第6話「初クエストと同時進行」
頭が痛い……2つの意味でだ。
1つは物理的な理由。所謂、二日酔い。
もう1つは状況的にだ。
「なあ、本当に何もしてないよな?」
「もう、しつこいですよ?」
「あんまりしつこいと嫌われちゃうよ~?」
宿屋を出てギルドに向かう途中にリリエッタとサーシャに昨日の状況を聞いたのだが、なんか上手いこと誤魔化されて答えてくれない。
しょうがないから、何もしてないと自分を信じるしかないな。
ギルドに着くと、外でマッドが待っていた。
今日はクランとしてクエストを受ける初日。
しっかり気を引き締めていかないと。
「て、俺達が受けるクエストってこれっすか?」
「さすがにこれはレベル低すぎない?」
「まあまあ、今日は初日ですし、連携を確かめたいのですよ!」
マッドとサーシャは俺の提案した初クエストに戸惑っていた。リリエッタは、相変わらずフォローしてくれる良い子だ。
俺が提案した初クエストとは……。
「スライム討伐の何が不満なんだよ? これなら危険も少ないし初クエストにはピッタリだろ」
「そうっすけど……」
「楽勝過ぎてやる気出ないっていうか……」
「わ、私はどんなクエストでも頑張ります!」
たくっ、この2人は……少しはリリエッタを見習って欲しい。
「兎に角、お前らの戦い方を見ないと始まらない。先ずはそれぞれの特徴を見せてくれ。評価が高ければ、固定給も上がるかもよ?」
「わかったす! 頑張るっす!」
「わたしもやっちゃうよー!」
「ふふ、現金ですよ2人とも」
本当に現金な2人だ。まあ、今回受けるクエストの他にも何種類か簡単なクエストを受けて評価をするから、固定給が上がるかもしれないのは本当だが。
逆に下がるかもしれないという事実は言わないでおこう。
大体どこのクランも、新メンバーには金貨1枚ほど毎月払っている。金貨1枚だと、慎ましく暮らせば1ヶ月生活出来るぐらいだ。
そこから毎月の評価によって上がったり下がったりする。最低固定給が銀貨5枚ほど。俺の前の給料ね。
最高だと、A級クラン【黄金の槍】でサブリーダーを務めていた【竜騎士】の人が、金貨30枚貰ってたな。
しかもその人、個人での活動も凄くて、噂では年間金貨1000枚は稼ぐ(一億円)実力者だったみたい。
まあ、そこまで貰える人はほんの一握りだけどね。
俺達のクランは細々と稼がせて頂きますよ。
因みに冒険者にもランクがあるように、クランにもランクがある。
冒険者だと、
Fが新人。
E~Dが低級。
C~Bが中堅。
Aが達人なんて呼ばれている。
Sも一応あるらしいが、伝説なので割愛。
これがクランのランクになると呼び方が変わる。
Fが新設クラン。
E~Dが零細。
C~Bが中小。
Aがスーパークランと呼ばれている。
俺達はまだ新設クランなのでFランクだ。
ランクによって受けられるクエストも変わってくるので、頑張ってクランの評価も上げないとな。
「という訳で! しっかりやっていこう!」
「うっす!」
「頑張るっつうの!」
「頑張りますっ」
首都周辺の平原にやって来た俺達。
なんでも最近、スライムがやたら増えてるらしい。
スライムの生態は良く分からないが、何故増えたかという調査と討伐を兼ねたクエストを今から遂行する。
スライム1体で鉄貨1枚と成功と少ないが、増えた原因を調査して報告出来れば銀貨1枚。
更に、その原因を対処して除去出来れば金貨1枚だ。
そこまで出来るか分からないが最低でも原因を特定するぐらいの結果は残したいところだ。
「おっ、さっそく出てきたっす!」
マッドの言う通り、森の中から平原にプヨプヨと音を鳴らし1体のスライムが出現してきた。
「わたしいきまーす!」
先陣を切ったのはサーシャ。
さすが【無鉄砲】の持ち主だ……。
「ていやっ!」
サーシャの武器は細身のサーベル。軽くて使いやすいから、無鉄砲に飛び込みにはピッタリという事か?
「やったよ~!」
スライムを真っ二つにしたサーシャが自慢気に報告にきた。うん、笑顔はやっぱり可愛いな。
「よくやった! 次出てきたらマッドが倒してみてくれ」
「さっそく2体目が来たみたいですよ! 油断せず頑張って下さい!」
「了解っす!」
リリエッタの声援を受けたマッドが意気揚々とスライムへ駆け寄って行った。
マッドの武器は2つのダガー。
二刀流のダガーを軽い身のこなしで振り回し、スライムを切り刻んでいく。
「倒したっす! 楽勝っす!」
余裕の笑顔で戻ってきたマッド。
さすがにスライムぐらいじゃ苦戦する事はないか。
「次は私ですね!」
気合い十分のリリエッタ。
そこに丁度、2体のスライムが出てきた。
「俺も行くか!」
リリエッタと俺の武器は普通の剣だ。
一番オーソドックスなタイプのね。
2人でスライムに駆け寄り袈裟斬りに倒す。
スライムは柔らかいから豆腐を切ってるようだ。
「よし、どうやらスライムは、あの森の同じ箇所から出て来ているみたいだ。あそこを辿れば大量発生の謎が分かるかもしれない」
スライムに対して問題なく対処出来る事が分かったので、大量発生の謎を探るため俺達は森に入る事に。
首都周辺の森はそこまで強いモンスターは出ないので人数が揃っていれば問題はないと思う。
俺1人じゃ絶対無理だが、仲間がいる今なら大丈夫。
そう思っていた。
「おいおい……なんだよこれ」
「こんなデカいスライム初めってっす……」
「なんだっけこいつ……なんとかスライムだよね?」
「キングスライムですよサーシャ……」
俺も聞いた事はあった。
スライムを無限に生み出す親玉キングスライム。
自分で生み出したスライムに栄養を補給させ、ある程度集まったら、そのスライム達を自分に取り込み力を溜めていく。
そして活動出来る量の力が集まるとその場所を離れ、周辺の全てを飲み込みながら巨大化していくと言われている。
集落ごと飲み込まれたなんていう話もあるヤバいモンスターだ。
「良かった……まだ補給の段階でその場からは動けないみたいだ! 今のうちに倒して巨大化を阻止しよう!」
「了解っす! 俺のダガーで切り刻んでやるっす!」
「わたしも行きま~す!」
マッドとサーシャが王冠を乗せたキングスライムへと突っ込んでいく。
「くっ、斬っても斬っても修復されるっす!」
「きりがないよ~!」
「マッド! サーシャ! 一旦戻れ!」
2人を一旦戻し、状況を整理する。あれだけ分厚いと普通の攻撃じゃダメージを与えられない。
スライムは火に弱いため、こういう時は【魔法使い】や【料理人】の火属性スキルが効果的だが、俺達はそんな高尚なスキルなんて持っていない。
どうする。撤退するか?
とりあえず大量発生の原因は突き止めたし、無理しても良いことはないな。
「よし! 後はギルドに報告して対処して貰おう! 俺達は撤退するぞ!」
「それは良いのですが……エレンさん」
リリエッタの顔がやけにひきつっている。
一体どうしたというのか。
「どうした? なにか言いたい事があるなら遠慮なく言ってくれ!」
「私達……囲まれてるみたいです……」
「は? ……マジか!?」
キングスライムのいた場所は森の少し開けた所。
そこを囲むように、大量のスライムが待機していた。
「ヤバいっす! 軽く一万以上はいるっす!」
「こういう時に嘘つくなよっ……」
マッドの言葉は嘘だが、おおよそ100体以上のスライムに囲まれているのは事実だ。
それより問題なのは、スライムの後ろに控えているゴブリン達だった。
「なんでゴブリンまでいるの!?」
「恐らくですが、キングスライムが従えているのではないでしょうか……」
「なるほど……そう言う事か」
ここは狩場って事か。
ここに迷い込んだが最後。
弱小と言われるモンスターを従えたキングスライムは、この場所に迷い込んだ獲物を集団で囲い、数の暴力で喰らう算段か。
ゴブリンも、スライムが残した獲物をおこぼれで貰えるから喜んで協力してるんだな……。
スライムが100体以上。
ゴブリンが30体という所。
スライムはまだしも、ゴブリンが30体もいるのは厄介だ。どっか逃げ口を作って急いで撤退するしかないな。
「どうするっすか!? リーダー!」
「わたしらは命令に従うよ!」
「エレンさんご指示を!」
「ま、待ってくれ!」
3人も同時に指示だなんて俺に出来るのか?
こないだまでただの雑用係だったんだぞ……。
俺は3人に急かされ焦っていた。
指示を出しつつ自分でも動き、更にメンバーの安全を考慮しなければいけない状況なんて初めての経験。
どうすれば良いのか迷い考えが纏まらない。
そんな追い込まれた状況の中で、俺の脳内は突然覚醒する。それは、雑用で汗を流していた時の感覚にそっくりだった。
そう"同時進行"が発動した時瞬間だったのだ――
「先ずはスライムより先にゴブリンを撃破する! 一番素早さのあるマッドはゴブリンを撹乱しながら誘い込め!」
「了解っす!」
「サーシャはマッドが誘ったゴブリンを背後から斬り倒せ!」
「わかった!」
「リリエッタは俺と2人のサポートだ! 2人の虚をつこうとするモンスターを叩斬ってやろう!」
「了解しました!」
頭の中にスラスラと次の行動や指示が浮かんでくる。
自分が行動していてもそれは変わらない。
3人の姿をしっかりと捉え、次の行動を指示しながらも、自分が倒すべき敵も処理出来てしまった。
そうか……俺は勝手に勘違いしていた。
同時進行は、2つ同時に物事を進められるスキルだと思い込んでいたが、それは違う。
自分の行動を制御しながらも、頭の中では複数の事を処理出来るスキルだったんだ。
言うなれば、会社員が一番欲しいスキル――
マルチタスクだ!!
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