第9話 ソレは突然ココロを喰らう
ピー、ピー、ピー、ピー、ピー…
あー…起きたくない…
仕事いきたくない…、動きたくない…
でも、行かないと…早く起きなきゃ…
起きないと…
早く…、早く…、
起きないと…
あの日から数週間。亮一は朝がますます苦痛になっていた。心と体は重く、なかなか起きられない毎日だ。
ボーっとする頭でノロノロと支度をすませると、水を少し飲み、食事もとらず時間ギリギリに家を出た。
そして気づけば最寄り駅のホームにいる。
毎日、毎日、同じ時間の同じ電車に乗って会社に行く。
満員電車に揺られながら、同じく眠そうな、暗いような表情の大勢の人達と目的地へと運ばれていくのだ。
トゥルルルルルルル…
[電車がまいります。ご注意下さい。]
アナウンスが流れる。
(もう…くるのか……………)
………もう…
[危険ですので~白線の内側までお下がりください。]
………いきたくないな…
プァーーーーーーンッ
電車が入ってくるタイミングで亮一は線路側へ歩きだしていた。
周りの似たような表情の大人たちは誰も気づかない。当たり前だ。だってみんなスマホを片手に毎日自分のことだけでいっぱいなのだから。
一歩、また一歩。線路へと近づいていく。
その時の亮一には周りの声も、音も、自分の思考さえ聞こえなかった。
ただ、ただ、
無だった………
急に腕とおしりに痛みがはしった。そして次の瞬間、どこかで聞いたことのある声でおもいきり怒鳴られた。
「何やってんだよ!あんたっ!!!!!!」
しりもちをついて座る亮一が声の先へ目をやるとあの時、喫茶店で知り合った十夜の顔があった。
腕に感じた痛みはとっさに十夜が引っ張ったからだとゆっくりと頭が理解しだす。
「とりあえずこっち!」
そう言いながら強引に立たせると、掴んだ手にさっきより力を込めた十夜は、おぼつかない足どりの亮一を引っ張って駅のホームを出ていった。
駅を出た十夜は、近くの公園へと連れてきて亮一をベンチに座らせた。
「あんたさぁ、何やってんの?」
そう聞く声にはまだ少し怒りの色が滲んでいる。
「……………………」
だが、答えは返ってこない。
そんな様子をみた十夜は少し深呼吸すると、今度は落ち着いた様子で聞いた。
「あ~…オレの事、覚えてる?」
「……………………」
その問いにも返事がない。
目の前には生気のない男が1人。うつ向いて座っている。
「ほら、喫茶店で会った、北条 十夜。」
やはり反応はなかった。
「ハァ………」
ため息をつくと十夜はその場から離れていった。1人残された亮一はうつ向いたまま動くことはなかった。
バチャッバチャッバチャッ
(!!!!!!)
「なっ!!!!!!!」
急に頭に水が降ってきた。亮一はびっくりして、慌ててベンチから立ち上がり、目の前を見るとペットボトルを持った十夜が立っていた。
「なっなにするんだ!?」
「それを、さっきからこっちが聞いてんだよ!」
駅で聞いた声より、強く怒気にみちていた。
「っ!…」
髪からは水滴がポタポタと落ちていて、首のほうから体のほうへ流れていく。
なんとも不愉快だが、その事が亮一に自分の存在を感じさせていた。
「…俺は…」
言葉につまる亮一にかわって十夜が、
「"死ぬ"…つもりだった?」
と恐い声で言う。
「っ………」
亮一は否定も肯定もできなかった。
自分でも"本当"はどうしたかったのか分からなくなっていたからだ。
短い沈黙の後だった。
「山本さん、最近どっか行った?」
脈絡もなく十夜が聞いてきた。
「えっ?…いや、最近は別に…」
ここしばらく、どこかに出掛けることなんてほとんどしていなかった。仕事も忙しくそんな気分にもならなかったからだ。
「ちょっと一緒にきて。」
「ちょっ、どこへ行くんだ!?」
十夜はまた亮一の腕を掴むと、駅の方へとスタスタと歩きだした。
第9章 おわり
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