「田舎の民宿での体験」
これは、以前、田舎の民宿に泊まったときの体験です。
都会の人混みに疲れ、仕事に疲れ、静かに過ごしたかった、ただそれだけの理由でこの田舎町を一人旅の旅先に選んだのです。立地が不便で観光客は少ないだろうと思って。その結果、ここまで来るのにほぼ一日かかり、一日目は疲れて寝るだけになってしまいました。
とても疲れていたのですが、良かったこともあって。民宿の前にはきれいな池があり、風を受けて水面が揺れて音がするのですが、それがまた、静かな良い雰囲気を出していました。疲れていたので、ぐるりと簡単に回って、見るのは終わりにしました。
部屋に入ると、疲れがどっと出て、眠りに落ちました。せめて静かに寝て、明日に備えたい、そう思っていたのに、夜中です。隣の部屋の音がうるさくて眠れなくなってしまいました。おそらく学生か、若者たちが宴会をしているらしいのです。どんどん、という音と、若い男性の笑い声。そのとき、民宿に来たのを後悔していました。ホテルにしておくべきだったな、と。
仕方がないから、ちょっと散歩でもするか、と思い、とりあえず時計を見るともう午前3時でした。勘弁してくれ、何時だと思っているんだ、と壁に向かって叫びたい気持ちでした。民宿の案内には消灯0時とあったはずでした。安い民宿で壁が薄いとはいえ、隣の部屋の音が漏れすぎじゃないか、と思ったくらいです。民宿の部屋の外、玄関のあたりまで声は聞こえていました。宿の人も注意すればよいのに。爆睡しているのでしょうか。
外に出るために民宿の玄関を出ました。ぼくは都会生まれなのでそう思っただけなのかもしれませんが、この田舎町の夜は本当に暗かったです。都会では味わえない、本当の夜ってこういうものかと思いました。良いことかわかりませんけど、旅行中ということもあり、なぜかテンションが上がりました。
ですが、真っ暗な見ず知らずの田舎で迷うとまずいので、民宿の前にある池のあたりをぶらぶらするくらいにしておくことにしました。道路の街灯の明かりがあるから、少しは明るかったので。
ふらふら散歩をしていると、ちゃらちゃらした学生の団体とすれ違いました。こんな時間に何をしているのか、と思いましたが、卒業旅行か何かかな、と思いつつ、そこまで気にしませんでした。彼らは何か話していたのですが、向こうの声も小さかったのでよく聞こえませんでした。
民宿の玄関に入ると、騒音はまるでしなくなっていました。どうやらうるさかったあの団体は、外ですれ違った連中だったのだろう、と気づきました。外では静かに話していたので、近所迷惑ではなかったでしょう。
朝起きて、民宿の食堂に行くと、用意されている朝食は1つだけでした。あのうるさい団体は素泊まりだったのでしょうか。それとも朝一番で出発したとか。宿の人が味噌汁を持ってきたので聞いてみました。
「あの、ぼくの隣の部屋の団体さんは、もう出かけたんですかね」
「お泊りのお客さんはあなただけなんですよ」
渋い笑みを浮かべて、そう言われました。
「昨日すごい夜中うるさくて眠れなかったんですけど」
「夢でも見てたんでしょ」
宿の人はちょっと笑って戻っていきました。夢のわけがないのですが。
気になったのですが、まあどうしようもないので、この日は周辺のきれいな場所をいろいろまわって過ごしました。この田舎町は、古い寺社仏閣が数多くあって、見ながら歩くだけでも結構楽しめました。それに加え、山に囲まれた景色は本当にきれいでした。
そうこうしているうちに、ぼんやり歩いていたせいで道がわからなくなってしまいました。すれ違った人に聞くしかないです。こういうのも旅の醍醐味、と自分に納得させました。
「あの、山原荘はどちらですか。」
「そこで泊まっているのかい」おじさんは渋い表情を浮かべていました。
「え、はい」
「なんか最近、卒業旅行の大学生が酒飲みすぎて池落ちて死んだ事故があったらしくてさあ、それ以来、な」
その情報、もっと早く知りたかったよ。
とはいえ、宿の人に詳しく事情を聞くのもさすがに申し訳ないし、とりあえずこの日は黙って寝ることにしました。
真夜中からやはり騒がしくなりました。うるさいから、というよりは怖くて眠れません。
だんだん声が遠ざかり、静かになりました。毎晩彼らはここで同じことを続けているのか。ここで、死に続けているのだろうか。想像してしまうと怖いし、聞こえていた笑い声を思い出して悲しくなりました。
次の朝、ぼくは隣の部屋のことを宿の人に聞いてみました。事故の話も知っていると伝えたうえで。宿の人は本当に申し訳ない、と言いつつ、誰にも言わないでくれと頼んできました。変なうわさが広がると、宿としてやっていけないし、地域としても困るとのこと。でも、泊まればわかってしまうので、たぶん、長くは続かないでしょう。
民宿に泊まったのを後悔しています。
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