって笑みを浮かべると、黒木もふふと笑い返した。


「で、目的の武器はどうする? かなりいいのが揃ってるぜ」


言って、黒木はシングルソファの横に設置された机の上に置いてある黒い、無機的なデザインのリモコンを手に取ると、自分の背後に向かってボタンを押す。


すると━━


一つの壁だと思われていたものが真っ二つに割れて、奥に部屋が見える。 中には拳銃から重機関銃、サバイバルナイフから性質持ちと思われる刀、槍、ハンマーといった武器の数々が神経質なまでに、黒艶の机の上や壁に綺麗に並べられている。


割れ目もない壁が割けるというのは五年前まではありえない技術だった。 それも、アビスの解析により科学技術が一気に進歩したためである。

米軍は高度なステルス機能付きのジェット機を持っている、という都市伝説もあるくらいだ。


普段の遠慮しがちな蓮からは考えられないくらいに、何の戸惑いも遠慮もなく、武器庫の方へと向かっていった。 黒木と蓮はそれだけ、気の置けない関係ということだろう。


アリスと黒木も蓮の後ろに続く。


蓮はまず最初に全体を軽く一瞥すると、拳銃のコーナーへと向かい、一般人から見たら、なんてことはない黒艶の拳銃を手に取った。


「黒木さん、これ性質持ちだろ? どんな性質なんだ?」


「へぇ、やっぱり分かるかい。 これは人間にも微弱に流れている生命力を何倍にも増幅、弾丸に変換させ発射する拳銃だ。 嬢ちゃん向けに説明すると、リロード、弾を入れ替える必要のない銃だな」


素人から見ては、性質持ちとそうでないものの区別はつかない。 しかし、区別の付け方は簡単。

アビス産の武器は現実の武器にはないフォルムをしているのだ。 少ない金を持って、ハンターショップで何時間もかけて銃を吟味していた蓮だからこそなせる技ではあるが。


「これ、買うよ」


蓮は拳銃をホルスターに入れて構え、照準すると、決心した。 性質が役に立ちそうだというのもあるが、自分の腕にしっくり馴染んだ。


「いや、お代はいらねぇ。 あんたは命の恩人で、戦おうとしている相手は俺らの敵でもあんだ。 どうしても金を払うってんなら、その代わりにそいつらを倒して、俺らの自由を守るって、約束してくれ」


「いや、でも……俺だって、倒せるか分かんねぇぞ?」


黒木は後ろに立っていた男の持つ灰皿にタバコの先端を押し付けて消すと、口角を上げた。


「倒せるか倒せないか、じゃねぇ。 倒すんだ、おめぇが負けるってことは、この嬢ちゃんが死ぬことも意味してんだぞ」


その言葉を聞いて、蓮は後頭部を思いっきりバットで殴られたような、凄まじい衝撃を受けた。 まだ頭に残っていた不安の氷塊が溶けていく……


「……そうだな。 分かった、絶対に勝つから、この拳銃は貰ってくぜ」


蓮は拳銃をホルスターに仕舞うと、黒木に笑みを返す。


「あぁ、そうしてくれ。 あと、もう一つ見てもらいてぇものがあるんだが……」


黒木は首裏を掻きながらそう言った。


「なんだ?」


「武器庫の中央のガラスケースの中にある、錆色の短剣と、年季の入った飛び出しナイフがあるのがわかるか?」


黒木の言った通り、ガラスケースの中にはその二つがあった。


短剣の方は、柄と鍔、刃の三身が一体になっている四十センチほどのもので、日本神話に出てくる剣を想起させる。

飛び出しナイフは刃は仕舞われているのか、ただの十五センチほどの鉄の塊という感じで、しかし使い込まれているのか、ところどころに傷やくすみがあり、所謂、歴史というものをありありと感じられる逸品であった。 そして、柄の反対側の部分に「討夜」という刻印、アビス産の武器にしては妙だ、と考える。


「あぁ……けど、どっちも武器としては実用的に見えないが……どうしたんだよ」


二つとも美術館からそのまま切り抜いたようなビジュアルであった。 そう、とても実用性に富んでいるようには見えない。


「短剣の方は嘘か本当か、討伐された青龍(せいりゅう)の死体からドロップしたものらしい。 レートの高い悪魔からドロップした武器にはそれ相応の価値があるってのは、知ってるだろ?」


黒木の言う通り、アビスの中にいるダンジョンマスターは殺すと必ず金銀財宝、武器をドロップする。


蓮は息を呑んだ。


「マジかよ、っていうか、あの青龍が討伐されてたことの方がビックリだが……そいつは凄い武器なんだろうな」


「あぁ、でナイフの方はこれまた不思議なことにアビス産の武器じゃないらしい。 しかし、それが驚異的な切れ味で、性質無しだっていうのにグレードはSSSって代物だ」


すっかり、そのナイフに興味を持った様子の蓮を見た黒木は「手に取ってみろ」と言う。


蓮は呼吸も定かではないくらいの興奮状態でナイフに手を伸ばし、ゆっくりと握ってみる━━━━と。


体に落雷に打たれたかの如く、電撃が走る。

今までの自分の中の常識を全て否定されて、なお余る。

それだけの衝撃。


「黒木さんこれ、理屈では説明できないけど、凄いよ……凄いとしか、言えない」


黒木は自分のことを褒められたように自慢げな顔をして「そうだろ」と言う。

蓮は虚空に向かってナイフを振るったり、逆手に構えてみたりしている。


「その二つも持っていきな。 どっちも既にジャンクだ、価値が下がるなんてことは気にしないでいい。 破損のリスクなんて無いだろうしな」


チェーンスモーカーの黒木は二つの説明を終え、それを蓮に預けると、酸素でも求めるように焦って、それでいて慣れた動作でタバコを取り出して火をつけた。


黒木は一服して灰皿でタバコを押し付けて消火すると、武器庫を後にしていた蓮に話しかける。


「蓮さんよ、泊まる場所はあるのかい?」


「ねぇけど、なんとかアビスに入ったりして凌ぐつもりだ」


そう言う蓮を見ると、黒木は嘆息を漏らす。


「やれやれ、俺らはあんたに死なれちゃ困るんだよ。 俺の組の管轄下にあるホテルに泊めてやるよ。 槇原! お前が世話ぁしてやれ」


槇原、と言われた二十代くらいの比較的若年のマッシュルームカットをした長身の男は「へい」と言うと、蓮の前にやってきた。


「槇原 啓司と言います。 蓮さん、これからよろしくお願い致します」


言って、槇原は四十五度に頭を下げる。


「あぁ……よろしく。 なんていうか、至れり尽くせりだな」


年上に謙遜されるというのは、蓮にとって初めての体験だったので、少し困惑してしまった。


「なぁに、気にすんな。 世界を救った大英雄を影から援助したって肩書きがつくじゃねえか」


黒木はそう言うと、三本目のタバコに手を伸ばしていた。 この様子だと彼の肺は既に真っ黒だろう。


「うん、じゃあ恩を着せるつもりで頑張る」


蓮は黒木に背を向けると、親指を立てて右腕を見えるように伸ばす。 アリスは黒木に向かって忙しげに頭を下げている。



槇原の後ろに続いて十分ほど歩いたところにホテルはあった。 しかし、それは蓮の予想を遥かに裏切るものだった。

蓮達の目の前には、円柱型の建物から煙突が伸びた、まるで西洋の城のような、ビジュアルの建物が聳立している。 看板には「HOTEL machine gun」と書かれていた。 これは……


「お兄さん、なんかお城みたいな場所ですねー」


アリスの率直な感想に蓮は「そうだなー」と苦笑を浮かべるしかない。


「ヤクザの管轄下のホテル、まあそうなるわな……」


それからホテルに入った二人は、槇原が手続きをしている間に先に部屋に入っていくこととなった。 何か必要なものがあったら、電話で知らせろとのことだった。

幸い、食べ物は電話で頼めるし、飲み物も自動販売機や冷蔵庫から確保できるのでその必要はないだろう。


「部屋がピンク色で、なんか可愛らしいです」


アリスは目を輝かせて感動の声を漏らす。


「……」


「お兄さん、これはお菓子ですか? 食べていいですか?」


そう言ったアリスの手には、三センチほどの四角形の、表面に細かいハートのプリントがされたアレが握られていた。


「だああああああああ!! 違う! オカシ違いだ!」


蓮は手を四方八方に動かすと、素早くアリスの手からそれを奪取する。

黒木の心遣いはありがたいが、ここでの数日間は大変な数日間になりそうだと、蓮は思った。

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