7.疑問だらけの光景が広がっていて……


 ウルティナが立ち上がって、目にした光景。


 突き破れられた心臓から赤い液体を流し続ける動物の死体。

 それよりもさらに多い、まだ魔力に還りきっていない魔物たちの残骸。核は全部、砕かれている。

 そして――、




 ――人が、地面に縛りつけられていた。




「…………もう一度、聞きますわ。これ、何事ですの?」




 その光景の中でも、特にウルティナは地面にはりつけ状態のソイツを注視している。

 誰でも目を覚まして周りを見渡し、視界に気絶した人が入れば気になるものだ。むしろ無視して横を通り過ぎることの方が珍しい。


 問い詰められ、フィーディーは慌てて声を出した。


「えと、ね。ウルティナを殺そうとせまってきた魔物たちだよ。それから、動物も」


「えぇ、えぇ、そうでしょうとも。さすがの私でもわかりますわ」


 ですけど、とウルティナはフィーディーに視線を送る。目が笑っていない。

 この人形さんは、主人の触れてはいけない琴線に触れてしまったのか。

 目を向けられているフィーディー自身もあわわと震えていた。


「私が聞きたい場所はそこではありませんのよ?

 この方。

 これほどまでに傷を負ってらっしゃるのに、なぜ縛られておりますの?

 ……あなたは、なぜ、縛ったのかしら?」


 暖かい夕焼けに反して、冷酷な光を帯びたその瞳。

 それを真正面からあてられたフィーディーの身体は、身震いしている。


 主人を怒らせてしまい何をされるのかわからない、という気持ち。


 だがそれよりも、自分の行動で主人の気分を害してしまったことが、そのこと自体が、人形に恐怖を与えていた。


「そっ、それ、は……」


「それは、なんですの? 素直に答えてくださるかしら。この方はあなたや私に何をしようとして、結果縛られておりますの?」


「……っんな、かった、から。なに、する…っか、わかんな、かった、ッから…………」


「……だから、縛ったと。地面に抑えつけるよう、動きを封じる魔法を使ったと。この方がどのような行動をとるかがわからなかったという理由で」


「……………………」


 フィーディーは、なにも言えない。


「状況を説明してくださいな。それともあなたは、ただそう思っただけでこの方を縛ったのかしら」


 長い沈黙。


 起きたときはまだ完全に出ていたお日様の姿は、もう半分以上隠れていた。


 そして。




「………………ぇだけ」




 ようやくフィーディーは戦慄を無理やり抑え込み、言葉を発した。



「……それ、だけ」



 それは苦しい決断であったに違いない。


 なぜならば、彼が言った言葉がさらに彼女を蝕むであろうことは容易に想像がついたから。

 彼女が怒る理由も、想像がついていた。ずっとそばで生きてきたから、なにがいけなかったのか、わかる。


 だからといって、嘘はつきたくなかった。


 嘘をついて溝ができるくらいなら、本当のことを言って溝ができた方が、まだ、いい。


「ごめ…っ、な、さい……っ。ティナを起こす、べき、だって、わかっ、てた。でも、でも……っッ!

 ティナ、つか、っれてて、その、人、ホントに安全か、わかん、っなく、て」


 人と比べればあまりにも小さすぎる手で腕で、それでも必死に、震えを抑えるために、身体をかき抱くようにギュッと包み込んでいる人形に。


 ウルティナは。




「……ええ、わかりましたわ」




 温もりを擁した手で、そっと、愛おしそうに、彼の頭を撫でた。



「私のこと、想っての行動だって、わかりましたわ」



 声のトーンも、ついさっきまでとは打って変わった、お日様のような暖かさを帯びている。もう沈みきってしまいそうな太陽の代わりであるかのように。


「…ティ、ナ……?」


「私も強く言いすぎましたわね。ごめんなさい」


「っんな、違う! ティナは、悪くない!!」


「いえ、違わないですのよ。フィーディーがこと、しませんもの」


「〜〜〜〜ッッ」


 フィーディーは、頭を撫でるウルティナの手に、ゆっくり、自分の片手を重ねた。


「理由なしに他人を傷つけることは、すなわちその人を見下すことと同義。もちろん見下すに値するだけの理由があれば良いですの。

 けれど、その人のことをなにも知らないままに、なにも知らないくせに、見下すこと。

 私はそのようなこと、嫌いですわ。……絶対に、許しませんわ」

 そのことだけは覚えてくださいますかしら、と。


 妙に実感のこもった声で、少女は告げた。


 小人の人形は、こくんと、うなずいた。


 それを見て、ウルティナは優しく微笑む。


「……では改めて。そこで横たわっている方のことについて、伺ってもよろしくて?」


 少女の問いに、もう一度、フィーディーはうなずいた。




 ☆☆☆




 ウルティナが目を覚ましてから数刻の時が流れた。


 彼女が寝ていた間の出来事を聞いた後、結局一人と一体はその場で未だ気絶している彼が起きることを待つことにした。


「夜も更けてきましたわ。そろそろ目を覚ましてもおかしくありませんけど」


「疲れがたまっていたんでしょ。傷もひどかったし」


「そうですわね。敵意もなさそうであり、なおかつひどく弱っていた状態の彼を問答無用で地面に縛りつけたのですものね。そのせいでいくつか傷が開いていたのかもしれませんわ」


「だ、だから、ゴメンって」


「謝るのは私ではありません。彼に謝ってくださります?」


「はい……」


 えらいえらいと。


 ウルティナに頭を撫でられ、フィーディーはとても気持ち良さそうだ。


「ま、どちらにしても、今日はもうここから移動できなさそうですわね。

 彼が起きたところで、すぐに動けるようになるとは決まっておりませんし。彼と対話もしたいですから。

 ようやくこちらの土地で生きる方を見つけたのですもの」


「……んー、ようやく、かなぁ? ボクはもっとかかると思ったけど。その、他の人、見つけるのに」


「あら、……たしかに、そう言われればそうですわ。とすると、幸運に恵まれておりましたのかしら。こちらの土地へ来て一日も過ぎぬうちに見つけられたのですものね。

 学園での生活と比べるとあまりにも濃密な時間でしたから。まだ一日しか過ぎていないとは、驚きですわ」


「ティナは半日寝てたけどね。けど、ボクも濃密な一日だったよ。ティナとこんだけいっしょにすごせたの、ひさしぶりだもん」


 そう告げ、フィーディーはウルティナの頬に手をうずめる。驚くほどに気に入っているらしい。


「もう、頬をつつのはやてくかと、言いせんか? ほ、はなしさいし」


「えぇ〜。あと少しだけ、ダメ?」


 おねだりするフィーディーに、ウルティナはジト目を向けた。


わ。少しいすし、」


 ガシッと人形の手を頬から離して、少女は続ける。


「――魔物が、こちらへ向かってきていますわ」


「えっ、ウソッ!?」


 ウルティナの指摘を受け、慌てて魔力で周りを探るフィーディー。すると魔物の魔力を感知したようで、急いで臨戦体勢を取った。


 だが、しかし。


 意気込むフィーディーに、ウルティナはそっと手を差し出す。


「いえ、今回は私が相手をしますわ」


「……ティナが?」


「ええ、私が、一人で。攻撃をするための武器は持ってませんけど、純粋な魔力のみで作られた武器なら作ることができますの。フィーディーもそれで戦っていますでしょう?

 私も、一人ならどれほどできるのか。確かめたいのですわ。実戦では初めてですけど、鍛錬はよくしましたから」


「でも、危ないんじゃ……」


「もしも私が一人になったら。フィーディーやその他の人形たちの力を借りれなくなったら。

 そのときは嫌でも一人で戦い抜かなくてはなりませんのよ。ならば、実戦もしておくべきですわ」


「……ぅう、わかったよ。でも、あぶなさそうだったらボクも戦うからね」


「そうしてくださると助かります。さて……」


 ウルティナは片手に持っていた魔光石に魔力を流すのをやめてポシェットにしまうと、魔物がいるであろう方向へ向き直った。



「始めましょうか」



 右手に、不可視の棍棒を創り出す。



 天賦の才を授かり、その上で多大なる努力を重ねてきた結果である魔力制御の能力で、誰にでもできるわけではない彼女だけの武器を、創り出した。

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