8.魔物と一人で戦う決意をして……


 敵の数は三体。


 おそらくは[低級-Ⅰ]のアングリックだろう。大型犬サイズの犬型魔物だ。

 見た目は怒りっぽく、凶暴な犬のようなもの。

 動物の犬と比べれば噛む力や脚力などと強力ではあるが、だからといって他の魔物と比べるとそこまで強いわけではない。むしろ低級に位置する程度には弱いとされている。


 ウルティナが黙ったままに透明の棍棒を構えていると(瞳はすでに閉ざされており、代わりに魔力で周りを見ている)、やがて三体の魔物は飛び出してきた。

 思った通り、ソイツらはアングリックだった。


「グギャアアッ」

「ギィギャァアッ」

「グギィイッ」


 三体三様の鳴き声。


 ウルティナは、静かに腰を落とす。


 そして、地面を蹴った。


 夜であるがゆえに魔力で周囲を見渡した方が確実に相手を捉えられるから、という理由で戦闘中も常時魔力による察知をし続けることは普通、やらない。

 否、できない。

 なぜならば、魔力察知をするためには、範囲にもよるが、それなりの量の魔力を外に放つ必要があるからだ。つまり、それなりの量の魔力を消費してしまうのだ。


 また、魔力で周りを見渡すこと自体、脳に負荷がかかる。

 普段は目による視界のみからの空間的な情報が、ぐるっと円一周分、それも急に脳に焼き付けるように行うからである。当然慣れていない者が急に行うとあまりの負荷に気絶してしまうこともあるし、慣れていたとしても長時間使い続けると高度な処理による脳の疲れ、もしくは魔力の枯渇によってこちらも気絶してしまう。

 つまるところ普通の人からすれば、ただでさえ脳の処理能力にリソースを消費する上でさらに臨機応変な戦いを行うということは理想的な戦い方ではあるが、同時に不可能に等しい事象であるのだ。


 けれどもそれが、彼女の戦い方。


 ウルティナの、戦闘術。


 誰にも真似することができない戦法。


「ふっ……」


 三体のアングリックが同時に襲いかかってくることを魔力によって感じとり、足に魔力を込めて。


 ダンッ!!


 唐突にウルティナの身体が、宙に浮かび上がった。


 獲物を逃し、しかし夜で周りがよく見えないがゆえに気づかなかった魔物たちは互いの身体を思いっきり、ぶつけてしまう。


 その様子も魔力で見ながら、ウルティナはヒュッヒュン、と棍棒を空中で振り回した。

 先から魔力の弾が撃ち出される。

 二弾の両方が、魔物それぞれ一体ずつに打ちつけられ、同時に核を破壊。


「とどめですわ……っ」


 空中で半回転、頭を下に向けたウルティナは足元に魔力の壁を創り出し、それを蹴る。

 今度はダンッといった強い音と、それからガシャァアンといった何かが砕け散る音が響いた。魔力で強化された強い蹴りに耐えきれなかった壁が粉砕された音である。


 そして最後に、魔力を手と腕に込めて。


「……はぁああああああああああっ!!!」


 手に握りしめた棍棒を、残り一体のアングリックに、叩きつける。


 先に刃がついたその棍棒によって、凶暴犬のごとき魔物はザクッと小気味良く切り裂かれ、次の瞬間にその核は真っ二つに断ち割られていた。


 棍棒をアングリックに叩きつけた力をうまく操り前方宙返りをし、ウルティナは軽やかに地面に降り立つ。


「ふぅ……」


 魔力で作られていた棍棒を元の形のない状態へ戻して、ポシェットの中から魔光石を取り出した。魔力を流し込んで光らせると、ようやくウルティナは魔力察知を切り、まぶたを開いた。


「おつかれ、ティナ」


 魔光石を持たない手で額をぬぐっていたウルティナに、フィーディーはねぎらいの言葉をかける。


「ありがとう、フィーディー。なんとか倒すことができましたわ」


「すごい、あっという間だったね。なんも知らない人が見たら、多分、戦闘向きの[勲章持ち]だって思ってもおかしくないんじゃないかな」


 褒めてはいるもののウルティナには近づかない。未だ昏倒中のセクリアと名乗った彼の身を守るために、彼の近くにいるようウルティナから言われていたからだ。


「私の[勲章]は、どちらかというと支援向きですものね。それでも、たかが[低級-Ⅰ]の魔物を倒すのにそれなりの魔力を消費してしまいましたの。四分の三も残ってませんわ……」


「んー、たしかにそれは多いよね。でも正直、他の戦い方も取れたんじゃない? [低級-Ⅰ]だったんだし、魔光石であたりを照らしながらやるとか、あんなにも空中へ跳んだりしなくたって勝てたと思うよ」


「万全を期して先はどのように戦いましたのよ。本来なら残り魔力量などを考えて戦うべきなのはわかっていますわ。

 ……まあ、初めてでしたし、気合が入ってしまったことも、なきにしろあらず、ですけど……」


 若干顔を赤らめながら、ウルティナはフィーディーのとなりに腰をおろした。


「クスッ、……うん、ホントならね。ティナ、棍棒は結構うまく使えてなかったっけ?」


「そんなことありませんわ。クリアンの方が上手ですもの」


「あー、聖女候補さんか」


「あの子に純粋な棍棒術だけでの模擬戦で勝てたことがありませんのよ。クリアンの一番の得意とする武器が棍棒だったがゆえに私も棍棒を習っていましたけれど」


「ティナのおかれていた家庭環境、複雑だったもんね。ティナが一番得意な武器が棍棒だったのは不幸中の幸い、だったのかな?」


「そうなりますわね。もし武器全般との相性が悪かったら、自分一人で戦う術を本当にもてていなかったことになりますもの」


 はあぁぁ……、と大きく息を吐くウルティナ。


「でもティナはさ、魔力の量がとても多いじゃん。国立第一学園、だったっけ? その学園に入学できたのも、たしか魔力の量が多かったからというのもあったんでしょ? あっちの土地での平均量の二十倍以上はあったから、って」


「あくまでも、平均の、ですわ。

 ところで魔力といえば、フィーディー、こちらに来てくださいます?」


「ん?」


 ウルティナの横に座っていたフィーディーは差し出された彼女の手の上に乗る。

 するとウルティナは瞳を閉ざした。息を、今度は小さく長く、吐き出す。


「んんぅ――」


 人形は気持ちがよさそうに身をよじった。ウルティナから魔力を流されているのだ。


「……………………ふぅ、これくらいでよろしいかしら」


「うぇぇえ、もう少し……」


「あんまりいっきに流し込み過ぎますと、核が急の負荷に耐えかねて壊れてしまいますわ。これでも結構注ぎましたのよ?

 私が寝落ちてしまっても、フィーディーの魔力が少なくなってしまって昏睡状態に入ってしまうこともないでしょう?」


 言ってウルティナは、大きなあくびをする。そろそろ寝てしまってもおかしくはない。

 昼間は寝ていたものの、もとより彼女は夜になって何もしていないと寝てしまう体質であり、また先ほどの戦闘でも多くの魔力を消費したからだ。

 魔光石を地面に置いて、瞳からあふれてきた涙をぬぐっている。


「わかった。もしティナが寝ちゃっても、守りはまかせてよっ」


「……できる限り寝ないようにしますわ」



 それから。


 他愛ない話をしていた二人だが、それは終わりを迎えることとなった。


「でね、ティナ……、ティナ?」」


 ウルティナが気の幹にもたれかかったままに眠りに落ちてしまったからである。


「ったく、ティナったら。結局寝ちゃったんだね」


 ウルティナが寝てしまったせいで光を失った魔光石を、フィーディーは拾い上げた。


「んー、ま、光らせておこっかな。魔力探知よりも使う魔力、全然少ない――」



「……ぅうん」



「――あれ? なんか聞こえた??」


 急いで魔光石に光を灯し、音の聞こえた方へ向ける。



 そこには、身動きをしているセクリアの姿があった。



「あー、起きちゃったのかな。


 …………はぁ。こうなったら、さすがにしかたないもんね」

 ティナのこと、起こそうかな……。

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