第17話 覚悟の新作
藍島と二人でジャパナイのライブを見に行った翌日の日曜日。
藍島から来た長文のライブ感想メールに適当に返信した俺は、自室の掃除をして気分を切り替えようとしていた。
(今年は受験だから、勉強もする必要があるわけだが)
棚の中の教科書や参考書、プリント類を整理しながら、自分の進路について考える。
俺は元々はそこまで成績が悪くなかったが、Web小説を書き始めてからはテストの点数は下降気味で、そこそこの進学校にいるとは言っても校内順位はわりと悪い。
だから今年真剣に良い大学に行きたいなら、この春からは心を入れ替えて勉強をする必要があった。
(でももう、トップクラスの大学は諦めよう。一番の理想の大学に進めなくなっても、俺は大学生になってからじゃなくて今小説を書きたい)
藍島に負けたことで創作意欲に火がついてしまった俺は、もしかしたらがむしゃらに頑張れば手が届くかもしれない難関校を諦めた。
今まで勉強ができる方として生きてきたプライドがあるので、受験勉強をすべてを捨てて小説を書くことはできないが、まず妥協できるところまで今から目標を下げる。
幸い俺は兄たちが全員もうすでに就職している末っ子なので、多少受験に失敗したとしても気を遣わなければならない弟妹もいなかった。
(なんとなくで旧帝を目指すのはもうやめだ。これからは地元で一番じゃなくて、二、三番目くらいの国公立を志望校にして小説を書く)
小説を書くときによく使っている建築や衣服の資料本を、受験用の参考書と一緒に机から一番手の届きやすい場所に置いて、俺は一人で力強く頷く。
それから俺は不要になったプリント類を紐で縛って廊下に並べ、母親には資源回収に出す不用品であることを伝えた。
ハンディモップで机やPCについた
(よし。これで新学期に物が増えても、しまう場所がないということはないだろう)
俺は大掃除の成果に満足して微笑み、脱衣所まで行き雑巾を洗って洗濯かごに放り込んでから、自室に戻って椅子に座った。
そしてPCを開き、プロットの管理をしているWebアプリを開いて、新しいファイルを作る。
仮のタイトルは「異能系主人公の学園ハーレム余命もの」である。
(今書いてる連載もまだ続けられるし、読んでくれる人たちもいるにはいるんだが、正直もう伸びしろはないだろう)
俺は自分が今現在投稿サイトで連載している小説の価値を冷静に推測して、これから自分が何を書くべきなのか考えた。
(だからちょうど今のきりの良いところで一旦終わらせて、新作で最近告知のあったコンテストに勝負をかける)
ただの趣味として、好みが一致する人に向けて書いて楽しんでもらいたいだけなら、今の連載を終わらせる必要はないだろう。
だが俺は、自分が書く小説は一冊の本として社会に流通するだけの価値があるのだと認めてもらいたかったし、自分がやっていることが無駄ではない証としてまとまった金額の収入を得たかった。
昔はただ何となく書き始めて、少数でも読んでくれる人がいればそれで良かったが、今日まで書き続けた今はもうそうではないのだ。
見返りを求めない趣味ではなく、対価をもらうプロを目指す者としてWeb小説を書き続けるなら、俺は今いる読者以外の人にも認めてもらわなければならない。
そのために俺は、新しい作品を書くことにした。
速筆な人なら古い連載を続けながら新作に挑戦できるのかもしれないが、受験勉強もあって筆が遅い俺はどちらか一つを選ぶしかなかった。
(でもとりあえず終わりらしい終わりはあるんだから、読者の人にエタったとがっかりされることはないはずだ)
エタとはエターナルの略であり、エタ作品とは続きがいつまでたっても更新されない、終わりが来ない作品を意味する。
作品をエタらさせることは読者の信用を失うことにつながるので、志が高い作者ならなるべく避けるべきであると考えられている。
まず俺は新作のだいたいのストーリーやキャラ設定を書き留めたノートのページを開きつつ、キーボードを打ってメモアプリ上の文字列として大雑把な内容をまとめた。
新作の内容は、退魔的な裏稼業を持った一族に生まれいろいろあって十八歳で死ぬ呪いをかけられてしまった男子高校生が、余命の短さを理由に異性を遠ざけるも結局なんやかんやでモテて困るというものである。
退魔バトル要素がありつつも余命モノ的な切ない青春展開も期待できる、自分としては売れそうな要素を詰め込んだつもりのキャラとストーリーだ。
そしてこの作品を応募する予定のコンテストは、小説投稿サイトで開催されていても審査は主に編集者が行い、読者の評価は参考にされるだけの形式のものを選んでいる。
この形式なら多数の読者に応援されているというわけでもない俺でも、編集者の目に留まればチャンスがあるかもしれなかった。
しかも完結必須ではなく、短編から中編程度の文量でも参加できるコンテストなのだから、遅筆で受験生の俺でも数ヶ月あとの締切に十分に間に合うスケジュールである。
(今から書く作品で受賞して、俺は何とかして藍島と対等になりたい)
あらすじをまとめながらコンテストの応募要項の再確認をしている途中で、脳裏に昨日の私服を着た藍島が俺の数歩先を歩いている姿が再生される。
藍島のことを考えると嫉妬と劣等感で胸がざわつきキーボードを打つ手が止まるので、あまり藍島のことを考えたくはなかった。
しかし俺が以前よりももっと人に認められる物を書きたいと願うのは、藍島の成功を目の当たりにしたからであり、最近の動機の中心には常に彼女が居続けている。
だから俺は惑星の重量に引っ張られて燃え尽きる隕石のように、どうあがいても藍島の呪縛めいた存在感からは逃れられなかった。
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