第69話 本を読む
それからというものごくたまにクロサキは図書館へと足を運んでいた。
ほぼ一日いるらしく、昼ぐらいに帰ってくるシロアンよりも随分と遅い時間に帰るのが当たり前になっていた。
朝早い時間に行き、夜も近い時間に帰ることから、出来るだけ人が少ない時間を行き来しているかもしれないが、単に夢中になって長くいるのかもしれない。
そうだと思うと結果的にあの本を買って良かったなと思う。ここまで外に出たいと思うきっかけが出来たのだから。
ちなみに、イオにあの本の真実を言うと、「ちょうど本を貸してくれる所を探していたんですよ!いいことを聞きました!」とかなり喜んでくれた。
そのことを思い出して、寝室で一人笑っていると、ベッド上に置かれていた本を手に取った。
ここ最近は図書館で何かと借りてくるので買うことは無くなっていた。
そのことに少し寂しいなと思いながら表紙を見ると、この本は買ってあげた本ではないと気づく。
向かい合っている男女が手を取り合って笑い合っている表紙。
『孤独の化物は、真実の愛を知る』という題名の本は、シロアンが買ってきたような類のものとは違うように思えた。
そういえばなんだかんだ本を読む暇が無かったことを思い出し、この機会にとその本を開く。
床の軋む音がする。
ふいに本から顔を上げると、無表情のクロサキと目が合った。
だいぶ読んでいたらしい、部屋が夕日で照らされていた。が、今のシロアンにはどうでも良いことであった。
涙が込み上げてくる。
「〜っ!クロサキさん〜!」
温もりが欲しくてその胸に飛び込んだ。
急にシロアンがそのようなことをしたものだから、驚いているのだろう。硬直していた。
そんなことは気にせずひとしきり泣いたシロアンは、バッと顔を上げた。
「この本、途中まで読んだのですけどっ男性の方があまりにも可哀想すぎるんですよ〜!左半分が火傷のせいで負ったものなのに、普段付けている仮面も含めて気持ち悪いの何だと言われ続けて·····同じ人間なのに、何でそんな酷いことを言う·····うぅ·····っ」
怒りを滲ませた声音で訴えていると、また思い出してしまったのか、再び泣き出す。
そんなシロアンの勢いに気圧されながらも、頭を撫でた。
「·····ありが、とう·····」という言葉と共に。
頭を撫でられたこともその言われた言葉にもきょとんとし、涙が引っ込んでしまった。
それは、どういう意味なのでしょう、と訊くが前にスッと目の前に一冊の本を渡された。
思わずその本を受け取る。
先程の本よりもだいぶ薄く、輝いている小さな星を男の子が抱いている可愛らしいイラストが描かれていた。
『まいごのほし』という題名の絵本は、見た目が可愛いと思って買った本だ。
しかし、どうしてこのタイミングで。
クロサキの顔を見ると、「·····読んで」と言われた。
そう言われるがまま、さっきまで読んでいた本を置き、再びベッドに座り、読む。
その物語は、男の子が周りの大人達に無理だと言われ続け、けれどそんな反対を押し切ってどうしても叶えたいものがあるという。ある日、キラキラと輝く星達にその願いを叶えて貰おうとしていた時、頭上から落ちるはずがない小さな星が自分の頭に落ちた。
その星は間違えて落ちてしまい、皆がいるあの空に帰りたいと泣く。
そんな星を宥めながらも男の子はどうやって皆の所へ帰らせようかと思案していると、暗い海を明るく照らしてくれる灯台を見つける。
あそこなら空に近いと思った男の子は一緒に行くことにした。
思っていたよりも遠くて、何度も諦めかけていたが、太陽が顔を出すが前にその星を皆の元に帰らせることが出来た。
小さな星は、その男の子にお礼にとあの時願っていた願いを叶えてあげた。
これからも見守っているよ、と言葉を残して。
静かに本を閉じる。
頭を下げているシロアンの表情はクロサキからは伺い知れない。
クロサキは何も出来ずじっと待っていると、バッと顔を上げた。
その上げた顔に少しばかり目を見開いた。
「うぅ····っ、このお話とっても良いですね·····!男の子もお星様も、嬉しそうで·····!」
さっきと同じようにポロポロと涙を流していた。だが、さっきと違うのは、どこか晴れ晴れとした表情をしている。
だからか、すぐ泣き止んだ。
「素敵なお話を勧めてくださりありがとうございます。ですが、どうしてこれを勧めたのですか?」
シロアンから差し出された本を受け取り、今まで持っていたらしい紙束と共にぎゅっと抱きしめた。
迷っているのか、いや、言いたくないのか、少しだけ口を開いたままそれ以上の行動をしてこなかった。
「クロサキさん。言いたくないのなら──」
「さっきの本も、·····最後まで·····悲しくない·····。だが、シロアンが·····悲しそうに、していた·····から·····」
言い終えたらしく、深く頭を下げ、顔が隠れてしまった。
シロアンは驚いて無意識に、「·····まあ」と言葉が零れていた。
クロサキなりにシロアンのことを慰めようとしていたのだ。
そうと気づいたら、嬉しくて仕方なくて自然と溢れんばかりの笑顔を浮かべていた。
立ち上がり、何故か小刻みに震えているその腕にそっと手を添える。
その時、ビクッとさせていたが、構わず顔を覗き込むように見上げた。
「私のこと、慰めてくれようとしたのですね。ありがとうございます」
その時クロサキは顔を上げた。いつものように無表情に近い顔だったが、よく見ると「どうしてお礼を言うのか」と不思議そうな顔をしていた。
そういうことをしたのはそっちなのに、と苦笑を浮かべた。
「さっきの本、クロサキさんが言うのなら最後まで読んでみたいです。あの本もきっと素敵なお話なんでしょうね」
想像していたら、自然と笑みが零れていた。
シロアンがそんな表情するのはいつものことだ。だけれども、目を合わせようとすらしないクロサキにとって、ほぼ見たことがない表情。だからなのか。
「·····うん」
頷いた時のクロサキの表情は、つられてなのか、僅かながらに柔らかい表情をしていたのだ。
元々大きい瞳を溢れんばかりに見開いた。
クロサキのこんな表情を見られるだなんて。
一体どうしたのだろう。
シロアンは動揺しているのか、無意識に頭を撫でるなんて言う訳が分からない行動をした。
その行動には身体を竦ませることもせず、受け入れてくれた。
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