第67話 好き…?
その次の日、まだ寝ているクロサキのことをじっと見ていた。
あの後イオと丸ニャーのことを見送ると、すぐに部屋へと向かい、その魔女のところへ行くことを止めようとしたが、ベッドで寝ている彼の姿が目に映った。
普段歩かないから特に疲れたのだろう、時折魘されながらも寝ていた。
それでホッとするのは、その時も今も、魘されている意味としても早いし、安堵も出来ない。これは、目が覚めた時にすぐに言わないと。
とは思う気持ちは強いが、今日は仕事がある日だった。いつまでもこうしているわけにはいかない。刻一刻と家から出ないといけない時間が迫っていた。
今のところクロサキは起きる様子が無かった。
呻くような寝言に今すぐにでも起こしてあげたいところだったが、このまま寝ていて欲しいとも思ってしまった。
「ごめんなさい、クロサキさん。このまま寝ていてください。いってきます」
囁くように言うと足早と部屋から出ていく。
─その少しした後に重たい瞼を開けたことに気づくはずが無かった。
「シロアンさん、一体どうしたのかしら?」
「………え?」
歌い終わったのと同時に奥さんに話しかけられた。
「いつもより楽しくなさそうな歌声だったから、何かあったのかなって。…もしかして彼のこと?」
最後の一言は耳打ちして訊いてきた。
自分で気づかないぐらいクロサキのことが心配で仕方なかったようだ。
目を見開いたことにより肯定と見なした奥さんは「やっぱり」と言った。
「大概はクロサキさんのことでしょうけどね。まあ〜好きで仕方ないのね。お熱いわ〜」
冗談めかして額辺りに人差し指でつんと突かれ、シロアンは思わず額を押さえた。
好き…?
そう言われた途端、胸辺りが暖かく感じた。
「あら、どうしたの。やっぱり彼のことが気になる?それとも具合が悪いの?」
「あっ、いえ、大丈夫ですけどっ、その……」
首を傾げながらシロアンが言うのを待っている奥さんに迷うように口を開閉させた後、口を開いた。
「好きってどういうことでしょうか?」
今度はシロアンが首を傾げる。
それを訊いた奥さんを始め、周りにいた僅かの客さえも動きが止まり、ただシロアンのことを見つめていた。
その気配さえ気づかず、シロアンは奥さんの答えを待っていると、「ふふっ」と小さく笑ったかと思えば。
「ふふ…そう、そうなのね。まずそこからなのね。ふふっ」
と、笑い混じりに自分で納得しているような言い方をしていた。
この反応はまた言ってはいけないことを言ってしまったのかと思っていると、奥さんは微笑みにも似た優しい顔をして、シロアンの両肩に優しく手を置いた。
「シロアンさんは当然のように歌を歌うのは好きよね?」
「…は、はい……」
「歌いたいという気持ちが強くて、それしか考えられない時ってある?」
「はいっ!今でも歌いたい気持ちが強くて、そのことで頭がいっぱいです。私が歌ってお客さんが笑顔になるのが見られて、とっても幸せな気持ちになるんです」
「そうそう。そんな気持ちと似たようなものよ」
「?」
前と違い、優しく頭を撫でられたのあって、また首を傾げることになったのだが、奥さんはただ笑うだけだった。
そんな二人の様子に穏やかな気持ちで見ていた周りの人達は、朝食を再開していた。
「それはクロサキさんに対しても、同じように気持ちがいっぱいなのかしら?」
少しの間、頭に手を置いたままふいに訊いてきた。
虚を突かれながらも、「そうですけど…」と答えた途端、また両肩に手を置いた瞬間回れ右をされた。
小さく悲鳴を上げることになってしまったのだが、奥さんはそれに気にすることもなく、「だったら、行ってきなさい」と少々強めに背中を押された。
シロアンはよろめきつつも後ろを振り返る。
「ですが、よろしいのですか?」
「いいのよ。まずはクロサキさんの問題を解決して、心の底から歌いたいという気持ちになってから来なさい。こっちの迷惑なんて一切気にせずね」
腰に手を当てた奥さんは片目を瞑った。
「え、え…っと…はい」と曖昧に頷いていると、背後から「女将さんの言う通りよぉ!」という声が聞こえた。
そちらに振り返ると男性客の一人がニカッと笑う。
「そりゃあ、客からしてもシロアンちゃんの歌声が聞けないのは悲しいけどよ、やっぱ歌っている本人が楽しそうだと思わないと楽しくないわけよ。酒もマズくなるしな」
一旦、持っていたジョッキを豪快に呑むと「ぷはーっ」と息を吐く。
「だから行ってきな!」
少しの間、呆然とその客を見つめていたシロアンだったが。
無意識に胸辺りに上げていた両手を強く握った。
「はいっ!行ってきます!」
宿屋から出たシロアンは懐から折り畳まれた紙切れを取り出し、広げる。
イオはいないとは言っていたものの、改めて読むとこの辺りの地形と変わらない特徴を述べている描写があったことにより、現実にいる可能性が浮上した。
きっとまたクロサキは行くだろうからと、地図とその屋敷を行くまでの手順を分かりやすく書いてくれた。
その隅っこに描かれていた丸ニャーの落書きを見て、微笑むと一人頷き、魔女がいる屋敷へと向かった。
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