第10話 空
どのくらい電車に揺られているだろう?
十夜は亮一の腕を引っ張ったまま、行き先も言わず電車に乗った。
十夜は窓から外を見たまま何も言わない。
(どこへ連れて行くつもりだ…?)
亮一はだんだん不安になってきた。喫茶店で1度会ったきりの男だ。本当にこのままついていっても良いのか…
耐えきれなくなった亮一は自分から声をかけた。
「どこへ行くんだ?」
「次の駅で降りるよ」
質問に答えない十夜。
そんな姿にますます不信感がつのる。が今さら抵抗する気もおきなかった。
電車を降りるとそこは人気もほとんどない無人駅だった。
そこからまたしばらく歩いた。その間、寂れた商店街や住宅街などを通りすぎていった。
そしてどんどんと山の方へと歩みを進めていく。
(これは…本当に危ないんじゃあ…)
いつの間にか舗装された道は消え高い木が連なった山道を登っていっている。
「足元、気をつけて。」
心配してくれるところをみると何か危害を加えるつもりはなさそうだ。
「なぁ、頼むからどこに行くかだけでも…」
そう言い終えるより先に
「着いたよ!」
十夜の明るい声がした。
声の方に目をやると、周りを高い木に囲まれた広い草原が広がっていた。
「いや~ここにも久しぶりにきたなぁ。」
のんきな事をいいながら草の上に転がった。
そんな十夜に近寄り見下ろすと
「こんな所に連れてきていったいなんのつもりだ?」
暗い顔で言う。
「山本さん…」
寝転んでいる十夜は腕を伸ばし自分が見ている先を指差して言った。
「オレじゃなくてあっちだよ。」
亮一は言われたまま指がさす方へと顔をあげた。
目には大きく透けるような青空が写し出された。
「……っ」
空を見たのはいつぶりだろう?こんなに大きいものだっただろうか?
その美しさと雄大さに亮一は息をのんだ。
空に目を奪われたまま立ち尽くしていると、急に腕を引っ張られた。
その場に倒れる亮一。
「おまえっ!急に引っ張るのやめろ!」
「ハハハッごめん。でもこのほうが疲れないよ。」
と何故か嬉しそうに笑う。
そんな十夜にあきれながらも、言われたとおり寝転んだ。
目にうつるのは先ほど心を奪われた澄んだ青空。薄い白い雲が浮かんでいる。
聞こえてくるのは風の音と、遠くで鳴いている鳥の声だけだ。
どこからか花の香りもする。
「少しは落ち着きました?」
タメ口ではなく、あの喫茶店で話をした時の口調にもどっていた。
「あぁ、ありがとう。それと、さっきまでの話し方でかまわないぞ。」
「す、すみません。オレ、つい頭に血がのぼっちゃって…」
「いいよ、おかげで俺は生きてる。」
そうあの時亮一は死のうとした。
もう何も考えたくなかったからだ。
でも今こうして生きている。
空をみて、自然を感じて、自分自身の存在をハッキリと感じていた。
今の世の中はとても便利にできている。でもそれは人の作り出した無機質なものでしかない。そこに楽しみはあっても疲れた心を癒せるほどの何かはなかったように思う。
「…どうしてあんなこと?」
「どうしてだろうな、多分すごく疲れてたんだ…。本当に疲れてた。」
「じゃあ、休めば良かったのに。」
「それが上手くできない人間もいるんだよ。
だから…途中で終わらせる道を選ぶんだ。」
「選ばされたんでしょ。」
不思議な事を言い出す十夜の顔をじっと見つめた。
第10章 終わり
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