3.草むらが揺れて……
ガサガサガサ……、と揺れ続ける草むらの音を聞きながら、ウルティナはかたわらの人形に魔力を流しこむ。
かわりに魔光石へ魔力を流すことをやめ、光源をなくす。夜空は曇っていて、月光はおろか星からの光でさえもとぼしい状態であった。
【ティナ、どうするの?】
ウルティナとフィーディーは魔力によって繋がっているため、念話による意思疎通が可能となったのだ。
二人は、音を立てない会話を始める。
【……戦いますわ。久しぶりの実戦ですし、本気でいこうと思いますの】
【オッケー。それじゃ、ティナ。ボクも遠慮なくいくから、指示、よろしくねっ】
【ええ、もちろんですわ……ッ】
ポシェットの中に両手を入れる。
取り出されたその二つの手に握られていたのは、左右三体ずつ、計六体の人形。赤青黄緑白黒のうさぎたちだ。大きさは全て手のひらよりも小さいくらいの、小さなサイズ。
それらを地面に置き、ウルティナは次にポシェットの中から一本の棒を取り出した。
先に紅色の小さな珠がついていて、それ以外のゴテゴテとした装飾物がないかわりに洗練された模様が彫られている、ウルティナの前世でいうところの三十センチ程度の長さの木製の指揮棒である。
色はダークブラウン。
メモ帳と黒鉛の棒をポシェットにしまった後、六体のうさちゃん人形に魔力を流す。立ち上がってから指揮棒を振ると、フィーディーを含めた七体の人形が空中に浮かび上がった。
そして、ウルティナは目を閉じる。
時を同じくして、揺れ続けていた草むらから何かが飛び出してきた。
【ティナ、きたよっ】
【ええ。
目を開いていないのにも関わらず、フィーディーからの念話にそう返す。
ウルティナは目の代わりに魔力で周りを見渡しているのだ。これは常軌を逸している魔力の制御能力と、脳の処理能力。その両方が備わっていないとできない芸当。
もちろんこれほどの能力があれば、かの第二王子とウルティナ、そして聖女候補が通っていた学園での順位は相当高いものとなっていただろう。
だが、忘れてはいけない。
ウルティナは、その学園で悪役令嬢という役を演じていた、ということを。
彼女の本気は、元婚約者とて、知り得ない。
【敵は五体。ポープルですわね。一体ずつならばとても弱い[低級-Ⅰ]の魔物ですわ。一体ずつ、確実に、倒していきましょう】
魔物は大きく分けて低級、中級、上級、超級の四つに分けられ、その中でもⅠ〜Ⅲの三段階に振り分けられる。等級は強さによって分けられるが、Ⅰ〜Ⅲは大きさによって分けられる。
ポープルと呼ばれる魔物は、緑色の肌色をした人型の魔物で、顔が動物の豚に似ている。高くても一三〇センチの身長で、落ちているものをそのまま武器として使用する。
本能で動いており、人を見かけたらとりあえず襲いかかってくるが、攻撃力は弱く、初心者向けの魔物といったところだろう。
だが、集団で行動することもある。そのときに、本能によるものなのか連携技を繰り出してくることもあるので注意が必要だ。
【りょーかい】
フィーディーがその場で敬礼の構えをとった。
「さて、いきますわよ。《演奏開始》」
チカリと指揮棒の先にある珠が瞬いたかと思うと、次の瞬間にはウルティナの装いが変わる。
前立てがレースで飾られた黒いワイシャツ。
二の腕の真ん中あたりに赤紫色の細いリボンで絞られ、ひじの上あたりまで袖がある。胸元には短めのネクタイがあって、ノットの部分に指揮棒の先にある珠と同じ色をした鉱石がついていた。左肩には、白をベースに金色で彩られた肩マントが装着されている。両腕の、二の腕の下あたりから手の先までを包む絹の白い手袋には余計な装飾はなく、ウルティナをさらに美しく仕立て上げていた。
腰には服がダボつかないように帯のようなリボンで絞られており、下は上と同じく黒色のノータックパンツスーツをはいている。その上から、黒色のタキシードや燕尾服のように後ろで二股に分かれた布をマントのごとくまとっていた。靴はもともとはいていたものと同じく、黒色の革で作られたブーツだ。
この装備は、ウルティナが来ていた服――黒地に赤色で模様がいれられていたワンピースと黒色のスパッツ――とウルティナが手に持つ武器――指揮棒――で一つの装備品となっている。
一般的に[固有武装]という名前で呼ばれる特別な装備品で、ウルティナのそれは[
[固有武装]は魔力とともにあらかじめ決めておいた言葉を唱えることで[展開]し、光とともに服が変化する。ウルティナのものは魔力を流すことで洗浄される効果も付与してあるため、彼女が今いる森の中でも快適に着れるようになっていた。
[展開]によって変化した服には特別な効果があるものが多いが、服を着たままでいるためだけにも魔力が必要なため、主に戦闘などの場面で使用されることが多い。
ウルティナは指揮棒を振って、一言。
「《
呪文に対応して黒色のうさぎが、かわいらしく両手を宙にさしだす。すると、幾何学的な模様が空中に描かれはじめた。
この世界の魔法、つまりは魔力と呼ばれる力を変換することで引き起こされる超常現象。それらは全て、変換されるときに魔法陣と呼ばれる幾何学的な模様が描かれる。なぜ魔法陣が描かれるのかは明らかになっていないが、その魔法陣は決まって光をともなっている。というより、光そのものが魔法陣をかたどっているのだ。
色は魔法の種類や属性によって変わる。形も、それぞれの魔法で違う。ゆえに、ある程度魔法陣についての知識がある人は、魔法陣を見ただけで大体どんな魔法であるかがわかるのだ。
それは置いておいて、ウルティナが命じて黒うさぎは魔法を発動させる。色は紫がかった黒色。夜空に浮かぶ星雲のように、真っ暗闇のなかで、美しく、妖しく、艶やかに、魔法陣は光を放っていた。
そしてまた、ウルティナは指揮棒を振る。
「《
今度は黄色のうさぎが宙に手をさしだした。その手の先に、魔法陣が――
――描かれずに、魔法は発動する。
ポープルたちの動きが、突然、止まったのだ。
続いて赤いうさぎがフィーディーの周囲をくるりとまわりながら小さな両手を精一杯あげる。
緑色のうさちゃんも、同じく小人の人形のまわりをまわる。
ワルツのように、くるくると。
「さて」
フィーディーは、ゆっくりと片手を前にさしだす。
「ボクも、いこうかな?」
――瞬間。
旋風が、巻き起こった。
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