6.魔物でない何かが現れて……


(助けて……?)


 さらに疑念を深めたフィーディーが目の前の生き物に対して取れる行動は二つ。


 一つ目。

 今すぐにウルティナを起こして、ウルティナからの指示を仰ぐ。


 二つ目。

 とりあえず気絶させて、ウルティナが起きるのを待つ。


(さて……。どうしようかな)


 おそらく、ではあるが。


 フィーディーがソイツに負けることはない。

 なぜならば、その生き物は非常に弱っているよう、見受けられたから。身体は全体くまなくといっても良いほどに傷ついていて、すでにどす黒くなった血がこびりついている。現在進行形で流れ出ているものもある。


 その上ソイツは、フィーディーとウルティナに向かって「助けて」と言ってきた。きっと敵意もないだろう。あったとしても、それはほんのわずかだ。あのような弱った状態で嵌めようとは考えないはず。


 いや、勝てる勝てない以前に最善策は今すぐ主人を起こして、そして一緒に対応することだ。

 一人(一体?)で考えるよりも良い考えが出ることは間違いない。これは、ウルティナが天才だからとかそういうわけではなく、一般論としての話。ウルティナが天才かどうかは置いておいて。


 でも。


 やっぱり。



 フィーディーは、ウルティナのことを起こしたくなかった。


 だって、今さっき寝たばかりだから。


 小さな人形を、それでも信じ頼ってくれたから、今彼女は眠りについているはずだから。


 ここはどうにか、自分だけの力でくぐり抜けたかった。


 けれども、やはり時の流れというものは残酷らしい。



 草むらから飛び出してきたソイツの後ろから、何かが、いや今度こそは本当の魔物が、ついてきてる。


 こうなると、迷っている暇はない。


 ソイツをどうするかはとりあえず保留しておくとして、まずは魔物をどうにかするべきだ。幸い、この魔物はフィーディーだけでも倒すことができそうなのである。

 ならばまずは、コイツの核を砕くことにしよう。魔法陣の光はあまり気にしなくてもいいだろう。昼間だから、そう目立ちはしない。


「《狂詩曲ラプソディー第三番『くさり』》」


 唱えて、瞬間、右手が黄色に光る。


 一見なにも起きていないように思えるが、フィーディーはきちんと感じ取った。


 地面からの枷が、魔物を絡め取って動きを封じ込めたことを。


「《狂詩曲ラプソディー第四番『うず』》」


 続いては、左手。緑色に光り輝く。


 その生き物が飛び出してきた方向の、木々の間に、旋風が巻き起こった。

 ソレは刃に等しき風。

 魔物がいる位置に対して一寸の狂いもなく、核をスライスしていく。


 そして。


「……うん、オッケーだね」


 魔物は一瞬にして、絶命した。


 主人を守る騎士のごとく、ウルティナを全く傷つけることなくフィーディーはただ一体で魔物を倒してみせたのだ。


「さて、と」


 目下の危険は過ぎ去った。


 次は魔物でない、生き物の対処をしなくては。


「とりあえず、縛らせてもらうよ? 危険がないとは言い切れないからさ」


 人形の無感情な瞳を、向けられて。


 ソイツは。


「――ひぃっッ」


 あとずさりながら、うめき声をあげることしかできなかった。

 しかし不幸かな。動いた方向には、眠りについたお姫様がいて。


「近づくな。《狂詩曲ラプソディー第三番『くさり』》」


 結果、土より生えし枷によって地面にはりつけにされてしまった。


 無音で近づくフィーディーに対し、ソイツは怯えたような表情をする。何が何だか分からない状況で、助けを求めた相手から急に縛られでもしたら誰でもそうなるだろう。

 しかも自分の力では、何もできやしないのだから、なおさらだ。


「……んー、そうだね。まずは名前を教えてよ。お互いを知るには、自己紹介からだヨ☆」


 小さな人形からは、小さいとは思えないほどの黒いオーラがにじみ出ている。

 それにあてられてか、ソイツはガタガタブルブルと、震えが止まらないようだ。

 だが何かを言わないと殺されると思ったのか、震える唇で、ソイツはなんとか言葉を紡ぎ出した。


「……セク、リ、ア……、で、す。……姓、は、……あり……ま、せ……ん」


「なるほど。セクリア、っていうんだね?」


 フィーディーが聞き返すと、ソイツ、セクリアは、わずかにだがうなずく。縛られている上に身体の傷もひどいゆえ、あんまり激しくは動けない。

 ついさっきはりつけにされたときもすごい衝撃で、傷口の一つや二つは開いたに違いないだろう。


「ボクはフィーディー、っていうんだ! ボクのご主人様である方に生み出された存在だよ☆ ご主人様の名前を勝手に言ってもいいかはわかんないから言わないけど、そこで寝ているのがそーなんだ。

 あ、一つ忠告しておくね?」


 どす黒いオーラが一段と濃くなったように感じるのは、果たして気のせいだろうか。


 フィーディーは可愛らしく首をこくりとかしげながら、続きを言った。


「彼女には絶対、危害を加えないでね? キミが得体の知れない今のままだと、近づくのも許さないよ。

 この忠告、聞き入れなかったらどうなるか……、わかるよ、ね?」


 ちらりと視線を魔物がいた方向へ向けるフィーディー。

 セクリアは肌を土の枷や地面とこすれさせながらも激しくうなずく。

 セクリアを追いかけてきたであろう魔物がいつまで経っても木の間から出てこないのだ。順当に考えれば目の前の人形がその魔物を成敗したことは、すぐにわかること。


「うなずいてくれてよかったよっ」


 心なしか、黒いオーラがほんのわずかにだけ、薄くなった気がした。


「それじゃ、やっぱボクだけじゃどーしようもないからさ」

 寝ててくれないかな?


 そう告げて。


 軽やかに右手を振ったフィーディー。


「はっ……、へ……?」


 セクリアと名乗ったソイツは、音も無くして意識を手放す。

 否、手放させられる。


「魔力の刃って、目に見えないから便利だよねぇ」


 何事もなかったかのように、フィーディーは感慨深い声を上げた。もちろん、峰打ちである。




 ☆☆☆





 そんなこんなで、空が橙色に染まりはじめた頃。


「ティナ起きて♪ そろそろ時間だよ?」


 ゆっさゆっさとフィーディーは、ウルティナの身体を揺らしていた。


「……ぅうん、……あ、もう夕方ですの……?」


 まだ眠そうに目をこすり、ウルティナはぽややとした声を出す。

 目覚めたばかりで頭がまわりきっていないのだ。目の端にちょっぴり涙を浮かべながら、大きなあくびをしている。


「おはよっ、ティナ。よく眠れたかな?」


 幸せいっぱいのオーラを惜しげもなく溢れさせつつ、フィーディーは両手で主人の頬に手をうずめて話しかけた。


「ふわぁ…………、ぇえ、よくねれましわ。つれも幾分かは取れようですわね」


 とは言いつつも、完全には覚醒しきっていないウルティナ。ろれつが微妙に怪しい。


「……かんいあませんけ、頬をつつくの、やてくません?」


 少しずつではあるが、頭の中のモヤもとれてきた。

 第一ろれつが回っていないのも、フィーディーが頬を押さえていることが一要因になっている気がする。


 人形さんは「へへっ」と笑うと、ウルティナの頬をから手を離した。名残惜しそうではあるが、ウルティナに言われたのだから仕方がないのだろう。


「もぉ、起きたと思ったらいきなりイタズラするんですもの。おかげでまともに話せませんでしたわ」


 やはりフィーディーの手のせいだった。

 たしかにウルティナの頬は柔らかくふにふにとしているが、そもそもフィーディーは手の先に感覚があるのかは定かではない。


「いやぁ、ティナがかわいかったからさ。ついやっちゃった☆」


「はぁ……。……まったく、フィーディーったら」


 ため息を吐きながら、ウルティナは立ち上がる。


「………………………………………………」


 と、一人の少女は動きを止めた。


 目に飛び込んできた光景に、止めざるを得ないほどに思考が止まってしまった。


「……? どしたの?」


 フィーディーの問いに、やがてウルティナは口を開く。




「……………………これ、何事ですの?」


 確実にその光景を作り上げた元凶であろう小人の人形に、答えた。

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