第5話「クラン立ち上げの日」

 翌日。俺はギルドで昨日面接した3人を、クラン専用のクエスト掲示板を眺めて待っていた。


「なるほど、やっぱりクラン専用だと難易度が高くなるな……」


『ポイズンファングを掃討しろ』だの、『極悪盗賊団を殲滅』しろとか、一様にレベルが高い。


 まず今の俺達じゃ話にならないな。

 新設クランが出来そうなクエストと言えば……。


「エレンさん、ですよね?」


 俺が1枚の紙を取った瞬間、女性に声をかけられた。

 逆ナンか!? とか思ったが、その声には聞き覚えがあった。


「あ、リリエッタさんでしたか。それにサーシャさんにマッドさんも。全員揃ったみたいですね」

「こんち~!」

「こんちわっす!」

「お待たせして申し訳ありません……それと、昨日はご迷惑をおかけしたみたいで……」


 軽い感じのサーシャとマッドに比べ、リリエッタは凄く申し訳なさそうにペコペコと頭を下げていた。


「全然気にしていませんので大丈夫ですよ! では、皆さん。昨日と同じ部屋を借りているので、そこで合否を伝えようと思います」


 俺が二階に上がるように促すと、我一番にマッドが軽やかに階段を上がっていく。


 あいつは絶対合格してると思ってるな。

 なんかムカつくから少し意地悪してやろう。


 それと、リリエッタさんは大丈夫だろうか。

 鬱状態は抜けたのかな?


 気になったので、最後に階段を上がって行こうとしたサーシャさんを引き留めた。


「ちょっと良いですか」

「ん? あたし?」


「そうです。リリエッタさんは大丈夫ですか?」

「あ~、大丈夫だよ! 昨日の夜には普通に戻ってたから!」


「なら良かったです。で、あのような変化はどのぐらい継続するもんなんですか?」

「うーん、大体1日か2日って所かな。あ、でも、クランをクビにされた時なんか2週間ぐらい落ち込んでたっけ」


 なるほど。その時あった出来事によっても変わってくるのか。中々扱いずらそうだ……。


 でも、一度メンバーにすると決めた以上、突き放したり見放したりは絶対にするもんか!


「では皆さん。今から合否を発表します……」


 昨日と同じ部屋に3人を集めた俺は、合否の発表をじっくりと溜めてから口にする事にした。


「結果は……」


 ごくりと生唾を飲み込むリリエッタさん。

 どっちかなと、ワクワクしているサーシャさん。

 余裕しゃくしゃくでニヤけているマッド。

 結果を待つ態度も、三人違って面白い。


「リリエッタさん、サーシャさん合格! マッドさん不合格!」

「やったね♪ リリエッタ!」

「良かったです……」


 素直に喜ぶサーシャさんとは違い、リリエッタさんは心から胸を撫で下ろしている。


 そしてもう1人。不合格を宣告されたマッドは酷く落ち込んでいた。


「ダメっすか……やっぱり俺って、誰からも必要とされていなかったんっすね……」


 てっきり『なんでダメなんっすか!』とか言って怒ると思ったんだが、こんなに落ち込むとは想定外だな……。


 ちょっと可哀想だから、ネタばらしてやるか。


「マッドさん……本当は"合格"ですよ」

「え? ま……まじっすか!?」


「まじっす」

「良かったっす! マジて嬉しいっす!」


 ぴょんぴょん跳び跳ねて喜びを露にするマッド。

 なんか少し、可愛く思えてしまった。


「はい。喜ぶのはそこまで。これから俺達のクラン【ホワイトカンパニー】のルールや活動方向を説明したいと思います」

「わかったっす!」

「宜しくお願いします」

「はーい!」


 少し真剣な表情でそう告げると、3人も真剣な表情で席に座り俺の言葉を待っていた。


 うんうん。中々素直で良い連中だ。


「では、守って貰いたいルールを説明する……」


 俺が掲げたルールはこの通りだ。


 1つ、安全第一に活動する事。

 2つ、言いたい事は溜め込まずその場で言う事。

 3つ、お互いを思い合う事。

 4つ、挨拶は必ずする事。


「リーダー! 1つ目の安全第一ってどういう事っすか?」


 まあ、その質問は飛んでくると思っていた。

 冒険者なんて不安全な職業だ。


 危険なクエストも多々あるし、俺達は危険を犯す事でその分報酬を貰っている。


 要するに、いつ死んでもおかしくないという事。


 その冒険者稼業で、安全第一とは何事かと、思うのも無理はない。だからこそ、


「俺は皆に死んで欲しくない。大切なクランメンバーをむざむざ死なせるなんて、もっての他だ」

「ですが、冒険者に危険は付き物ですよね?」


 その通りですねリリエッタさん。


「だからこそだ。死んだらそこで終わりだろ?」

「そうだよねー! 死んだら楽しい事も出来なくなっちゃう!」

「俺、死ぬ前に彼女欲しいっす!」


 だよな。皆、死ぬ前に色んな事を経験したいと思ってる。それは辛い事も入ってるかもしれないが、それ以上に楽しい経験が待っていると心の何処かで信じている。


 人間って、そういう生き物だろ?


「だよな。だから俺達はどのクランより安全を第一に考え活動しよう! 他のクランに腰抜けと嘲笑われようとも!」

「分かったっす! 安全第一っす!」

「なんか良いね♪ 安全第一!」

「エレンさんの考えは良く分かりました。それで、具体的にはどのように安全に活動すれば宜しいのでしょうか?」


 他の2人は乗ってくれたが、リリエッタは冷静に考え質問をしてくる。


 リリエッタさんは中々頭が切れるのか。

 それとも他の2人が少しお馬鹿なのか。

 まあ、どちらにせよ、しっかり答えないとな。


「では、モンスター討伐クエストを受けたとする。クエストは順調に進んだが、途中でメンバーが軽い怪我をした。クエストはもう直ぐクリア出来る状況として、皆はどうする?」

「そのまま続行っす!」

「わたしもそうする!」

「私も続行すると思います。深手ならともかく、軽い怪我ならクエストクリア後でも治療は間に合いますし」


 3人の考えは出揃った。だが、全員ハズレだな。


「ブブー! 全員不正解!」

「ええーっ! じゃあ、答えはなんすか?」


「答えは、簡単だ。帰る! それだけ」

「ええー、帰ったら勿体ないじゃん! もうすぐクリア出来る状況なんでしょ?」

「そうっすよ! 勿体ないっす!」

「なるほど。リスクですね……」


 サーシャとマッドがブーブー言う中、リリエッタは顎に手を当てて考えている。どうやら、俺の言わんとしてる事がなんとなく理解出来たようだ。


「勿体ないのはその考えだ! "もし"を考えろもしを!」

「もし、クリア後にもっと大量のモンスターに囲まれたら……もし、軽い怪我が化膿して治らず命を落としたら……」


「その通りだリリエッタさん! そのもしを考え行動する事が安全に繋がるのだ! まあ、その前に怪我をしないように行動するのが第一だけどね」

「へ~、良く分かんないけど凄いっす!」

「エレンって頭良いんだね! わたし馬鹿だから良く分かんないけど!」


 なんとなくも理解してないマッドとサーシャ。


 この2人は言葉より行動で示さないと理解しないタイプだな……。


「もしかしてですが……私達の未来を考えての事ですか?」


 流石、リリエッタ!

 俺の思っている事をズバリ当ててくる。


「そうだね。軽い怪我でもどんな障害になるか分からない。それで冒険者を引退する事になるかもしれないし、その後の仕事にも支障をきたすかもしれない。一歩前の利益より、遥か未来の利益を守りたい。俺はそう思っている」

「家族でもないのにっすか?」

「わたし達、会ったばかりだよね? なんでそこまで? 所詮は他人なのに……」

「エレンさんはきっと、このクランを家族のように暖かいクランにしたいのではないですか?」


 今日のMVPはリリエッタで決まりだね。

 才色兼備で最高の仲間を獲得出来た。

 ちょっと、ジョブは特殊だけど……。


「ありがとうリリエッタさん。その通りだよ! だから2つ目から4つ目までがあるんだ」

「ふふ。なんだか、素敵なクランになりそうですね」

「うんうん! わたしこのクランに入って良かった!」

「リーダー格好いいっす!」


 このクランに入って良かった。


 引退するその日まで、そう思って貰えるクランにしようと、俺は改めて覚悟を決めた。


「という訳で、クエストを受けるのは明日からとして、今日は親睦を深めるため歓迎会を開きます! 勿論、俺のおごりだよ」

「リーダー、マジで格好いいっす! 一生着いていくっす!」

「よ! 太っ腹!」


 そのまま俺達は、ギルドを出て酒場に向かった。


 盃を交わし肩を組んで下手くそな歌を披露する。

 そんな楽しい歓迎会だった。


 初期メンバーが加入した今日こそ、本当のクラン立ち上げの日として記録しておこう。


 明日からは、俺達に出来る色んなクエストを受けつつ、それぞれの悪い所や良い所を評価し、改善していくつもりだ。


 まあ、難しい事は明日考えるとして、今日は飲み明かそう。


「ほら、みんなもっどのめー!」

「リーダー酒弱いっす!」

「あらま……酔った勢いで変な事しないでよー?」

「エレンさん、お水も飲みましょうっ!」


 変な事? そんな事しないよ? まさかメンバーに手を出すなんて、リーダーとして失格だしね。


 そう思っていたんだが……。



「いてて……」


 翌日。飲み過ぎて頭痛と共に起きた俺は、大変な事をしでかしてしまった事に気づいてしまった。


「んぅ……」

「リーダー起きたの……?」


 上半身裸の俺の隣には、服は着ているものの女性2人が一緒のベッドで寝ていた……。


「なんで2人が……いや、俺、なにもしてないよね?」

「ふふ、どうですかね」

「自分の胸に聞いてみればー?」


 悪戯に笑うリリエッタとサーシャ。


 俺は昨日あんなに格好いい事を言っておいて、一夜にしてメンバーに手を出す"最低"なリーダーに成り下がってしまったのか……。


 2人のキュートな笑顔が、逆に不安を募らせていた――

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