5.拠点を探して……
罪人な少女と小人な人形が拠点を探すために移動を始めてから半日の時が流れた。
「あまり景色、変わらないね」
日が昇ったがゆえにもう光っていない魔光石を手に持ちながら、フィーディーは言う。
「ええ、そうですわね。幸いにも見知った実がなる木があったため、飢餓には困らなさそうですけど」
ポンっと軽く、ポシェットをたたく。採取した実がその中に入っているのだ。
お日様がちょうど空の一番高いところまで昇った頃。一人と一体は途中で少しずつ休みながらも歩き続けた。
途中で食べられるとわかった木の実を採りながら、そして要所要所でそれらを食べつつ進んだが、生憎のことで拠点となり得る場所は見つかりそうにもなかった。いやむしろ、どこかに拠点を作ってとどまるよりも行動を続けた方が良いという結論でさえ、ウルティナの中では出ている。
木の実には潤沢な水分も含まれていて、喉の渇きを潤すこともできた。
多少の水と保存のきく干し肉は持ってきているが、それに頼らなくても生きていけることがわかったのだ。
水はすでに飲んでしまったが、干し肉はまだ残っている。ウルティナの持つ干し肉は保存に良く、前の世界の基準で一ヶ月程度なら美味しく食べられるため、万が一木の実が取れなくなった場合に備えて残しておいた。いつどこで木の実のなる木がなくなるかはわからない。
「そろそろ休みませんこと? 夜は動き続けた方が良いですし、日が出ているうちにできるだけ休んでおきたいですわ」
「りょーかい」
ちょうど森の中でもわずかではあるがひらけた場所に入ったため、休息場には良いと思い、ウルティナは提案したのだ。
森の中はうっそうとしていて、遠くを見ようとしても木々に邪魔されて見ることができない。
それでも昼間ならある程度は見渡すことができるが、日が落ちると途端に木と木の間に重い影がかかって、とても見渡すことは不可能。
ゆえに、夜はどうしても聴覚に頼らざるを得ない。すると、夜の方が緊張感は増す。魔光石はあるが、あんまり明るくしすぎると魔物をおびき寄せてしまう。ならば、足元を照らす程度の光で夜は歩き続けた方が良い。
どこかで休憩をとったとして、万が一夜の暗闇に誘われて意識を保てず寝てしまったら、しかもそこでフィーディーの核の魔力が少ないがゆえにフィーディーまでもが意識を失ってしまったら(核の魔力が一定値よりも少なくなると、その核で動いているものは魔力の消費を抑えるために休眠状態となる)、ウルティナは通りすがりの魔物に命を奪われて、綿密に作り上げた計画も全て水の泡になってしまうだろう。
フィーディーは基本的に、周りの様子は目の代わりとなっているレンズで見ている。仕組みは望遠鏡や、それこそ人の瞳と同じといえるだろう。
そのため、人と同じ視界でしかものを見れないが、これはフィーディー自身が今の身体をウルティナに作ってもらうときに頼んだこと。核があればフィーディーはフィーディーとして、たとえ身体を変えたとしても存在し続けられる。
ちなみに前の身体では構造上瞳の代わりになる部品はなかったため、魔力によってあたりを見渡していた。自分以外の魔力を察知することで見ることができたのだ。
だがそれでは色や細かい形を判断することが難しく、ゆえにウルティナと同じ視界でものごとを見たいと小さく健気な人形さんは思った。
フィーディーからこの話を聞いたウルティナは、その時だけは悪役令嬢としてではなく一個人として頼みを聞き入れたが、(わざとではあるが)傍若無人に振舞ってきたのと、家の事情が色々と複雑であったこともあり、とても腕の良い技師に依頼することができた。公爵家であったことも一要因に成り得る。
もちろんフィーディーは戦闘にも参加するため、その瞳も含め全て頑丈な作りになっている。
森の中で動き続ける際に日中は休んだ方が良い、というかむしろ日が出ているうちに休眠もとるつもりのウルティナ。
これはフィーディーの核の魔力が万一にもなくならないように魔力を注ぎ込み、またフィーディーも周りを警戒できるため、日中に休むことにした。フィーディーは寝なくても大丈夫な設計になっている。
木のふもとに座って、一息。
ウルティナはポシェットから木の実をいくつか取り出した。
フィーディーはウルティナの周りをふわふわと漂っている。もちろん、周囲への警戒の意味もこめてだ。
「ふぅ……。ようやく気温が上がってきましたわね。まだまだこの季節の夜は、肌寒いところがありましたわ」
「んー、たしかにそうかも。ボクの場合、肌では感じられないけど、魔力でならある程度の気温の高さはわかるからね」
その言葉を聞いて、ウルティナはまた、小さく息を吐き出した。
「……魔力は便利ですのね。他の魔力を感じ取ることで場所がわかるのは、まあ、同じ力ですし、なんら不思議はありませんけど。
魔力を使用しての超常現象、魔法なんて、前の世界では考えられませんもの。まさに机上の空論ですらない、架空の世界での話、でしたわ」
「そういや、ティナは前世、魔法どころか魔力のない世界にいたんだったっけ?
ゔぅー、ボクからすると、魔力ないとそもそも存在できないからなぁ。あんまり実感はわかない、かな……?」
なぜ疑問形ですの?、とツッコミを入れた後、ウルティナはさらに続ける。
フィーディーはもはやウルティナの片腕でも呼べる存在。
彼女に前世があり、そこでは今いる世界がゲームの中の世界と極似していることはすでに知っていた。
「なんの道具も使わずに火を起こすことができるなんて、あり得なかった。そりゃあもちろん、[勲章持ち]でなければ魔法は使えませんけど、それであったとしても、ですわ。
たったの一人でも、道具なしに火を起こしたり水の状態を操ったりなどということは全て、空想世界でのお話。そんな人が前の世界にいたら、すごい騒ぎになっておりますもの」
「……ティナが前生きていた世界ではとてもあり得ることではなかった、ということは理解したよ。でも、その世界にはカガクという技術があったんだろう?
えと、たしか魔力どころか馬がいなくてもなくても動く箱があったとか。それも、その箱は空を飛んだりもしたんでしょ」
「自動車やエレベーターのことですわね。どちらも空は飛びませんわ。エレベーターは縦に移動できますけど、結局、仕組みは滑車と同じですのよ」
「滑車ならこっちの世界にもあるけどさ。じゃなくて、それだけの技術があるなら、前の世界でもあんまり不自由なく暮らせてたんじゃない?」
「正直なところを言いますと、前の世界の方が便利でしたわ。光も魔力なしに得ることができましたのよ。スイッチひとつ押すだけで」
「それは……、たしかに便利だね。魔力ない世界なんだから、当然魔力、使わないんでしょ? てことは、誰にでも、制限なく、使えるってことだよね?
……すごく、便利じゃん」
「動かすのにも力はいりますのよ? 魔力の代わりの力が。とはいえ、その力も機械、前の世界の道具の一種と、話したことがありましたっけ? それを用いれば作れてしまいますけれど」
「ほら、誰にだって使えるでしょ? それも、力そのものを道具で作るなら、魔力を使って動かす魔道具みたいに使える人によって制限がない。
魔力はどうしても生まれもっての量があるからね。もちろん、努力すれば多くはなるけど、それでもやっぱりもとから多い人はいるからさ。どうしても魔力量というところに格差ができちゃって、結果使える魔道具だって人によっては限られてきちゃうんだよね。
ティナは魔力量が多いから、あんまり不自由してこなかったかもしれないけど」
「えーっと、まぁ、そうかもしれません、わね?」
今度はフィーディーが「なんで疑問形なんだい?」とツッコミを入れる番だった。
ウルティナが自分に自信を持てない、少なくとも周りからはそう見えてしまうのは、やはり前世での生涯と関わりが深いのだろう。
できすぎる兄が近くにいるというのも、時と場合によっては苦痛なものだ。特に自分ができるからといって、ほぼ押しつけに近い形で自分の考えを誇示してくる兄ができすぎる場合は。
「とりあえず、どちらの世界にも利点はあるということですわよ。
前の世界では、道具を動かすための力はそう簡単に持ち運びできなかったですわ。別の道具に力を溜めた状態でならできましたし、中には力を簡易的に生み出せる、いえ、自然的な力から道具を動かすための力へ変換できるものもありましたわね。ですけど、溜めるのにも限度がありますし、変換するのにも色々と手間がかかりますの。
その分魔力は、身体ひとつあればどこでも使えますわ。たとえ使え切ったとしても、時間が経てば体力と同じく回復しますしね」
「うんうん。
……そういえばさ、ティナの前世の世界と今いる世界の比較をして話し合うのって、初めてだよね? そもそもティナが前世について話していない、っていうのもあるけど。最低限どんな世界かは聞いてたけどさ」
「言われてみれば……、その通りですわ。周りの目がなくなったからかしら?
フィーディーと話していたのは屋敷の中と実戦でこっそり外出していたときだけとはいえ、どこで誰が見ているか、わかりませんでしたから」
首をかしげながらも、ウルティナは取り出していた最後の木の実を口に含む。少し酸っぱいその果実は、彼女の前世での柑橘類に似ていた。
「ごちそうさまでした、っと。さて、フィーディー。私、そろそろ仮眠をとりますわ。
魔物が来ても弱そうなら、倒してしまってくださいな。
複数体いたり、一人では危なさそうなら私を起こしてくださいます? あ、それと、倒すときに魔力が足りなさそうなときも起こしてくださいまし」
「りょーかい、だヨ☆ で、特に起こす用事もなかったら、いつくらいに起こせばいいかな?」
「空が夕焼け色に染まりはじめた頃でお願いしますわ。今日の夜も眠らずに行動するつもりですし、休めるときに休んでおきたいですの」
「オッケー、わかったよ」
フィーディーが頷いたのを見て、ウルティナはお礼を言いつつ魔力をフィーディーに流し込んだ。
「じゃ、おやすみ、ティナ」
「ええ、おやすみなさい。フィーディー」
最後に挨拶を交わして。
ウルティナは目を閉ざした。少しして、寝息をたて始める。
その様子を穏やかそうに(あくまで雰囲気を醸し出して)フィーディーは見つめていた。
「……ホント、ティナはかわいいなぁ。本人は気づいてないだろうけど、ね。自分の強さにも。学園じゃあ本気も出してなかったから、知る場所もなかったから、仕方ないことなのかもしれないけど」
気持ちよさそうに日の光を浴びながら眠っているウルティナのおでこを、小人の人形さんは小さな手で優しくなでる。
「……ティナの前世のお兄さん、か。……ボクのご主人様をここまでしばりつける存在、ねぇ。うーん、なんか、悔しい、のかなぁ……?」
魔光石をポシェットの中に入れて、両手をいつでも使えるようにした。
こっちの土地では、本当に、いつどこで魔物が襲ってくるかわからない――、
「……あれ?」
――と、何かが来たらしい。
またもや近くの草むらが、ガサガサと音を立てている。
「うーん、なんだろ。とりあえずは魔力で探知しようかな。んと、……これなら逆探知もされにくくなるかな」
いつになく真面目に、フィーディーは主人を守りぬくための準備を進める。
今さっき眠りに落ちたのだ、そう簡単に起こすのはプライドが許さない。
フィーディーだけで対処できるなら、それに越したことはないから。……さすがに中級クラスが何体も出てこられたら参るけれど。
静かに、バレないように、フィーディーは魔力で他の魔力を探る。
魔力の種類と大きさで、ある程度の魔物の強さはわかる。
――が。
「……おっかしいなぁ」
それは、思っていたのとは違う種類の魔力で。
さらにいえば、
音を立てたソイツは、眠る少女と疑念を抱く人形の前に、姿を現した。
「――――たすけ、て、くだ、さ、い……」
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