第12話 サブストーリー②:懐かしい時間
私はいつものように、朝ご飯の準備をします。ご飯は昨晩から炊飯器をセットしていたので、すでにふっくらした白米が用意されています。
時間がある時は凝ったお味噌汁を作りたくなりますが、今日は手短に済ませましょう。ワカメと豆腐を入れて、味噌を溶きます。少し考えてから、小口ネギを刻んで味噌汁に投入します。ネギはあまり好きではありませんが、お姉ちゃんの体に良さそうなので入れました。
冷蔵庫から卵を二つ準備。これは、お姉ちゃんと私の目玉焼きの分です。
「あ、お姉ちゃんちゃんと食べられるかな?」
少し楽になったとは言っていましたが、かなりキツそうな表情をしていました。
結局、私は目玉焼きで。お姉ちゃんは、おじやを作ってそこに卵を入れることにしました。
お盆におじやとスプーンと、お水が入ったコップを載せてお姉ちゃんの部屋に向かいます。
部屋に入ると、お姉ちゃんは布団にくるまりながら苦悶の表情を浮かべています。
「お姉ちゃん、どっか痛いの?」
「なんか、身体の重さが慣れなくてね……痛みとかは無いから、安心して」
風邪の時は、身体が重りを纏ったように重くなるのは覚えています。元気な今の私では、すでにその本当の重さを忘れているでしょうけど。
人間、喉元過ぎれば熱さを忘れるのです。
「おじや持ってきたよ。食べれる?」
「お腹は空いてたんだ。ありがとね」
お姉ちゃんはやっとの思いで体を起こし、立ち上がろうとしました。
「立たなくていいよ!」
「でも、ご飯はリビングで食べないと……」
「そうしなくて良いように、持ってきたんだから!」
勉強机にお盆ごと置き、お水の入ったコップを渡します。
「ありがとね」
お姉ちゃんがコップを受け取り、一口飲みます。
その後、一気に飲み干しました。喉が渇いているなら、夜中でも起こしてくれれば良かったのに。
「無理しなくていいんだよ、家族なんだから」
返事をする代わりに微笑むお姉ちゃんに、ゆっくりおじやを食べさせてあげました。
作ったおじやを完食したお姉ちゃんは、そのまま布団に寝かせました。食べて寝れば、大抵の風邪は治ります。
私も自分の食事を済ませ、掃除や洗濯を終わらせます。いつものことなので、何も大変なことはありません。むしろ、今日は天気が良いので気持ちが良いくらいです。昨日の雨は、嘘だったのでしょうか。嘘だったら、お姉ちゃんは風邪なんかひかなかったのに。
掃除機をかけたかったのですが、音がうるさくてお姉ちゃんを起こしてしまうかもしれないので、今日は掃除機はお休みです。代わりに、玄関の掃き掃除をいつもよりしっかりしました。偉いです、私。
その後、玄関に並ぶ花にお水をあげました。今日も元気に咲いてくれて嬉しいです。
いつものように勉強を始めようと自分の部屋に戻る前に、もう一度お姉ちゃんの様子を見に行きます。
ゆっくりと扉を開け、顔だけ覗かせてみます。
薄暗い部屋で、お姉ちゃんの寝息だけが聞こえます。特にうなされている様子もありません。
「おやすみ」
聞こえないくらいの声で言い、私は自分の部屋に戻りました。
勉強中、良くないことですがあまり集中できませんでした。
考えていたことは昔の話。私が風邪をひいて寝込んだ時の話です。
確か去年の春くらいだった気がします。
あの頃の私は、恥ずかしながらやんちゃでした。子供ながらに反発し、よくお姉ちゃんを困らせたものです。そもそも、お姉ちゃんだなんて呼ぶこともありませんでした。まともな会話も、してなかったんじゃないかな。
怖い人と友達にもなりました。そもそも決められていた門限も、その人と破ることも増えましたが、お姉ちゃんは毎日何も言わずに、私が帰ってくるまでリビングで二人分のご飯を用意し、自分も食べずに待っているのです。
それが凄く嬉しいことなのに、その時の私には不快以外の何物でもありませんでした。
ある日、私は家に帰りませんでした。特に理由はありません。気まぐれです。
誰かの家に泊まるわけでもなく、家からそう遠くない公園のベンチで、意味も無く夕焼けから星空まで、ずっと眺めていました。
春とはいえ、まだ夜は冷えました。それでも、その時の私は星を見ていたかったのです。
携帯の充電も切れ、お姉ちゃんからの連絡も気付かず、公園にいる私をお姉ちゃんが見つけた時は、もう夜の三時を過ぎた頃でした。
お姉ちゃんは、珍しく怒っていました。怒鳴ることもなく、責めることもなく、一発だけ私の頬を叩きました。
そして、私を力強く抱きしめてくれました。
「私を置いて消えないでよ」
その言葉は、未だに私の脳裏を消えません。消えることはないでしょう。
若気の至りと言ってしまえば笑われるかもしれませんが、あの頃の私は確かに若気の至りだったのでしょう。今では心から反省しています。
その日は二人とも無言で帰り、完全に冷え切ったカレーを二人で黙って食べ、そのまま寝ました。
で、次の日の朝にひくくらいの高熱を出すのでした。
その時作ってくれた、兎型のリンゴが美味しくて、やっとお姉ちゃんに泣きながらごめんなさいを言いました。やっと言えました。
「……そういえば、あの時食べたアイスも美味しかったなぁ」
風邪をひいていた時、お姉ちゃんは私をずっと甘やかしてくれました。
プリンが食べたいといえば買ってきてくれたし、一緒にいたいと言えばずっと話をしてくれました。今まで迷惑をかけていたのに、変わる事のない愛情を感じて、私は幸せでした。
今も私は幸せです。良いお姉ちゃんがいて、本当に嬉しいです。
もう、お姉ちゃんに酷いことはしない。大事にする。そう誓ったものです。
気が付けば課題も終わりました。内容は全然頭に入っていなかったので、またあとで復習することにしましょう。
時計はすでにお昼を指していました。急いでお姉ちゃんのお昼ご飯の準備をしなければ!
朝のおじやを少し味変して、リンゴも兎型に剥いてあげて。
……そして、悩みましたが、今日の私のおやつであるアイスも、お姉ちゃんにあげるとしましょう。
風邪の時のアイスは、とってもとっても美味しいですから。お姉ちゃんもすぐに良くなることでしょう!
私も簡単に準備して、今度はお姉ちゃんの部屋で一緒に食べることにしました。
お姉ちゃんは、まだまだキツそうではありますが、起き上がるスピードは上がっていました。
「もう自分で食べられるから、加奈はリビングで食べておいで。風邪がうつるよ?」
「その時は、またお姉ちゃんが看病してね!」
私がおじやを掬って口に運んでいきます。初めは恥ずかしそうにしていましたが、すぐに食べてくれました。
「美味しい?」
「朝と違う味だ。これ好き」
「ちょっとスパイスを利かせてるんだよ~。喜んでくれて良かった!」
二人でゆっくりとご飯を食べ、何をするでもなく、ダラダラとお話をしました。
話の内容に意味も無ければ重要性も無いのですが、何よりも穏やかな気分になれました。
「こうやって看病されていると、昔のことを思い出すね」
「あ、それ私も思ったよ!」
ついさっき考えていたことを指摘され、ちょっとテンションが上がってしまいました。
「立場は反対だけどね!」
「お、じゃあ私がわんわん泣いてごめんなさいって言えばいいのかな?」
「じゃあ私はお姉ちゃんのほっぺを叩けばいいのかな?」
「それは悪かったと思ってるよ……」
少し表情が曇ったお姉ちゃんの頬を、指でグッとつつきます。
「あれのおかげで今があるんだから、そんな顔しないでよ!」
「加奈ぁ……!」
二人で仲良く話していると、不意に玄関でインターホンがなりました。普段は郵便も来ないのに珍しい。
「居留守しちゃおうかな」
「せっかく来てくださってるのに失礼でしょ。お姉ちゃんが行くから大丈夫だよ」
「いやいや、病人にはさせられないって! 私が行くよ!」
あろうことか立ち上がろうとするお姉ちゃんを布団に押さえつけ、急いで私は玄関へ向かいました。
「まったく……せっかく楽しい時間だったのに……」
面倒なので靴は踵を踏んだまま、玄関を開けました。
そこに立っていたのは、お姉ちゃんと同じ高校の制服の女の子でした。
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