第3話 朝礼前の雑談

 藍島が部室を訪問してきた翌日も普通に朝は来て、俺は朝礼前には自分のクラスの教室にいた。

 遅刻しそうな者以外はだいたい登校している始業直前の教室は、それぞれの話し声がざわめいて重なり個々の話題を匿名にする。

 俺はその喧騒に安心して紛れて席に着き、自分の机の近くに立つ男友達の古賀昭弥こがしょうやに昨日の部室での迷惑な出来事についてあれこれと報告していた。


「だから俺たち文芸部の部室には、しばらくあの藍島まほあが来るみたいなんだよ。困るよな」


 藍島の前ではたじろぐことしかできなかった分、俺は苛立ちを隠さずに古賀に愚痴る。

 背が高く大柄で短く髪を刈った古賀は一見すると素朴だが男らしい顔立ちのスポーツマンで、見るからに陰キャの俺と接点があるタイプの属性の人物には見えない。

 しかし古賀は実際には運動音痴の文化系であり、ほとんど幽霊部員で部室に姿を現さないものの俺と同じ文芸部員であるから、藍島のことと無関係な人物ではなかった。


「その藍島まほあってあの、入学したての去年の4月に一目惚れだと言って告白してきた男子に、推しアイドルの新曲の再生回数を増やすように頼んで帰らせたっていう藍島まほあか?」


 一部始終を聞いた古賀は、突然の事態に若干驚きながら聞き返した。古賀は俺ほどの危機感を抱いてはいる様子ではないものの、一応でも自分が所属する部の受難にはそれなりに興味を持っているようである。


「ああ。中学時代にはデビュー前の推しに人気投票で勝たせるために、全校生徒にハガキを配って歩いていたって噂の藍島まほあだよ」


「そうか。あのときどき昼の放送で怪文書を読み上げているような楽曲紹介をして、中途半端にアーティストぶった鬱陶しいアイドルソングを爆音で流してる藍島まほあか……」


 誰かから伝え聞いた藍島の武勇伝を引用して俺が頷くと、古賀は現実に知っている藍島の奇行について述べながら相づちをうつ。

 俺も古賀もそれほど熱心に同級生の名前を覚えているタイプではないのに、藍島のことについては二人とも知っているのだから、彼女はこの学校で本当によく目立っている人物なのである。


「それでその後、書彦は無事に藍島に小説の投稿のしかたを教えることができたのか?」


 先日の昼放課も藍島が推す男アイドルの新曲を流していた教室前方のスピーカーを眺めつつ、古賀は俺を下の名前で呼んで訊ねた。


「いや。プロフィールページを記入しかけたところで、推しの配信が始まる通知が来たとか言って帰って行った」


 お手上げな表情を作って深く肩をすくめ、俺は首を振って答える。

 藍島について苦々しく語る俺の表情を見た古賀は、他人事と判断した様子で薄く笑った。


「まあ面倒事だとしても、藍島は黙ってれば美少女だし考えようによっては良いんじゃないのか?」


 一歩引いた態度の古賀に、自分には関係ないこととして終わらせてもらっては困ると俺は机に両手をついて言い返した。


「顔が可愛くたって無理なものは無理だからな。古賀もたまには部室に来てくれよ」


 一対一では逃げ場がないから仲間が隣にいてほしいと、わりと必死に助けを求める。

 しかし古賀の反応は淡白なものであった。


「おれは小説は書かない読み専だからな。部室はWi-Fiもないし、やめとくわ。またお前の小説の誤字脱字をチェックしてやるから、それで勘弁な」


「校正してもらえるのは、めちゃめちゃ助かるけどさあ」


 埋め合わせの提案をきっちり提示されて反論を封じられた俺は、親友の薄情さを責めつつも感謝した。

 古賀は小説の書き手としての活動はまったくないのに感想コメントやレビューは頻繁に残す稀有な読み専で、SNSや動画サイトを使って埋もれた良作を掘り起こすスコップ活動を行うVTuberとして一部の界隈ではそれなりに信頼されてもいる。

 リョナとTS百合を好むニッチな趣味の持ち主であるという事実に目をつむれば、古賀はWeb小説の書き手にとってかなり頼りになる友人なのだ。


(こいつが友達にいなかったら、俺は今以上に読まれない作者だったわけだし……)


 本気の布教をするほどハマるわけではなくても、古賀は読了ポストやほどほどの長さのレビューを俺の作品に書いてくれる。

 応援してくれる人がいてもなかなか読まれないのは自分が不甲斐なくなるが、反応をくれる読者がすぐそばにいるのは紛れもない幸運であり、古賀は俺にとっては意外と重い存在である。

 しかし古賀はただ単に友人が書いているものを読んでるだけであって、俺の作品に特別惚れ込んでいるわけではないのでさらりと会話を終わらせた。


「とりあえず小説のネタになると思って、頑張って藍島を迎えてみることだな」


 現実の異性に対して古賀が興味を示すことは一切なく、藍島が奇天烈な女子であることを差し引いてもその態度はあまりにも無関心であった。

 やがてちょうど始業のチャイムが鳴ったので、古賀は俺の机から離れて自分の席に戻る。


(古賀の言うこともわかるけど、あいつと二人っきりなのはやっぱり困る)


 古賀が去り、担任の教師が教室の現れるまでのわずかな時間を有効活用しようと、俺は机の上に突っ伏した。

 寝不足で授業中に眠ってしまわないためである。

 しかし結局俺は藍島について考えることをやめられず、その行為に安らぎはなかった。

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