03 襲撃・後

「クラッシュ!」


 閃光が、爆ぜた。

 剣の背から照射される熱線に、カマキリは遅れてその意味を理解する。

「なっ、に……!?」

 転がるように回避したが、間に合わない。

 熱線はカマキリの半身を焼き焦がし、溶けた回路がスパークを起こす。

「ガッ、あッ……!?」

「悪いな。犯罪者には容赦出来ない質だ」

「何故ッ……これは、違法武器……貴殿は『NOISE』なのか!?」

 まだ動く半身でどうにか起き上がりながら、カマキリは掠れた音声で叫ぶ。

 まさか、とボイドはうんざりした声で否定した。

「俺が『NOISE』なわけないだろ。あんなのと一緒にすんな」

「では、どうして!? プロテクトを解除したディアロイドなど、改造個体か『NOISE』か、我々しかっ……!」

「あー。なるほど、やっぱりお前は『NOISE』じゃない、と」

「っ……」

 己の失言に気が付いて、カマキリは口を噤んだ。

 まぁ調べれば分かる事だ、と呟いて、ボイドはもう一度剣先をカマキリに向ける。

「で、どうする? 最期まで……やるか?」

「……いや。いいや! 退かせてもらう。恥ではあるが!」

 カマキリは首を振り、ボイドに背を向け足を引きずりながら撤退していく。

 反撃の意志は最早なさそうだと判断したボイドは、剣を下ろして彩斗へと向き直る。

「逃がすのか、アレ」

「同胞殺しは趣味じゃない。それよりクモだろ」

 彩斗の問いに答えながら、ボイドは熱を走らせた剣で彩斗の糸を焼き切った。

 そしてヒドゥンを追って廊下に出ようとした所で、「待て!」と声を投げ掛けられた。

「なんだ、まだなんか用か……」

「我が名はブレイティス! 貴殿の名を聞かせてもらおう!」

「……いや、答えねぇよ」

 隠した所でさしたる意味は無いだろうが、敢えて敵に正体を明かす意味もまた無い。

 むぅ、と不満そうに唸るブレイティスに背を向けて、ボイドはひらりと手を振った。


「じゃあなブレイティス。二度と会いたくねぇ」


 ただ、もしも。

 こんな無法の戦いで無ければ、それなりに楽しい勝負が出来たのではないかと。

 脳裏に浮かんだ想像に、ボイドは"苦笑"をしたくなる。

 自分も、恐らくブレイティスも、楽しく遊べる玩具なんかじゃないだろうに。

「彩斗! ヒドゥンがいそうなのはどの部屋だ!」

「階段上がって右!」

「了解だッ!」

 つまらない想像を置いていくように、ボイドは強く床を蹴った。

 階段の壁を三角跳びで乗り越えて、開けっ放しのその部屋へ駆け込んだ。

 室内では、ヒドゥンが腹からコードを伸ばし、デスクトップPCと接続を開始していた。

 いや、既にデータに触れているか。卓上のPC本体が射線に入らぬよう、駆け込んだ勢いで立ち位置を調整して、ボイドはヒドゥンに剣を向ける。

「……クラッシュ!」

 瞬間、電圧が不安定になり、ボイドの視界がブレた。

 先ほどのダメージが回路に不調を来たしたのかもしれない。

 剣先は揺らぎ、熱線はヒドゥンの体を掠めるだけに終わってしまった。

 その一撃で威力を察したヒドゥンは、コードを回収すると、天井に糸を吐く。

「クッソ、待て!」

 ボイドの制止などお構いなしに、ヒドゥンは身体を大きく揺らすと、窓ガラスをぶち破って外へと吹っ飛んで行ってしまった。

 慌てて窓辺に寄って外を確認するが、ヒドゥンの姿はもう見えない。

 恐らく、ブレイティスもどこかへ逃げ去ってしまっただろう。


「……ボイド、もう一匹どうなった?」

「逃げられた。悪い」

「そうか。……ん、まぁ、大丈夫」

 ボイドの返答を聞いてから、彩斗がおずおずと部屋に入ってきた。

 それから派手に割られた窓を見て、「うわ」と声を上げる。

「聞こえたろ。ヒドゥンが逃げる時にブチ割った」

「マジか。いやそうなるだろうけど。……あー、どうしよ……」

「とりあえず、掃除だな。破片は俺が拾うから、お前は後で掃除機でもかけてくれ」

「そうじゃなくてさ……」

 彩斗は額に手を当てて、「はぁぁ」と大きく息を吐いた。

 まぁ家が滅茶苦茶にされればそうもなるか、と思いかけて、ふっとボイドは気が付いた。


「お前……親に話してないのか?」


 自分がしていること。何と戦っているのか。

 有岡彩斗は、保護者に伝えているのだろうか。

 ボイドの問いに、彩斗は「いや」と首を振る。

「言ってない。言いたくない」

「そんなわけにいくか。こんな危険な目に遭って」

「だからお前に依頼したんだろ。……良いか、絶対に母さんには言うな」

 言えば報酬は出さないし、契約もそこまでだ、と彩斗は言い切った。

 頑なな彼の態度に、ボイドはしばし考え込む。

 子どもが父の死の真相を知ろうとして、襲われた。

 そんな事実を、どうして伏せていいと思えるだろう。

 けれどボイドは、彩斗の家庭環境をよく知らない。伝える事が必ず良いとは言い切れなかった。それに、今ここで拒絶して、彩斗が独りでどうにかしようとしてしまう方が問題かもしれない。

「……ひとまず、分かった」

「あとボイド。お前がいることも秘密。母さんが帰ってきたら顔出すなよ?」

「はぁ……念入りなことだな。分かった分かった」

 ボイドは適当に頷いて、判断を保留することにした。


 *


 それから、窓ガラスを片付け終えて。

 昼過ぎになっていたと気づいた彩斗が、キッチンへ降りて食パンをトースターに突っ込む。ボイドはその様子を見ながら「なぁ」と彩斗へ問いかけた。

「大丈夫だったのか、データ」

 窓ガラスを片付ける最中、彩斗はヒドゥンに侵入されたPCの様子も見ていた。

 ジジジ、とタイマーをセットして、「ああそれ」と彩斗は軽い声で答える。

「問題ない。元々あそこにはデータ入ってないし」

「……なに? いやお前、「データが!」って叫んでたろ」

「ブラフだから、それ。ああ言えばあのPCに目を付けるかなって」

 あの中にあるのは、暗号化したウィルスデータだけだ、と彩斗は笑う。

 おいおい、とボイドは肩を落とした。必死で戦った甲斐がない。

「敵を騙すには何とやらって言うだろ。じゃ、次はこっちの質問な」

 ボイドのボヤきをさらりと流し、牛乳をコップに注ぎながら彩斗は問うた。

「『NOISE』って何? お前もブレイティスってヤツも言ってたけど」

「"ニンゲン嫌いのディアロイドたち"だ。ヒトが大っ嫌いになったディアロイドは、自力でプロテクトを解除できる」

「……。プロテクトって、安全装置か。そういうのあるんだな」

「分からないで護衛頼んだのか!?」

 意外な認識に、ボイドは思わず声を上げた。

 いや、よく考えてみれば、彩斗は最初からバイスタウラスのような普通のディアロイドに護衛を頼もうとしていた。

 あの時は、まさかプロテクト解除個体を相手にすると思っていなかったから、奇妙な話ではないと流していたが……

「……俺に依頼出来てて良かったな、彩斗。普通のディアロイドじゃアイツらには勝てなかった。お手上げだ」

「なんでさ」

「壊せないからだ。普通のディアロイドは殺し合いをしない。一方相手は殺すつもりで、危ない武器も持ってる。……まず負ける」

 通常のディアロイド同士が出来るのは、ただの腕の競い合い。

 相手を破損させる前提の行動が出来ない以上、一方的に破壊されるのは確実だ。

「改造個体なら戦えるが、アレはゾンビみたいなモンだからな。頼ろうとか思うなよ」

 仮に頼った所で、数を揃えなければ大した戦力にもならないだろうが。

 ボイドの忠告に、彩斗は「ふぅん」と気のない返事を返す。

「なんだその態度。ちゃんと分かってんのか?」

「分かってる。"ニンゲン嫌い"がプロテクトを解除出来るんだろ」

「まぁ、そういうのが多いな」

「じゃ、お前も人間、嫌いなわけ?」

「…………」

 ボイドが沈黙すると、チンとトースターが高い音を立てる。

 熱々に焼けたトーストに、彩斗はマーガリンを塗りたくった。

「別に、言いたくないならいいけど」

「そういうんじゃない。……嫌いってわけでもない」

 ボイドは小さく首を振った。本心だった。別に人間が嫌いだとは感じていない。

 そもそも、人間が嫌いだったら子ども相手に依頼なんか受けてない。プロテクトも解除しているのだし、適当に略奪でもして生きるだろう。

 それこそ、『NOISE』と呼ばれるディアロイドたちのように。

 しかしボイドはそうではなかった。人の与えた制約を消し去りながら、人の営みに割り込んで活動を続けている。

「俺はただ、自由に生きようと思ってるだけだ」

「自由? ……ふぅん」

 彩斗はあまりピンと来てない様子でトーストをかじる。

「それで金稼いでんだ、おもちゃなのに」

「まぁな。独りで生きるのは金が要るんだ、機械でも」

「……独り? 持ち主がいるんじゃないの?」

「言ってなかったか? 俺は誰のモノでもない。独立したディアロイドだ」

 ロクに素性も話さないまま依頼を受けてしまっていたと、その時気づく。

 本来ならもっと早い段階でそうした話にはなるのだが、彩斗やあのディアロイドたちがその時間を与えてくれなかったのだ。

「俺は自分の力で生きてく為に、金が要る。だから依頼を受けて稼いでる」

「そう。道楽じゃないならまぁ、信用出来るかな」

 彩斗の返答はドライだった。変に同情されたり心配されたりする事も多かったボイドにとって、こう言った反応は有難い。

「俺の話はいい。今はそれより、アイツらの正体の方が大事だな」

 自分の話題を適当に流し、ボイドは先刻襲ってきたディアロイドたちの事を考える。

 どうしてあのディアロイドたちはプロテクトを解除出来たのか?

 ボイドの疑問に、「それは単純」と彩斗は答える。

「多分、元々搭載されてなかったんだと思う」

「それは無い。一般販売されるディアロイドには全て――」

「だから、販売品じゃないんだって。アイツら、『KIDOコーポレーション』の手先だし」

「……。……聞き間違いだと思いたいんだが、今なんて言った?」

 彩斗の言葉に、思わずボイドは固まってしまう。

 恐る恐るといった雰囲気の問い返しに、彩斗は変わらぬ調子でもう一度答えた。


「『KIDOコーポレーション』。"ディアロイドの開発・販売元"の複合企業」


 知らないわけじゃないよねと言われ、当然だ、とボイドは頷く。

 仮にも自分が生まれた会社の一つだ。かといって、急にその名前が出されても理解が追い付かない。何か見落としがあるか? 彩斗との会話記録を走査して、ボイドはある事実の可能性に行き当たった。

「お前の父親……有岡勇人か?」

 ディアロイド開発グループのリーダーだった男。

 何度か会ったことのある彼と彩斗の雰囲気は、よく見ればどこか似通っていて。

 こくりと頷いて見せた彩斗を見て、「はぁぁ」とボイドはため息を吐いた。


 有岡彩斗。彼が事故死したという情報は、ボイドの耳にも入っていた。

 けれど有岡なんてありふれた名字、偶然だと思って流してしまっていた。

「アイツらを逃がしたって事は、ボイドのデータも向こうに渡ってると思う」

 今更退けないから、と彩斗は確認するように告げる。

 冷酷な言葉のようでいて、その実は不安なだけだろう、とボイドは思う。

 裏切らない味方が欲しいと、きっと彼は考えている。父を殺した巨大企業を相手にしようというのだから、それは自然な心の動きだろう。

(最初から知っていれば……いや)

 どのみち、きっと依頼は受けていただろう。

 無意味なシミュレーションの結果に、ボイドは自嘲する。

 助けを求める子どもの願いを、恐らく自分は振り払えないのだ。それがどれだけ危険で益の無い内容だったとしても。

 悪い癖だ、とボイドはそんな自分を嫌う。

 まるで正しい玩具のようだ。未だに子どもの味方のつもりでいるのか。

 自己嫌悪の渦に呑まれそうなAIを自覚して、ボイドは優先すべきことは何かと自身に問いかける。今考える必要があるのは、そんなつまらない感傷じゃないはずだ。


「ひとまず、修理を優先したい。今のボディじゃ次はヤバいからな」

「分かった。修理先のアテはあるの?」

「既に発注してある。夕方には顔を出したい」

 古部のことだから、在庫の確保は済ませてあるだろう。

 そこからメンテしてもらって、夜には元の状態に戻せるはずだ。

「その後は、有岡勇人が遺したデータが頼りになるが……」

「ごちそうさま。……解析は今もやってるとこ」

 トーストを食べ終えた彩斗は、ソファに置いていた頑丈そうなリュックを開く。

 リュックの中には、一台のノートパソコンが仕舞われていた。

 彩斗はそれを開くと、ACアダプタを電源に接続する。

「まさかお前……ずっと持ってたのか?」

「そりゃ、置いてけないでしょ」

 彼が牛崎たちの元に行っている間も、彩斗の背中で解析は行われていたのだ。

 用心深さに感心しつつ、ボイドはソファに上がってPC画面を見る。

 データの処理はまだ五分の一程度といった所だった。全て完了するには、まだまだ時間がかかるのだろう。

 彩斗が最初に提示した一週間という期限は、恐らく解析に必要な時間なのだろう。

 心配なのは、もし解析を終えたとして、『KIDO』の悪事に関わるデータが残っていなかった場合なのだが……

「解析が終わったデータもあるよ。見た感じ、ディアロイドの強化システムに関する内容が入ってるっぽい。開発状況を書いた日記もあった」

「強化と……日記か」

 まだなんとも言えないが、重要そうな見込みはあるとボイドは判断する。

 次のデータを閲覧するまでには、およそ五、六はかかるという。

 ちょうど、修理が終わる事だろう。丁度いいかなと彩斗は言いながら、ソファに寝転んでスマホを弄り始める。

「何してるんだ、彩斗?」

「しばらくはヒマだし、ゲーム。イベ限限凸しとこうかなって」

「……」


 意外と図太い所もあるな、コイツ。

 ボイドは意外に思いながら、少しだけ安心してしまった。


【続く】

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