12 本当の力・後

「ユーザーの認証、って……」

『言葉通りだよォ。例えば蝉麻呂なら境川君の認証があれば』

「境川さんは別の場所です。今ここにいる人間はオレと貴堂だけで……」

『……なら、彩斗君がやるしかないねぇ。悪いけれど他に起動方法は無いんだ』

「…………」


 彩斗が押し黙り、じっと目前の戦いへと視線を移す。

 GRP-13の攻勢は激しかった。速度で勝る蝉麻呂が端から援護することで、どうにか一方的に攻撃される状況は避けていたが……それでも、ほぼほぼ防戦一方である。

「どうした、有岡の息子ッ! 頼みの綱のプログラムは不発かッ!?」

「うるさいな。こっちにはこっちの事情があるんだよ……!」

 蝉麻呂が境川星奈の所有ロイドである以上、彩斗の選択肢は二つしかない。


 ボイドが、ニグレドか。

 けれど当然、ニグレドは頷かないだろう。今は心強い味方となっているものの、彩斗自身、彼と認め合えているとは到底思えない。


「どうする、ボイド。今度はキサマの選択の時だ」

「自分は関係無いって面しやがって。期待してなかったけどなッ!」


 ニグレドに言い返しながら、ボイドは突撃する十三号の刃を剣で受け、流す。

 一撃の重みが違い過ぎて、ただそれだけの動作でもボイドの体勢は崩される。対する十三号は、少し上体がブレた程度ではフラつかない。下半身のバランス制御能力にも違いがあるのか。考える間も無く追撃が迫ってくるが、これは蝉麻呂が鎌で割り込み、方向を変える。その隙にボイドは蹴りで十三号との距離を置こうとするが、その感触はほぼ壁を蹴っているようなものだった。体重が、違い過ぎる。相手を蹴り飛ばすつもりが、自身が跳ね飛ぶ格好となってしまった。

(このままで勝てるか? ……無理だろ、やっぱ)

 自問自答する。先ほどの蹴りでも、十三号の体力はほぼほぼ減少していない。装甲の硬さが段違いなのだ。仮に熱剣を押し当てたとして、致命傷に至ることは無いだろう。


 今のままでは、勝ち目はない。

 やはり必要なのだ、強化プログラムは。

 けれどその恩恵を受けるには、ボイドは彩斗を所有者として認めなければならない。


「……っ、悪い彩斗。お前が嫌いとか、そういうんじゃないんだ」


 認めてしまえばいいだけだ。

 きっと今だけ。後から解除することだって出来るのに。

 分かっているのに、ボイドは一歩を踏み出すことが出来ない。

 誤魔化すように十三号に斬り掛かるボイドを見て、嘲るように豪頼が笑う。

「莫迦めッ。利用すべきものにすら手を伸ばせないとはな。下らん失敗作め」

「兄貴が失敗? それは失敬!」

「いいや失敗作だ。思い出したぞ、GRP-7。貴様はつまらんエラーで玩具の本分を見失い、暴走した廃棄物だな」

 ボイドの出自を思い出したのだろう。豪頼はボイドを貶し、挑発する。

「KIDOから逃げた貴様が、時を経て再び有岡の足を引っ張ろうと言うわけだ。これが失敗作で無いならなんだ? 下らん感傷など再現するからこうなるのだッ!」


 機械に感情は要らない、と豪頼は断言した。


「貴様らに必要なのは、高度な判断能力と人間への忠義、それのみッ! だのに有岡めが無駄に精巧な感情など模すものだから、余計な手間とコストが掛かったッ!」

「……我々の感情が、無駄だと?」

「その通りだ、黒い玩具。出来上がったものは利用するまでだが、そもヤツが七号をこんなザマに作らなければ、貴様らのようなバグも生まれなかったッ!」

 豪頼は更に、NOISEの存在をバグと言い切る。

 ニグレド達の存在でさえ、有岡勇人の間違いから生まれたものなのだ、と。

「一理はある」

「ジジ!? ニグレド、認めるんだっ!?」

「傲慢だ。我々の存在は、ニンゲン共の傲慢さによって生み出された。その罪を贖わせるのが我々の務め。……だがな」

 言いながら、ニグレドは十三号の側面へと回り込み、ハンドガンを撃ち放つ。

 十三号はそれを容易く回避した。狙いが浅い。何のつもりだ、と豪頼が訝しんだ、直後。バシャンと音が鳴り、豪頼の背後のガラス窓が砕け散った。

「むっ……!!」

「我々の想いをバグと斬り捨てる事は、決して許さない」

「……フ、ハハハハハッ!! 苦し紛れだな。今の貴様に儂は撃てない。底の知れた脅しなど、貴様の程度の低さを示す証拠としかならんッ」

 肩にガラス片を乗せたまま、豪頼は平然とニグレドに言い返す。

 事実、バトルモードを実行しているニグレドに、豪頼は撃てなかった。だからこその流れ弾による威嚇だったのだが、それを理解出来ない相手ではない。


「結局、貴様らには何も出来んのだッ! 玩具である故に、感傷を抱くが故に、完璧な機械兵たるGRP-13には敵わないッ!」

「……違う」

「何が違う、有岡の息子。意見を述べる時は聴こえるように言えッ」

「違う、っつってんだよ。耳が遠いの?」


 拳を握りしめながら、震えた声で彩斗は返す。

 鼓膜を破りそうな豪頼の声と比べたら、それはか細く小さな声だ。

 けれど、響いた。軽い挑発に込められた感情の強さに、豪頼は無意識に片眉を上げる。

「ボイドは失敗作じゃない。ボイドに感情があったから、ボイドが今のボイドだったから、オレはここまで来れたんだ」

「……彩斗」

「独りで戦おうとしてたオレに、最初に手を貸してくれたのがボイドだ。オレが納得できなかった時、味方になってくれたのがボイドだ。オレが迷ってた時、道を示してくれたのが……ボイドだ」


 便利屋として独りで生きていたボイドがいなければ、彩斗は助力を得ることも出来ず、最初の襲撃でデータを奪われていただろう。

 星奈との話し合いの際、ボイドが味方になってくれなければ、彩斗は戦いの場から降ろされていたかもしれない。

 ディアロイドの在り方に迷いを抱いていた時、ボイドが公園に連れ出してくれなければ、今の決意は固まっていなかったハズだ。


「全部、ボイドだから。傷ついて独りになって、それでも生きてこうとしていたコイツだから出来た事だ。それが無駄? 失敗? ……全然違う。何一つ合ってない」

「御託を述べても状況はどうだ? そのボイドは強化プログラムを扱う事も出来ず立ち竦むのみ。貴様らは勝利を得られず、全てを失う。無意味だッ!」

「失わないし、意味もある。別に負ける気も無いけどさ。少なくとも、もう確実に手に入ったものは、あるし」


 彩斗はそこで言葉を切って、ボイドへと視線を移す。

 咄嗟に蝉麻呂がカバーに入り、十三号の注意をボイドから逸らした。ニグレドもそれに続く中、ボイドは彩斗の方へと振り向く。

「なぁ、ボイド。……別に、無理に強化プログラム使わなくても良いから」

「だが……彩斗。それではこの状況は……」

「無理なものは無理でしょ。だったら諦めて別のやり方を試すしかない。それにさ」

 オレは別に、ボイドの持ち主になんかなりたくない、と彩斗は告げる。

 仮に一時的にせよ、そんな風に関係を作ってしまうのは、彩斗にとっても居心地が悪い。


「どうせなるなら、別の関係が良い」

「別の、関係?」

「っていうか、なってるって思いたい。……こういうの、言葉にしたくないんだけど」


 やや躊躇い、目を泳がせて。

 それでももう一度、彩斗はボイドに視線を向けて、言い切った。


「オレは、ボイドの友達になりたい」

「……とも、だち」


 瞬間、ボイドの脳裏にフラッシュバックする映像があった。

 それはかつて彼が、唯一の持ち主と認めた彼と出会った日のこと。


 ――僕は碓氷悠間。君の友達になりたいんだ。


(……ああ)


 記憶が巡る。メモリが熱を持つ感覚。強い負荷と多大な処理の果てに、ボイドは一つの結論を、演算する。


「それで、良かったのか」

 思わず呟いて、それからため息を吐いた。

 本当に、呆れる。その事に気付くのに、一体どれだけ掛けた?

 或いは本当に、自分はポンコツなのかもしれないとさえ考えて。

 それからボイドは顔を上げ、ゆっくりと、そして段々と速度を上げて、彩斗の元へと駆け寄った。

「ボイド?」

「やるぞ、彩斗。強化プログラムを使う。お前は俺の持ち主じゃないが……友達だ」

 ボイドの唯一の持ち主、碓氷悠間は、彼の所有者であり友人だった。

 その記憶を基に、ボイドは二つの定義を"敢えて混合"する。

 無茶苦茶な処理だが、何故だか上手くいく気がしていた。

 自分が心を持たない機械なら、そんな処理は不可能だったかもしれないが。

「……分かった。これコード。ダウンロードしながら登録って出来る?」

「可能だ。というか既にやってる。ゲストモードから切り替えろ」

 答えながら、ボイドは彩斗に手渡されたコードを自身の背中に差し込む。

 ダウンロードには、およそ一分。それから再起動して、ようやく発動が可能。

「時間稼ぎ、頼む!」

 その間、ボイドは無防備だ。彼の言葉に蝉麻呂とニグレドが頷くが、豪頼とてその機を見逃しはしない。


「先にボイドを砕けッ!!」

「させるかよォッ! 今こそダメ元、セミ・ファイナル!」


 蝉麻呂が叫んだと同時に、ぐらり。十三号の足元が僅かに揺らぐ。

「効いてる効いてる効いてる! ニグレドォ、今だぜ!」

「言われるまでもない。叩き斬るッ!」

 動きが鈍ったその隙に、ニグレドは真正面から回転刃を振り下ろす。

 だが、ギィンッ! 回転刃がボディに噛みつく前に、十三号の刃が回転刃を防ぎ、弾いた。続く連撃で、ニグレドの腹部装甲が抉られる。

「ぐ、ぅ……!」

「わーっ!? 接続切れてる!? セミ・ファイナル!」

 蝉麻呂は再度十三号に妨害を仕掛けようとするが、今度は反応が無かった。あの短時間の間に、なんらかの対策を練られたのだろう。

「悔しいぜッ! けど温存しといて良かったぞ!」

 その小さな時間でさえ、今は有効だ。残り四十五秒。蝉麻呂は十三号の背後に回ると、膝裏の関節めがけて爪で突く。……が、これは予測されていた。蝉麻呂が背後に回った瞬間に十三号は後ろ回し蹴りを放ち、蝉麻呂はそれを避け切れない。

「ぐわばっ!」

 床に接地していない蝉麻呂だったから、ギリギリで体力は残った。けれど勢いよく吹っ飛ばされた蝉麻呂は、床を転がり仰向けになってしまう。

 そこへ背部ブースターを吹かせた十三号が急速接近してくる。このまま突かれれば、蝉麻呂の薄い装甲はたちまち破られてしまうだろう。

「ミミミミミっ!? あれこれマロマジのファイナル!? あるまじき失態っ!?」

「緊張感が無いんだ、キサマはッ!」

 こんな時でも独特の節をつけて鳴く蝉麻呂にツッコミながら、ニグレドは十三号のブースターに狙いをつけ、ハンドガンを撃ち放つ。

 ぶぉんっ! 十三号は大きく上昇することでこれを回避。熱線が真上を通過した蝉麻呂は「ミミミ」とビビりつつ、どうにか羽を振るわせて体勢を立て直した。

 残り三十秒。しかし蝉麻呂もニグレドも、残る体力はごく僅かだった。

 ハンドガンで威嚇射撃を繰り返しながら、ニグレドはゆっくりと後退しボイドたちをカバー出来る位置へと移動していく。

 蝉麻呂はニグレドの反対の位置を飛ぶことで、十三号の警戒を散らした。もし十三号が蝉麻呂を無視してニグレドの方へ行けば、すぐさま背後を突ける。

 十三号はガス噴射で中空に留まりながら、ゆっくりとニグレドと蝉麻呂を見比べた。豪頼からの追加指示は無い。優先順位は変わらず、ボイドと呼ばれる灰色の機体を破壊せねばならない。と、考えたかどうかは不明だが、十三号は次の瞬間、ボイドへ向けて飛んだ。

「チッ。やはり来るか」

 斜め上から、加速をつけての刺突。直撃すれば無防備なボイドなど一撃だ。ニグレドは苛立ちを舌打ちの音で表しながら、十三号とボイドの間に立ち塞がる。

 既に一撃を腹に受けたニグレドには、これを受け切る余力は無かった。

 ボイドを庇えば、そこで体力が尽きる。当たり所によっては再起不能だ。それでも、今この瞬間の敗北は避けたかった。

「ジジジジジッ! そうはさせない駆け足でッ!」

 そんなニグレドを援護すべく、背後から蝉麻呂が急速に迫る。

 速度だけなら、蝉麻呂は十三号を超えている。だが全速の彼に追い付き攻撃を行うには、スタートの距離が遠かった。

「マロはたかしくん、お前はひろしくんっ!」

「最早、意味が分からんが」

「マロにも分かんないっ! さんすう!?」

 混乱しつつ距離を縮めた蝉麻呂。

 十三号がニグレドへ刺突を繰り出す直前に、その背中を爪で打つことに成功した。

 それによって僅かに揺れた狙いはニグレドの回転刃に呑まれ、十三号の右腕がグンッと深く沈む。十三号は慌てず左腕でニグレドを攻撃しようとしたが、蝉麻呂がその腕に取り付き、攻撃を妨害した。

「今だぜニグレドッ!」

「分かっている。斬るッ」

 両腕の動きを止めた所で、ニグレドの回転刃が十三号の胴体に直撃する。

 ギギギギギ、と金属を掻く不快な音と共に、周囲に火花が散った。

 同時に、設定された十三号の体力ゲージがじりじりと減少していく。

 攻撃が、効いているのだ。だがやはり、ニグレドの回転刃を以てしても、物理的な効果は薄い。切断は不可能だ。刃の感触からニグレドが理解した、それと同時。


 一歩、ニグレドから距離をおき回転刃から逃れた十三号の右腕が、左腕の蝉麻呂のボディを、貫いた。


「ジッ……!?」

「蝉麻呂っ!?」

 彩斗が叫ぶ中、十三号は力を失った蝉麻呂を軽く振り払う。

 かさりと音を立て転がる蝉麻呂に、十三号は視線さえ投げかけはしない。

 そしてもう一体。ニグレドもまた、蝉麻呂に視線を向けはしなかった。

「……助かったぞ、蝉麻呂」

 ニグレドが見据えていたのは、蝉麻呂が生み出した勝利への好機だ。

 ギャンッ! 床を回転刃で打ち、一瞬で十三号との距離を詰めたニグレドは、それと共にハンドガンを投げ捨て、自らの左腕で十三号の体を掴む。

「ニグレド、お前なにを……」

「本当に……本当に、癪だがッ!」

 十三号を捉えたニグレドは、もう一度床を回転刃で打ち、その威力で大きく跳んだ。

 十三号を、ボイドから引き離すことを優先したのだ。

(私が僅かに攻撃した所で、コイツは倒せない)

 先ほどの一撃で理解した。十三号を斬るには、不服ながら数手足りない。

 自分だけでは勝てない。ならばすべきことは、蝉麻呂と同じ。


「キサマらに託す。……起きろ、ボイドッッ!!」


 ニグレドのフレームを、十三号の刃が貫いた。

 けれどそれで威力が止まるわけではない。ブースターを吹かしながら、十三号は体を回転させて己を掴むニグレドを振り落とす。

 かしゃん。床を跳ね倒れるニグレドに、もはや戦う力は残されていない。

 スリープに入る直前に、ニグレドは頭を動かし、ボイドと彩斗の姿を目視した。

(ディアロイドとニンゲンの絆など、私は信じない)

 ボイドと彩斗のそれでさえ、いずれ崩れる偽りの関係であって欲しいと願っていた。

 だから、癪なのだ。そんなものに最期を託すことになるだなんて、まるで。


「……期待には応えるよ、ニグレド」


 ボイドの言葉が、止まりかけのニグレドに響く。

 間に合ったのだ。ボイドの再起動は成功した。「ああ」とニグレドは掠れた音声で応え、どうしようもない想いを自覚しながら、眠る。


(私は、キサマらのことが――)


 思考が言葉になる前に、ニグレドの時は止まった。

 ボイドは背中のコードを抜き払いながら、倒れる彼や蝉麻呂を見て、中空の十三号に顔を向ける。

「よくもまぁ、やってくれたもんだ。流石に腹が立つ」

「……ボイド。行けそうか?」

「俺はな。キーワードは分かってるよな?」

 振り向かず問いかけるボイドに、「当然」と彩斗は返す。

 指示用のスマホアプリにも、既にそのデータは組み込まれていた。

 後は確認し、発動するだけ。けれど当然、十三号はそれを邪魔すべく先に動き出した。

 ゴウッ! 十三号の背後から光が溢れ、黄金の躯体が空を駆ける。

 ボイドは剣の峰に熱を通しながら、ゆっくりとそれを構えた。

 焦る必要は、既に無い。ただ待てばいい。迫りくる十三号と、そして……


「ボイド。"ネクサス・ブースト"ッ!」

「ブースト承認だ、彩斗ッ!」


 彩斗の言葉と共に、ボイドの感覚が変わる。

 飛来する十三号の姿が、ハッキリと認識できた。その飛行軌道さえ、今のボイドには容易く判断が出来る。だから刃は、置くだけでいい。

 ギィィィッ! ボイドが身を傾けながら剣を構えると、十三号はその直上を飛び、刃の先端を身に受ける。

「何をしている、GRP-13ッ!」

「ボイド。速い相手の対処は分かってるよね?」

「ああ。今の通りだ。カウンターを狙う」

 姿勢を崩した十三号は、けれど数度ガスを吹かすことですぐに体勢を立て直す。

 ただ、今の一撃で上空からの攻撃を危険と判断したのだろう。地に足を付けた十三号は、上昇せず駆ける為にブースターを動かす。

「突いて、ボイド!」

「了解ッ」

 ボイドはそんな十三号に切っ先を向け、自身もダンッと床を蹴る。

「莫迦めッ! いくら強化されたとて、機体性能が違い過ぎるわッ!」

 正面からまともに直撃すれば、有利なのは体重や装甲が重い方だ。

 事実、刃の先端が十三号に触れた瞬間、ボイドの腕にはあまりに強い負荷が掛かる。

 だからボイドは、跳んだ。両足が床から離れた瞬間、ボイドの身はたやすく宙を舞う。

 ぶわりと跳んだボイドの体は、きりもみ回転し視界すら定まらない。

 十三号はそんな状態のボイドを追撃しようと、踵を返し再び上昇する。

「……斜め下、今!」

 けれどそのタイミングは、彩斗に読まれていた。

 指示を受けたボイドは、体を回転させながら情報を処理。剣の先端が十三号と重なる瞬間を狙い、叫んだ。

「クラッシュッ!」

 赤い閃光に、彩斗と豪頼の目が眩む。

 剣先からの熱線も、今はその威力を増していた。

「だがそんなものでGRP-13は――」

「熱の拡散? それでどうにか出来るって思ってる?」

「なにィッ!?」

 十三号の躯体が、落ちてゆく。

 中空のボイドに僅かに届かない高度から、放物線を描いて落下、着地する十三号の姿に、豪頼は何故だと呟いた。

「ガス欠か!? いや、燃料はまだ残っている。ならばどうして」

「爆発を防ぐためだよ。ブースターの周囲が熱を持ったから、安全の為に機能を止めた。当たり前じゃん、精密機械だよ?」

 驚く豪頼に、彩斗はニヤリと笑って返す。

 もちろん、十三号とてその種の対策をしていなかったわけではない。黄金の躯体自体がその一つだ。けれどボイドのクラッシュは、それを超えて彼の機体温度を上昇させた。

「……まぁ、それはこっちも同じだ。次撃てばこっちも持たないがな」

「充分でしょ。あとは格闘戦。……ケリ、付けるよ」

 彩斗が言うと、ボイドは「当然」と言って床を蹴る。

 ブースターが一時的に使用不能になった十三号は、重い躯体を自身の手足だけで動かし、それを迎え撃った。装甲の重さを思えば、その格闘性能も驚異的ではあるが。

「今だけは、俺たちの方が有利だ」

 破壊出来ない装甲でも、体力は削れる。

 既に数度の激突で、十三号の体力は半分以下まで減少していた。

 ボイドの残り体力も僅かだが、先ほどとは状況が違う。


(見えるし、反応も早い。これがブーストか)


 体が軽いとは、こういう事を言うのだろう。

 ボイドはそう感じながら、十三号の刺突を手で弾き、脇腹に熱剣を叩き込む。

 ガィン、と弾かれる反動を利用して、立ち位置を調整した。連撃を避けるべく、攻撃さえも移動に利用し、ヒット&アウェイを繰り返す。これは彩斗の作戦だ。

「何を……何をしているッ!! とっととそのガラクタを破壊しろというのにッ!」

「出来ないよ。ボイドは今、そいつより強いから」

「有り得んッ!! 強化プログラムがいくら優秀でも、そもそもの性能が――」

「ディアロイドの強さの半分は経験だ。コイツにはそれがない」

 喚く豪頼に、ボイドが告げる。

 十三号の性能は確かに高い。ブーストしたボイドとて、一つ間違えば負けてしまう程度に。けれどそうならないのは、彼とボイドで積んだ経験が違うからだ。

「ラーニングの差だと!? 戦闘プログラムなら」

「コイツ、ピンチになったことないだろ?」

 立て直す力が、弱い。通り一遍の、予測の出来る反応しか返してこない。

 そんなもので、ボイドたちの経験は崩せない。


「今までどれだけ危ない目に遭ったと思ってんだ」

「ボイドだから、それを乗り越えて来れたけど」

「……お前がいたから、って場面もな」


 高速移動する相手蝉麻呂も、精密機械を操る相手ニグレドも、対の刃を持つ相手ブレイティスも。


「全てが俺たちの経験。その、差だ」


 仲間と、友達と共に乗り越えてきた。

 それがボイドと彩斗の力となり、十三号との性能差を覆す。


 紅の剣が閃いた。

 十三号はそれを回避することが出来ず、装甲と装甲の隙間、僅かなフレームに熱の刃が叩き込まれる。ギシ、と音が鳴り、火花が散る。刃が深く食い込むことは無かったが、それは致命傷だ。

 たちまち、十三号に与えられた体力は底を突く。瞬間に彼は力を失い、膝を落とす。


 ボイドたちの、勝利だ。

 勝者を称える宣告が彩斗のスマホから鳴り響き、ボイドの視界からフィールドの枠が消える。動かなくなった十三号に視線を落としたボイドは、それから振り返り、豪頼へと己の刃を向けた。


「コイツは戴いていく。色々と、調べないといけないんでな」

「ぐ……ぐぐぐぐぐ……」


 顔を紅潮させた豪頼は、苦し気に呻きながら、ダンと机を力任せに叩く。

「……ならばッ!」

 そして豪頼は、ガラス片を踏みつけながら駆け出した。

「こんなもの、儂自ら破壊してくれるッ!」

「マズい、コイツ十三号をッ!?」

「証拠さえ隠滅出来れば、貴様ら等どうとでもなるのだッ! そもそも、負けたゴミなどに用はないわッ!」

 そう言って豪頼が伸ばした手は、けれど十三号に届くことは無かった。

 豪頼の手を、何者かが狙撃したのだ。小さな弾が命中し突き刺さった事で、豪頼は苦しみ悶える。彩斗はその間にサッと十三号と蝉麻呂、ニグレドを回収し、豪頼と距離を取った。

「あの弾……ウィリディスか」

 恐らく、向かいのビルの屋上から撃ったのだろう。

 ニグレドだけじゃなかったのか、と驚くボイド。豪頼は突き刺さった弾を抜き払いながら、汗ばむ顔で彩斗に叫んだ。


「それを返せッ! 今ならば全て水に流してやる。貴様も、貴様の玩具も、その能力は良く分かった。素晴らしいッ。だから儂が高い金で雇ってやろう。幾らだッ!? 儂は力ある者への対価を惜しまんッ!」

「いや、そういうの良いから。刑務所行ってくれれば満足だし」

「そんなことをすればKIDOの株価はどうなるッ!? 退職者も出るぞ、大勢だッ! 貴様にその責任が取れるのかッ!? 儂と共に来い、それが世の為であり人の為となるッ!!」

「はいはい。それってつまり、逮捕されるような事をしてるって、認めてるよね?」

「何を言って……はッ!?」

「今の発言、記録してあるから。父さんのデータにあった社員全員に送信しておくね。十三号にもデータあるっぽいし、これで完璧。オレたちの勝ち」


 残念でした、と言って彩斗は社長室を出る。

 観念した豪頼はその場に膝を屈し、項垂れた。

 ……もはや、抵抗する気力は無いのだろう。


「お疲れ様、ボイド。反動とかどう?」

「正直かなりキツイ。あと数秒でオーバーヒートだったし、バッテリーも切れかけだ」

「マジでか。ギリギリだったな。早めに交換しないと」

「ああ、頼む。俺は流石に限界だから、休ませてもらうぞ」


 そう言って、ボイドは彩斗のポケットに飛び込み、眠りに就いた。

 おやすみ、と声を掛け、彩斗はエレベーターに乗り込む。星奈は何処にいるだろう? 早めに脱出して、十三号のデータを精査しなければ。


「……とにかく、終わったよ」


 ふぅ、と息を吐く。

 随分と勝手をした。父さんはきっと怒っているだろうけど、すぐに許してくれるだろう。

 あとは母さんか。母さんは許してくれるか怪しいな。などと考えつつ、彩斗は微笑む。


「あー……スッキリした。最高の気分だ」


【続く】

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