2.謎の声が聞こえてきて……


 その声に、ウルティナはピタリと動きを止める。


 少ししてから、その場にしゃがみ、メモ帳と黒鉛の棒を地面に置く。それから、ポシェットの中に手をいれた。

 再び手が外に出たときに握られていたのは、一体の人形。手のひらよりも少し大きい、とんがり帽子をかぶった小人の形をしている。オーロラ色のワンピースを着たその姿は、とてもキュートなものであった。


「――っもう、ティナったら!」



 そして、その人形は喋った。



 目も口も動いていないのに、その人形からは声があがった。


 『ティナ』はウルティナの愛称である。


「ごめんなさい。すっかり忘れていましたわ」


 だがウルティナは、手に持つ人形が話すことを以前から知っていて、ちっとも驚いていない。


「ですけど、なぜここが屋敷や馬車の中ではないと気づきましたの? 私は何も言っておりませんのに」


 ウルティナが問いかけると、人形は表情を変えずに、というよりかは構造上、表情を変えられずに答えた。


「だって、さっきポシェットを開いたじゃん! その時に差し込んできた光の量で、ここが外だってわかったんだ」


 自慢そうに胸を張る人形を見て、ウルティナは笑いをもらす。


「な、なにさぁ。なにがおかしいんだよぅっ」


「ふふ、……いえ、なんでもありませんのよ。ただあなたの仕草が可愛かっただけですもの」


「か、かわいいって! ……まぁ、ティナが嬉しそうならいいんだけどさぁ……」


 表情が変化していないのに、なぜかふてくされているとわかってしまうのは、人形の声に人形とは思えないほどの感情がこもっているからか。


「それで、ティナ。今なにしてるの?」


 ウルティナの腰のあたりまでヒモがあるせいで、地面と触れてしまっているポシェット。その上に、ウルティナは人形を置いた。

 代わりに、先ほどの手放したメモ帳と黒鉛の棒を手にとる。


「今後の予定の確認をしていましたのよ。ようやく一人になれたんですもの、また何かが起こって忙しくなる前に、きちんと計画を再確認しておきたかったものですから」


「あー、なるほど」


 人形はコクコクとうなずいた。

 ちなみに、この人形さん、自分の二本足できちんと立っている。ウルティナが定期的に、人形の核に魔力を流しているからだ。そのおかげで、動かない表情の代わりに感情を全身で表そうと、短い腕を必死に組んでいる人形は、ある程度、自立した行動をとることができる。


 さっき、人形がウルティナの手によってポシェットから取り出されるまでポシェットの中から出てこなかったのは、事前に勝手に出てこないよう言い聞かされていたから。話さないようにも言われていたが、臨機応変な行動をとることができることもこの人形の特徴の一つだ。


「たしかに、きちんと確認しておくのは大事だもんね。そんじゃ、ボクもそれにつきあうよ。一人より二人の方が、見落としも少ないでしょ?」


「そうね。そうしてくれると助かりますわ」


 人形の提案に、ウルティナは肯定の意を示した。



「それではいきますわよ」


 何ページかめくった後、ウルティナはとある一点を黒鉛で指しながら告げる。


 そこには、大きな文字で『婚約破棄』と書かれていた。


「まずは、先日。第二王子のオディウム=レーグス・ヴィークトゥースから婚約を破棄されましたわ。そして」


 今度は、『聖女と婚約』と書かれた部分を指す。


「私の妹である、ヴィークトゥース王国の聖女候補、クリアン・ティオ=サタナスとオディウムは婚約を結ぶと発表しましたの」


「うん、そうだね。ボクもその時は、ティナの隠し持ってたポシェットの中から聞いてたよ。なんていうか、……ホントにティナの言う通りになったね」


 人形はあごに手をあてている。


「でしょう? まあ、計画通りに進んでくれないと、困るのは私ですけど」


「そりゃ、ま、そうだよね」


「ええ。見事予定通り、私は婚約を破棄され、妹は王子と婚約を結びましたわ。ですが、ここで予想外のことが起こりましたの」


「クリアンが、ティナを屋敷に戻したことだね」


「そう。どのような心境で行ったことかは知りませんが、クリアンは私を擁護する行動を起こしまたわ。

 これは、ゲームになかったこと。私個人からしましても、ありえないことですわ。彼女は、私に、殺されかけたことがあると思っているはずなのに」


 そう言って、ウルティナはメモ帳に文字を書き足した。クリアンの、不可思議な行動についてメモしておこうと考えたのだ。


「うーん、…………ま、そうかもね」


「このことに関しては、先ほど、考えることを放棄しましたの。わからないことでいつまでもクヨクヨ悩む暇なんてありませんから。

 今は、屋敷に戻れたおかげで、本来持ち出したかったものや身なりを整えられたことに感謝しましょう」


「だね。ティナの髪型、今日もかわいいよ」


「ありがとう、フィーディー」


 ウルティナはいつもと変わらず、左が赤色で右が黒色という奇抜な色(天然)をした髪の毛を、高い位置で二つにまとめていた。とても長くて、結んでも腰まである髪の毛は、今はポシェットと同じように地面にたらりとついている。

 前髪は左側をピンで留めていて、右側は目にかかるどうか、というくらいの長さがある。

 サイドの髪は左は肩の、右はおへそのあたりまでの長さがあり、アンバランスだ。


 とんがり帽子をかぶった人形の名前は、フィーディーという。


「でもさ、これからはどーするの? いつでも身なりを整えられるってワケじゃ、ないでしょ?」


「仕方ありませんわ、……と、すぐに割り切れるものでもないでしょう。こればかりは慣れることを待つしかありませんわね。さすがに、今まで上流階級でとても良い暮らしをしてきたのですもの。すぐに慣れるとは思いませんが……」


 髪がベタつくの、嫌ですわねぇ……、と自分の髪の毛に手を通しながら、ウルティナは思わずこぼしてしまう。女の髪は命、ともいわれるほどだ。髪はきれいにつやつやとしている状態が一番良い。


「ここ、森の中でしょ。もしかすると泉とかあるかもしれないし、そんときに洗ったりすればいいと思うよ」


「そうですわね。身なりのことは今さら気にしても仕方ありませんもの。……このようにすると決めた以上、耐えなくてはならないことはたくさんあると、そう覚悟しなくては」


「ボクだって汚れるのはイヤだもん。でも、ティナについていくって決めてるからね。ボクは、ティナの行くところならどこへでも行くよ。たとえそこが、火の中だろうと水の中だろうと、ね」


 フィーディーが言っていることは、実は叶えられないことはない。この人形さん、防火防水加工済みである。


「……ありがとう、フィーディー。本当に、嬉しい、ですわ」


「へへっ。喜んでくれて、なによりだよっ」


 照れくさそうに、頭をさすりながらフィーディーは言った。


「それで、ですわ。今日きょう、私は国外追放として、まだ未開発の土地へほとんど身一つで捨てられましたの。しかも、橋を越えた先の土地に。

 その橋は馬車が戻った時点であげられるでしょうし、土地と土地の間の海には凶悪の魔物が棲んでいますし、泳いで渡るには危険すぎますわ」


「うん。ボクも、ティナを泳がせたくない。となると」


 ペラリ、とウルティナは一枚ページをめくる。


「この土地で、生きていきますわ。そのためには、まず」


 ウルティナは黒鉛の棒でとある一点を指し示す。


「『こちらの土地の仲間』を、作りましょう。できるだけこちらの土地について詳しい人がいいですわ」


「それが、次の目標、ってトコだね。そうすぐには見つからないと思うけど、最低一人はこっちの事情に明るい人がいた方がいいもんね」


「その上で、近接戦に得意な人だと、戦闘がしやすくなると思いますの。良さそうな人なら、契約を結んでしまってもいいとまで考えていますわ」


 黒鉛の棒でメモ帳に波線が描かれる。


「ですので、まずは人を探しますのよ。できるだけ、信頼できそうな人を」


「りょーかい。んで、見つけた後はどーするの?」


「こちらのことが詳しくわからない限りははっきりと言い切れませんけど、ある程度は考えていますの」


 そう言って、ウルティナはもう一枚、メモ帳のページをめくろうと――




 ――――ガサガサッ




 今度はウルティナのポシェットの中からの音ではなかった。


 近くの、森に生えた草が、揺れる音。


 少女も人形も、動きを止めた。

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