第4章 「暴かれる陰謀」
第13話 真実と、心構えと
絢音のアパートから歩いて一キロくらいのところでアリスは目を覚ました。 蓮は迷惑をかけないために出てきた旨を簡単に伝えると、すぐに理解する。
そこから歩いて図書館に着く頃には、すっから明るくなり、開館時間の九時を過ぎていた。 田舎の図書館だったので、混んでいるということはない。
アリスには、外で待っていてもらうことにする。 悪魔で身体を売られるのは、大体が少女型だからだ。 逃亡者は少女を連れていると指名手配で流されていることもあり、彼女を連れていくと警戒される可能性が高まるという懸念もあった。
入口で神経質そうだが声の優しい初老の職員に身分証明を求められたので、忘れたと言うと、書類に本名や生年月日、連絡先を記載することを求められる。
図書館は二十四時間営業ではないので、悪魔を泊められた、悪魔の逃げ場所にされたというようなトラブルが全国的に見ても全くないのと、ここはアビスの多い、ひいては悪魔関係のトラブルが多い都内ではなく地方であったため、身分証明も比較的、緩かった。
足早にパソコンのあるスペースに移動、デスクトップパソコンを起動━━USBメモリを差し込む。 すると、データの読み込みが開始。 パーセンテージが表示、ゆっくりと、だが着実に読み込まれていく。
ここに、全ての真実が記されている可能性は高い。
そう考えると、蓮は落ち着いてはいられなかった。
後藤邸で目にした、とてもではないが、看過できない単語が頭を何度も過ぎっていく。
真実を知ることで、復讐に一歩近付くのだが、蓮にはそれを恐れている節があった。
恐ろしい真実を知って、絶望するのが怖いのだろうか。 敵対組織である公安ハンター第一課の葛木の戦闘能力は凄まじかった。 彼に勝てたのは運が大きかった。 己の仇敵である公安ハンター第二課とは、もっと強い人間たちなのではないか、と。
それとも━━復讐者になって、アリスに顔向けできなくなるのが、恐ろしいのか。
自分のことだというのに、蓮は分からずにいた。
パーセンテージが七十五パーセントを超えると、加速度的に数字は上がっていき、あっという間に読み込みが完了する。
煙が漂う室内にいるように、息が詰まる。 まるで呼吸の仕方を忘れてしまったように、荒い呼吸になる。
慣れないPCの操作に戸惑いながらも、確実に真実に近付いていく。 ファイルを解凍━━━━
そこには、驚愕の真実が載っていた。
晦渋なやり取りがなされていたが、意訳すると、こうだ。
アメリカ合衆国、日本、韓国、中華人民共和国、ロシア、イギリスの計六国から成立する『World Order Units(略してW.O.U)』という組織が存在して、W.O.Uは試験的に七十の『ラビリンス』を日本国に導入、最初は警察組織と陸上部自衛隊から編制した組織で攻略させ、後に秘奥の宝物をチラつかせて民間ハンターというものを意図的に流行させる。
民間ハンターの後略が主流になったところで、W.O.Uは各国の首脳が謎の組織によって脅迫されたという形で、民間人を強制的にラビリンスに送り込む条件を無理矢理に適用させ、殺すという計画を実行に移す。
要するにラビリンス……おそらくアビスは「低所得者層を殺す選民機構」だったのであろう。
そして、蓮が指名手配となった理由は、第六号ラビリンスこと、東京都第六区アビスにある『ハート』が関係しているらしい。 今のところ、そのハートというものには全く見当がつかないが。 W.O.Uのトップに君臨している謎の人物『A.H』が、それを求めていて、それを奪った可能性の高い蓮を追っているとのこと。
なんてことだ……世界は、富裕層のエゴによって作り変えられてしまう。 蓮の呼吸は荒く、冷や汗が額を伝う。
規模が大きすぎて、なにをすればいいのか、分からない。
俺達は本当に勝てるのか? そんな疑問が一度、浮かんでしまうと、オイルの汚れみたいにしつこく頭を離れなかった。
真実を知ったことで上層部の人間に対する怒りや憎しみの感情は確かに覚えた、復讐の炎も衰えることはなかったが、しかし、それを遥かに上回る不安によって、それらの感情は相対的にとても小さなものになってしまった。
だが、ここまできて諦めるわけにはいかない。
自分達の積み重ねてきた辛く苦しい逃亡劇の歴史が、今更ここで踏みとどまれるか、と蓮に重圧を与える。
後藤のやり取りを見返していると、一つだけ、蓮にも妨害できそうなことがあった。
アメリカ合衆国大統領が一週間後に来日、その際に総理大臣と大統領がテロリスト集団に扮したW.O.Uの人間に襲われ、主導権を奪われる。 そして各国の首脳が同時刻にテロリストに脅迫され、民間人を無理矢理アビスに送り出すという筋書きらしい。
それを邪魔してやれば、計画を阻止とまではいかなくとも、遅らせてやることくらいはできるはずだ。
今できることはそれだけだ。
次のことは、任務を遂行したあとの自分に任せるしかない。 蓮は痛いくらいに動いている心臓を抑えて、図書館を後にした。
任務の遂行には、然るべき道具を用意しなければならなかったからだ。
図書館を出る際、蓮は窓に移る自分の顔が酷く険しいことに気が付き、意図して表情筋を緩める。 アリスに心配をかけさせるわけにはいくまい、と。
そうだ。 自分はアリスのために戦っているんだ。
ここで折れるのは、アリスを見捨てるのと、三人を裏切るのと同義なんだ。
蓮はそう心に言い聞かせると、自分に喝を入れて、図書館の前で待っていたアリスと合流する。
「よっ、待たせたな」
「どうだったんですか? お兄さん」
そう言ったアリスは極めて不安そうな顔をしていた。
アリスには、オブラートに包んで伝えよう。 そう考えた。
「相手は思ってた以上の強敵だけど、俺とお前なら、なんとかなる相手さ。 さ、気を引き締めていくぞ」
努めて明るく、しかし普段の振る舞いから違和感を感じさせない程度に振る舞う。
アリスはそれで不安は解消されたのか「はい! 頑張ります!」と言うと、いつもの子どもらしい表情に戻った。
◇
二人、電車に乗り込む。 目的地は秋葉原である。
現在の秋葉原では、PCパーツの販売が主流であった九十年代のように、数多のハンターショップにて、ありとあらゆる武器が売られているのだった。
W.O.Uのメンバーには大国の最高権力者が関与している。 葛木のような手練がいる可能性は高いだろう。
今から筋力を高める、技術を身につけるというのは非現実的なので、蓮は武器でそれらの差を埋めることにした。
蓮はハンターショップではなく、狭いビルの三階に入っているメイドカフェに入っていく。
「あれ? ハンターショップじゃないんですか?」
アリスが当然の疑問を発露する。
「まあ、ちょっと訳があるんだ」
蓮は薄い笑みを浮かべて、かつかつと進んでいく。
「いらっしゃいませー! お席まで案内しまーす」
黒髪に原色に近いピンクのハイライトの入ったツインテールヘアの厚いゴスロリメイクに包まれたメイドに迎えられる。 あくまで清楚系のつもりなのだろうが、近くによられると香水の匂いに混じって、微かにタバコの臭いがした。
「ご注文が決まりましたらお呼びください。 ご主人様」
メイドは蓮にウインクをすると一八〇度回転してキッチンの方へと向かって行く━━間もなく蓮は注文をする。
「エンゼルウイングを二人前、紅茶には砂糖を溶かしておいて」
蓮はメイドの耳にやっと聞こえるだけの声量でそう注文した。
その奇怪な注文を聞くとメイドは一瞬、真顔になるが、すぐにその顔色は蒼白になり、また笑顔に戻ると「かしこまりましたー」と少し調子の狂った声音で言うと、キッチンに戻って行った。
「さて、行くぞ」
「え? どこにですか?」
アリスはすっかり困惑している様子。 しかし蓮はそれを説明することもなく、どこか自慢げな顔で従業員用のトイレへと向かっていく。
三回、ドアをノックする。 すると施錠されていた扉はぎぃと音を立てて開かれた。
扉の奥には━━マフィア映画に出てくるような、六畳ほどの間取りの、とてもガラの悪い部屋。 タバコの臭いが鼻につく。
大理石の床の上には赤いカーペットが敷かれており、その上には大きな円卓。
その円卓に座している六人の人間は全員、ひと目で見て表側の人間ではないと分かる容姿をしていた。 黒スーツに各々のシャツを着込んでいる。 何よりも彼らの蓮達を見る目付きは、まるで人殺しのそれ━━━━
そして、部屋の中央にある王座のような、赤いド派手なシングルソファーの上に座している蛇が刻まれた派手な柄シャツに黒革のパンツを履いていて、額に大きな傷のある、哀毀骨立というほどに痩せ細った長身の男。
男が口角を上げると、口を開く。
「お待ちしてましたよ、蓮さん」
喉の粘膜の爛れたような恐ろしい声で、蓮の目を見つめながら、そう言った。
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