04 カブラヤ・前


「うん、無理!」


 ボイドのフレームを目にした古部新矢は、笑いながら言い放った。

 直せない、ということである。

「ふざけるな。やれ」

「いや、最悪動かなくなってもOKなら全然やるけど。回路がちょっとイカレてんだわ。オレの腕じゃ無理だし、やってもパーツ代ヤバいから」

 まぁ無理っしょ、と古部は改めて言い直す。

 どうやらこれはマジらしいとボイドも察し、ため息を吐く。

「お前ならどうにかなると思ってたんだが……」

「頼ってくれんのは嬉しいけどさー、ボイドちょっと無茶したろ? 普通こうならんから」

 フレームの外装を開いたところ、いくつかの回路が焼き切れていたのだという。

 今歩けているのが奇跡なレベルで、安全に直すならパーツの全取り換えが必要となる。

 もちろん、そうなってくると修理費は先刻の予算では足りなくなってくるのだが……

 ボイドに、それをポンと支払えるだけの財力は、無い。

「この短い間に何したわけ、ボイド? あの子どもと関係あんの?」

「あるが、お前には関係ない。詮索は止せ」

「いいじゃん世間話の範囲だろこれ。なぁ君、なんでこんなんなってんの~?」

「…………」

 彩斗は古部を一瞥して、無視した。

 あんまりな態度にボイドは呆れるが、当の本人である古部やニヤつくばかりであった。

「ワケアリな子どもってトゲあるよな~。ま、なんか知らんが頑張れ!」

「………………」

 雑に応援され、彩斗の目じりは不快げにピクリと揺れた。

 キレないだけマシか。口を開けば人を怒らせる脅威の話術を思い出し、ボイドは彼が沈黙を貫くことを良しとする。

「で、実際どうすればいい?」

「どうって、うん、まぁパーツ買い替えが一番堅いけど、フレームじゃなぁ」

 時間掛かるわな、と古部は言う。

 外付け装甲やちょっとした修理ならまだしも、ディアロイドのパーツを取り寄せるとなると、一定の時間が掛かってしまう。

「短ければ三日くらいだけど、長いと一週間くらい?」

「一週間、は、困る」

 その間に彩斗が再び襲撃されれば、今度は守り切れないかもしれない。

 そうなれば、彩斗は父の死の真相に近づくことが出来なくなってしまうだろう。

 最悪の場合、護衛が頼りにならないからと、無茶な方法を選択する可能性さえある。

(……あの時は収支プラスと思ったが……)

 ブレイティスとの戦いの際、攻撃を敢えて受けたのは、古部の元で修理出来ると考えていたからだった。しかし実際のところ、連戦で消耗した体にあの一撃は重かったらしい。回路が焼き切れているということは、あの時のクラッシュがトドメになったか。

(電圧が落ちた時、嫌な予感はしていたがな)

 自己診断の結果も、古部の意見と同じだった。

 つまるところ、ここでの修理は無理ということである。

 注文した外装の替えだけ受け取って、ボイドたちは店を後にする。


「多分、今日明日は襲撃来ないと思う」

「今日はともかく、明日もか?」


 道を歩きながら、先に口火を切ったのは彩斗だった。

 PCのデータを奪われたのが今日。今ごろそのデータを精査して、すぐに無意味だったと気が付くだろう。それは分かる。

 なぜ明日も来ないと言えるのか。ボイドの問いに、彩斗は「作戦を練るだろうから」と答える。

「ボイドっていう強い護衛がいるって分かったら、それに勝てるように計画を練るだろ。それで、明日すぐはなさそうだなって」

 予想だけど、と彩斗は付け加える。確証はないが、確かにそのくらいのスケジュールにはなるだろう。ボイドは納得して、「ふむ」と考え込む。

「その間にどうにかなるなら良いけど、無理なら契約破棄な」

「破棄したところで、どうせ逃げられないだろ?」

「そうだけど、買い替えの時間くらいは逃げられるんじゃない」

 既にボイドの面は割れている。

 この町の"便利屋ディアロイド"の噂に辿り着くまで、そう時間は掛からないだろう。

 だが彼が本気で潜伏したならば、戦力を整える程度の時間は稼げる筈だ。

 あくまでそれも、金銭面と……彩斗の事を考えなければ、だが。

「逃げられないと言ったり逃げればと言ったり、コロコロ変わるな」

「別に、役に立たない護衛は要らないってだけ」

 彩斗はさらりと答えるが、本心ではどうなのだろう、とボイドは思う。

 本当にボイドの身を案じていないなら、動く限りは使い捨てるはずだ。

 そう思いたい、だけかもしれないが。考えながら、「一つだけ」とボイドは言う。

「アテが、無い事は無い。ただ正直言って、俺はそいつに頼りたくない」

「あの胡散臭いオッサンより?」

「古部か? 確かにアイツは胡散臭いが、まだ二十代だぞ」

「……? オッサンじゃん」

 彩斗の発言にボイドはフォローを入れたが、彼にとって二十代はオッサンと呼んでいい年らしかった。言い返そうとして、そこまで古部に肩入れする義理は無いと気づく。

「古部とは金銭で取引出来るから良いんだ。それは自由ってことだろ」

「いや……よく分かんないんだけど、その発想。なんで金が自由なの?」

「稼ぐ方法も、使い方も、自分で決められる。自分の選択で修理出来る」

 ボイドにとって、それは最重要項目だった。

 誰かの世話になって借りを作るのは、ボイドにとって最も自由から遠ざかる行為なのだ。

 半面、金銭や依頼によって取引を行えば、貸し借りは生まれない。

 しがらみに、縛られることは無い。それが自由なのだと、ボイドは語る。

「……変なことにこだわってるんだな、お前」

「よく言われる。機械なのに、玩具なのに、ってな」

 ボイドはそう言って嘆息した。

 似合わないのは知っている。それでも彼は、そういう生き方を自ら選んだ。

「そ。じゃあ、好きにしたら」

 決して理解はしていないのだろう。けれど彩斗はそれ以上踏み込まなかった。

 冷めた態度だが、それがボイドには心地よい。内心で有難いと感じつつ、ボイドは自分の「好きな方」を自身に問いかける。


(頼らないで済ますか、彩斗との依頼を完遂するか)


 どちらを選ぶか。問題はそこだった。

 ボイドにとってその人物は、出来得るならばもう二度と会いたくない人間だった。

 けれどきっと、彼女に会わなければ、彩斗の依頼を成し遂げることは出来ない。

 どちらの方が良いか? ……というより、どちらの方が耐えられないか。

 並べて考えれば、答えは明白だった。


「……仕方ない。明日当たってみる」

「そっか。了解」


 ため息混じりにそう言うと、彩斗はほっとしたように頷いた。

「それで、どこに行くの?」

「株式会社カブラヤ。KIDOと組んでディアロイドを販売してる、玩具会社だ」

「……大丈夫なわけ?」

 彩斗は眉根を寄せてボイドを見る。

 当然の反応だ。KIDOを敵に回している以上、そこと手を組んでいる会社に出向くのは、危険な行為に思えるだろう。しかしボイドは頷いた。問題ないと言える理由があるのだ。

「オレはソイツがどういうヤツか知ってる。信頼して良い相手だ」

 ある意味では、古部より余程信頼に足る人物だろう。

 ボイドの断言に、彩斗はしばらく口を噤んで考え込んでいたが、やがて「分かった」と頷いて見せた。

「じゃ、明日な。オレも行くから」

「学校はどうした」

「風邪が長引いたんだろうな」

 ボイドが問うと、彩斗は正面を向いたままサラリと言い放つ。

 窘めるべきなのだろうが、言っても聞かないことくらい、既にボイドは承知していた。


 *


 カブラヤ・カンパニーは、玩具メーカーの大手である。

 様々なキャラクター玩具や競技玩具、模型などを開発・販売し、同社の製品を手に取ったことのない子どもは存在しないとさえ言われている。

 小型ロボットを開発・販売しようと計画していたKIDOコーポレーションは、自社に欠ける玩具作りの力を補うため、カブラヤとの業務提携を決定。

 現在、ディアロイドの外装デザインや武器の性能、バトルのルール設定や公認大会の実施など、玩具的な面は全てカブラヤが担当している。

 機体開発を行うIT企業であるKIDOと、玩具としての調整を行うカブラヤ。

 二社の提携が無ければ、ディアロイドは今ほど普及していなかったのではないか、とも言われている。


「……ってことだけど、合ってる?」

「大体はな。実際はもう少し曖昧な線引きなんだが」

 カブラヤの社員が機体開発に力を貸すこともあるし、KIDOの社員がイベントを企画することもある。だが最終的には、技術的な面はKIDOが、遊びの面ではカブラヤが責任を持っていることが殆どだ。

 さっくりとカブラヤについて調べ上げた彩斗は、ボイドの返答を聞き眉根を寄せる。

「じゃあさ、今のディアロイドのイメージは、大体はカブラヤが作ったってこと?」

「まぁ、イメージ戦略やらブランディングやらはカブラヤが担当してただろうしな」

「ふぅん。なら、"子どもの玩具"を作ってたのはカブラヤってことか」

「そういう言い方も出来るが……極端な言い方だな、それ」

「だろうけど。父さんにそういうイメージ、無かったから」

「……ああ」

 彩斗の言い方に、ようやくボイドは納得する。

 KIDOの開発者と自分の父親がイコールで繋がっているのなら、そういう発想にもなるだろう。有岡勇人という父に、玩具のイメージは似合わなかった。

「父さんがやってたのは、多分、技術的な方だけだろ」

 正しくは、KIDOではなく父親の話がしたかったのだ。

 迂遠な語り口だと思いながら、「多分な」とボイドは肯定する。

 有岡勇人が玩具的な側面に関わっていた、という記録は、ボイドの中にもなかった。

 といって、ボイドの記録も完全なわけではないが。

「解析出来た記録にも、カブラヤの名前が何回か出てる。オレは明日、出来ればこの名前の人に話を聞きに行きたいんだけど」

「どれどれ。……ちょうどいいな。ソイツが俺が明日会う相手だ」


 彩斗が解析した日誌には、ある名前が何度も登場していた。

 カブラヤカンパニーディアロイド部門主任、境川星奈。

 彼女こそ、ボイドが明日会うべき昔馴染みである。


「連絡はどうする? オレからメールしようか?」

「いや、ちょっとWiFi貸してくれ。俺がメッセージを送る」

 多分そっちの方が反応が早い、とボイドが言うと、彩斗は自宅のWiFiパスワードをボイドに伝える。

「ディアロイドって、メールも送れるんだな」

「電話も使えるし、GPSも内蔵されてる。……まぁ俺は滅多に使わないんだが」

 ディアロイドは、インターネットを介して様々な機能を扱うことが出来る。

 けれど独りで生きるボイドにとって、それらは不要な能力でしかなかった。

 故に、普段は機能を眠らせ、余計な電力消費を抑えている。

 メールを作るのも、ボイドにとっては半年ぶりのことだった。


(……『頼みたいことがある。有岡勇人の息子とそっちへ行きたい』)


 ボイドが打った文字列は簡素なものだった。

 あまり細かい情報を送信するのは、流石に憚られる。

 ややあって、ボイドの中に返信が来たと通知が入った。

 応答は『待ってる、お昼に』という、これまた短い内容だ。

「アポは取れた。明日の昼、カブラヤ本社に向かうぞ」

「分かった。それまでにはこっちの解析ももっと進んでると思う」

 話す内容は、それ次第だな。

 彩斗がそう言った時、玄関の戸ががちゃがちゃと音を立てる。

「っ、ヤバい、母さん帰ってきた。ボイド、オレの部屋に隠れて」

「はぁ……そうだったな」

 母親からは姿を隠せ、と言われていた。

 ボイドは軽く肩をすくめてから、言われた通りに彩斗の部屋へと駆け上っていく。

(しかし、いつまでも黙っているわけにはな……)

 有岡彩斗のしていることは、危険である。

 ボイドは、この件を適切な大人に引き継ぐべきだと考えていた。

 或いは、境川星奈がその引き継ぎ先に相応しいのではないか、とも。

(それも明日次第だが)

 境川星奈が彩斗の懸念を聞けば、何かしら動いてくれることは間違いない。

 ただ、それがいい方向に傾くかどうかは、ボイドには分からない。

 学習机とベッドの置かれた清潔な部屋に、ボイドは足を踏み入れる。

 隠れるのにちょうどいい場所は無いかと見回して、一旦ベッドの下に潜り込んだボイドは、埃っぽい薄暗闇で考えた。

(何やってるんだろうな、俺は)

 最初は修理費を稼ぐために依頼を引き受け、その過程で修復の難しい傷を負った。

 しかも敵対する相手は自分を生み出したKIDOで、その為に会いたくないと思っていた相手に会いに行かなければならない。

 自嘲する。とことん運が無いのだろう、と。

 けれど同時に、他の選択肢はあったのだろうかと自問する。

 依頼を受けず朽ち果てるか。彩斗を見捨てて依頼を破棄するか。

 否、だ。何をどう選んだとしても、自分が今の自分としていられなくなるのは確かだった。そうならない唯一の道を、今のボイドは進んでいる。

(といって、納得できるかは別だが)

 不要だからと、カメラを切る。

 映像信号が途切れた中で、彩斗と母親の会話だけがマイクに響いた。

「ごめん、今日オレ窓割っちゃって」

「えっ!? 何してんの、大丈夫だった?」

「あ、うん……ケガはしてないけど……ごめんなさい」

「本当にもう……気をつけなさい」

「……うん」

 歯切れの悪い彩斗の返事。本当の事を隠しているから、というのもあるのだろうが、きっと母親に心配を掛けた事を気にしているのだろう。

 彩斗の年頃の子どもらしい一面を垣間見て、なおの事ボイドは思う。


 このままには、しておけない。



【続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る