第2話 小説投稿サイトの使い方その1

 一応は美少女である藍島と二人っきりで向かい合って座っていても、自分の置かれた状況をよくわかっている俺は冷静なままだった。


「じゃあまず、やるべきなのは……」


 まず藍島が登録したらしい小説投稿サイトの名前を検索した俺は、適当にTOPページに表示されている人気作家らしきアカウントのプロフィールページをいくつか見て、自分が使っている投稿サイトとの違いを確認しようとした。 俺が普段使っている小説投稿サイトは書籍化やコミカライズを達成した作品の宣伝広告以外はイラストがなく、一般ユーザーのプロフィールには文字情報しか並んでいない。 しかし今現在、スマホの画面に表示されているお洒落で可愛らしい女性向け小説投稿サイトの作者たちのプロフィールページには、少女漫画ちっくなイラストやパステルカラーが綺麗な写真を使ったアイコンやヘッダーが並んでいて、自己紹介欄の文章も当然だが女の子らしいものばかりである。


(『切ない恋愛を書きます。最後はちゃんとハッピーになる話が好きです』『胸キュンしてもらえるようにがんばります』か……。なんかキラキラしてるなあ)


 程よく洗練されたTOPページの奥に隠されている女子の秘密めいた文化の世界の香りに、俺は来てはいけない場所に来てしまったような気持ちになって画面をスクロールする指を震わせた。 俺が好んで書いて読むのはSFロボット活劇や古き良き異能バトルであって、不幸そうな少女がいけ好かない不良やヤクザに可愛がられる話はNTRものを目にしたときのような気まずさを感じる。 しかし藍島は推し以外のことには無頓着で鈍感な女子高生であるので、「溺愛」や「逆ハー」といったタグが並んでいるページを男子高校生が閲覧して居たたまれなくなっていても平然としていた。 藍島は俺が小説投稿サイトの作法を教えてくれるのを待って、机の上にスマホを載せて妙な熱意に輝く瞳でこちらを見ている。 他者から期待される機会がほとんどないから戸惑うが、俺は何か言うべきことを探した。


(まあどんな投稿サイトでも、まずペンネームを登録するものだよな。コンテストのためならなおさら、名無しじゃ印象悪いだろうし)


 まず最初に思いついた助言はごく一般論なものであったが、サイトの雰囲気を見て適当に膨らませてアドバイスにする。


「どうもこのサイトはヘッダーやアイコンを設定できるみたいだから、小説を投稿する前にプロフィールを作った方が良いんじゃないか?」


 自分のスマホから指を離し、俺は机の上に置かれた藍島のスマホの画面に手を伸ばして、サイトの上部にあるデフォルトのままのアイコンをタップした。 そのまま管理画面らしきページから何回か遷移すれば、プロフィールの編集ページが現れる。 まずやるべきことを把握できたらしい藍島は、何も記入されていないまっさらなプロフィールページを興味深げに見つめてから、ゆっくりと自分のスマホを操作しだした。


「ふーん、そういうところはSNSと変わんないんだね。じゃあいつも使っているアイコンがこれだから……」


 藍島が画像のアップロード画面を開き、男アイドルの写真ばかりのファイルからアイコン画像を探す。 しかしそのとき、何らかの通知がポップアップで表示された。


「あ、モツヒサくんのキャンプ配信の通知だ」


 藍島は即座に通知の情報を読み取り、タップして詳細を読む。


「六時から配信開始ってことは、早く帰らないと大画面でリアタイできないじゃん」


 そして出動指令を受けた兵士のように俊敏に藍島は立ち上がり、ケースの背面に推しらしき男の写真が挟まれたスマホをリュックにしまって背負った。


「ごめん。ちょっと、モツヒサくんの配信があるから帰るね」


 勝手にやって来た藍島は、帰るときも勝手に帰るらしく、仕方がなく始めた俺の指導を中断して帰宅を決めている。


「ああ、うん」


 そもそも藍島を歓迎してなかったものの、藍島の勢いに気圧されている俺は、ほっと安心することも忘れて頷く。 足早に部室を出ていこうとする藍島は、戸を閉める前に振り向いてごく軽い別れの挨拶を残した。 途中で帰ることを申し訳なく思っているのか、藍島の声は先程までよりは少々柔和で、目鼻立ちがはっきりと綺麗な顔に浮かぶ表情には埋め合わせとしてのうやうやしさがあった。


「今日はありがとう。また、明日もよろしくね」


 感謝の言葉を伝えることを忘れない程度の常識はさすがの藍島も持ち合わせているらしかったが、明日の予定について彼女が俺の都合を配慮することはなかった。


(そりゃ明日も俺はここにいるが……)


 唐突な来訪者が去って静かになった部室で一人椅子に座り、俺は女子との不意な約束に混乱した心に平穏を取り戻そうと、自分のアカウントがある小説投稿サイトをスマホで開いた。 藍島と二人で見ていた見知らぬ女性向けのサイトと違って、そのサイトにはお洒落さの代わりに心地の良いシンプルさがあり、ダッシュボードには自分の書いた小説のタイトルやPVなど見慣れたものしかないので実家のように安心できる。


(PVやブクマ数は、見たことないくらいすごい数字を叩き出してくれても別に良いんだけどな)


 今現在連載している学園ロボット物の作品ページを見て、最新エピソードにほんのわずかにPVがついていることを確認する。 固定読者が数人しかいない連載であるが、それでも新しい投稿を必ず見てくれる人がどこかにいる状況は、何万人もの作者がいるWeb小説の世界においてそれなりに恵まれていることを俺は知っていた。 だが俺は趣味は趣味のままだから良いというアマチュアリズムに生きる人間ではなく、自分の書いた作品が出版されて認められたいという野望を抱くプロフェッショナルに憧れる人間であるので、数人でも読者がいることに感謝はしてもその数字に満足することはなかった。


(まあ俺はごく一般的な不人気ジャンルの書籍化希望者だが、藍島はプロ志望とは違うのに趣味勢と言うには欲があって不気味だ)


 Web小説の執筆は田舎の進学校においてはマイナーな趣味であるものの、同好の士が集まるサイト上では俺はありふれた存在である。 しかし藍島は、自分で書いた物語をより多くの人に読んでもらうことを望む素直で健気なWeb小説の作者たちとはまったく別の生き物であり、推しのためという異質な動機に基づいて行動していた。 しかしだからこそ、推しが関係なくなってしまえば藍島は今しがた突然帰宅したようにWeb小説から離れ、文芸部員である俺への不可解な訪問も終わってくれるのかもしれないし、いますぐにでも終わってほしいと俺は願った。 自分のことを好きになってくれるかもしれない美少女ならともかく、絶対に自分に靡くことのない男アイドル好きの美少女と一緒にいられるほど、俺の心は広くはないのである。

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