第11話 サブストーリー①:寝込む姉
朝はあんなに晴れていたのに、気が付けば曇天。
傘を持たずに出ていったお姉ちゃんは、きっと帰りにずぶ濡れになることでしょう。
なので私は考えました。お姉ちゃんが濡れて帰ってきてもすぐに体を温められるように、熱いお風呂を入れておこうと!
流石は私。気が利いています。
とはいえ今はまだお昼前。帰ってくるまではまだ時間があります。
教科書を開き、毎日の課題を済ませ、少しだけテレビを観る。これが私の日課です。
しっかり勉強はします。偉いでしょ?
お姉ちゃんとの約束なので、あまり好きでは無いけど、頑張っているのです。
お姉ちゃんも、人には勉強しろというくせに、実は勉強が大嫌いです。夏休みの宿題は顔色を悪くしながら解いていたし、テスト前の勉強週間ではお腹を毎回壊していました。体が拒絶するほど、お姉ちゃんは勉強が嫌いなのです。
それでも、今の高校に入学したのですから、私はお姉ちゃんのことを尊敬しています。
お姉ちゃんはいつも、私がなりたい人物になっていく気がするのです。お姉ちゃんって、そういうものなのかな?
課題を終わらせ、お昼ご飯の準備。味にこだわりもないので、食パンを焼いて、何もつけずに食べます。カリカリとした食感と、少し焦げた表面が私の舌を唸らせます。飽きません。今月はずっとこの昼食です。
前にお姉ちゃんにその話をしたら、少し可哀想な目で見られました。でも、私はこれが好きなのだから仕方ありません。
二枚、大きなトースターを頬張り、温かい牛乳で流します。これこそ至高。シンプルイズベスト。
「至高の嗜好……へへっ」
そういえば、ダジャレを言った時もお姉ちゃんは可哀想な目で私を見てきました。先に言われて悔しかったのでしょうか。
お腹も満たされ、課題も残っていない。そんな私へのご褒美の時間です。
テレビをつけ、録画してある番組をチェック。
お目当ての番組は……ある!
急いでココアを入れ、テレビの前に陣取った。自分しかいない家で急ぐ必要は無いけれど、身体が勝手に慌ててしまうのです。
早く、早く、早く!
結局、一度ココアを零してしまい、片付けてからまた淹れ直しました。普通より時間がかかってしまいましたが、問題ありません。
録画した番組を再生。いつものオープニングが流れてきます。
「やったー!」
私がここまで好きな番組。それは、女の子ならみんな好きであろう、日曜朝の女児向けアニメである。
バッタバッタと、変身する強い女の子たちが悪と戦う戦闘シーンを見るたびに、私はいつの間にか立ち上がっているのです。
中学三年生にもなって、まだ観ている人は少ないのかもしれません。でも、私は好きでした。
でも、このアニメを好きになったのは、つい最近だったりします。
観ている期間はずっと小さい頃からでしたが、その時はお姉ちゃんが観ているから、仕方なく観ているという感じでした。
いわゆる無関心。好きでも嫌いでもない。当時の私からすれば、長いCMと遜色ない存在でした。
そして、そんなアニメの内容が分かるようになった小学生の頃は、お姉ちゃんと楽しく観るようになりました。
それでも、お姉ちゃんの熱量には敵いません。私の熱量が熱いお風呂だとすれば、お姉ちゃんは活火山です。
熱狂的なファンとなったお姉ちゃんを観るのも好きでした。面白くて。
それから私は中学生になり、そのアニメの内容が如何に夢物語なのか理解するようになりました。
その時期、このアニメが本当に嫌いになっていきました。オープニング曲が耳に入るのも嫌。前の番組が終わり『次の番組は〇〇だよ!』と広告が入るだけでイライラ。番組が終わるまでの三十分は毎週地獄でした。
それでも、観ることは辞めませんでした。だって、お姉ちゃんが観ているから。耳を塞ぎたくなるくらい嫌悪感に満ちた頃もあったけど、お姉ちゃんと一緒にいる時間の方が好きだったから。
そして、今。私はこのアニメの熱狂的なファンになっています。自分でも驚く進化だが、血を分けた姉妹が熱狂的なファンになっていたのだから、そもそも素質はあったのだと思います。毎週録画して、欠かさず観ているし、映画になったら近所のレンタル屋さんで初日に借りて、観るのがルーティーンです。グッズとかは買ってません。まだそこまでのファンにはなっていませんから。……まだね。
毎日の課題や色々は大変だけど、アニメを観ているこの時間は何よりも私を癒してくれるのです。
ただ、最近はお姉ちゃんは全く観なくなりました。勉強が忙しいのもあるのでしょうが、暇な時に誘ってみても、やんわり断られます。
私がこんなに嫌いから好きに変わったのだから、お姉ちゃんの好きが嫌いになるのも無理はありません。そういうこともあるのでしょう。
でも、たまにはまた一緒に観てみたいものです。
好きなものを観ている時間は、体感で十分の一のような気がします。
ココアに口をつけることなくアニメは終わり、そこでやっと飲んだココアは冷たくなっていました。
これはこれで美味しいので、その味を楽しんでいると、玄関で不意に音がしました。
「郵便でしょうか?」
まだお昼が終わってちょっと時間が経っただけ。親が帰って来る時間でもないし、ましてやお姉ちゃんが帰って来る時間でもない。
いつも郵便ならポストに投函する音がして、すぐいなくなるのに、今日の音はしつこくガチャガチャと玄関で鳴り続けました。
「え……なんですか?」
そっと遠くから玄関を除きます。玄関の磨りガラスに人影が見えました。大きくはないですが、なぜか鍵穴の部分に顔を近づけて、何かをしています。当然、今まで見たことのない不思議な挙動です。
「…………」
心臓が歪に高鳴って、息が浅くなっていきます。
もし悪い人だったら、私はすぐに捕まってしまうでしょう。悔しいけど小柄な体格なので、どうあがいても勝てません。
せめて、一発だけでもやり返せるように、飲み終わったココアのコップを構えて、不審者に投げつけられるようにします。
その間も玄関で鍵穴に何かをしている不審者は、いよいよ鍵穴をカチャっと開けてしました。この家の鍵はどうしてそんなに従順に開いてしまうのでしょうか。
セキュリティーの経費をケチったお父さんに思いを馳せながら、無情にも開いていく玄関を見ていました。
なんと、そこにはお姉ちゃんが立っていたのです。
不審者じゃなくてお姉ちゃんだったことで安心したのですが、そもそもなぜお姉ちゃんがここにいるのでしょう。
まだ学校の時間だし、そもそもなぜ鍵を開けるのにもたついていたのでしょう。
「お姉ちゃん?」
声をかけると、お姉ちゃんはゆっくりと微笑みました。
「体調が優れないので、帰ってきてしまいました」
全身大雨に打たれ、ずぶ濡れのまま玄関に立って動かないお姉ちゃんは、少し怖かったです。
「そ、そっか」
何か聞きたいけど、お姉ちゃんの疲れ切った顔がそれをさせてくれません。
急いで駆け寄って肩を持つと、その体は濡れそぼっているわりに体温が高く、すでに正常ではありませんでした。
「お姉ちゃん、凄い熱だよ!」
「そう、かもしれません。先にお風呂を頂きますね」
「そ、それはいいけど、まだお湯が入ってないよ?」
「では、浴槽に入りながらお湯を溜めますよ」
そう言いながら、お姉ちゃんはおぼつかない足取りで、廊下に濡れた足跡を作りながらお風呂場に消えていきました。
お姉ちゃんの変貌に、妹ながら気味が悪かったです。
なんせ、お姉ちゃんは私に敬語なんて使わないのですから。
お風呂から出たお姉ちゃんは、何も言わぬまま自分の部屋に戻り、その日は出てきませんでした。
次の日、部屋を見に行くと、ベッドの上に腰掛けながら呆けているお姉ちゃんがいました。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「加奈……うん、ちょっとしんどいけど、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
昨日の笑顔よりも疲れた表情ではありましたが、少しいつものお姉ちゃんに戻っていて嬉しかったです。
「何が大丈夫なの? 顔が真っ赤だよ。熱を測って?」
言われるがままに熱を測るお姉ちゃんは、平熱を軽々と超えた体温計を私に返してきました。
「もしかしたら、風邪ひいたかも」
「確実に風邪ひいてるよ!」
そして、お姉ちゃんは入学早々で病欠することになったのです。
何があったかは、私は聞きません。お姉ちゃんがいれば、まぁ他のことは基本どうでもいいので。
それに、言う必要があるのなら、お姉ちゃんは必ず自分から教えてくれます。
「さてと」
改めてベッドに寝かしたお姉ちゃんを部屋に残し、私は台所へ向かいます。
たしか、リンゴが余っていたはず。兎の形に切って持って行ってあげよう。
昔お姉ちゃんにしてもらった看病を、今日は私がするんだ。えっへん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます