第22話 歩行練習

「今日は部屋の中で歩いてみっか!歩くと少しぐらいは体力が持つと思うし、具合が少しでも悪くならないと思うんだわ」

 あれからなかなか声が出る気配が無いまま幾日が過ぎた。

 そのまま進展が無く、クロサキのやる気が削がれて出す気力も無くなったら、これから先そうなるきっかけが無さそうにも思えた。

 だから、他のこともしようと思いたったのが、歩行練習だった。

 ベッドの縁に座っているクロサキは、目の前に立っているヒュウガの話に一応は耳を傾けているようだが、その表情は聞いているのか、そうではないのか、判断がつきにくい。

「とりあえず……このベッドから向こう側の壁まで歩いてみるか」

 そうヒュウガが言うやいなや、クロサキは足元にあったブーツを履くと、その場に立ち上がろうとした。が、バランスが崩れ、その場に倒れてしまった。

「オイ!大丈夫か!」

 ヒュウガが即座に駆け寄ったが、すぐに立ち上がろうとしていた。床、ベッドを伝って、腕が震えていたが、無理やりにでも立ち上がり、一歩、一歩と踏みしめながら前へと進む。

 クロサキは歩行も困難であった。ベッドの上にいることが多い為に歩くことがないせいもあるが、少しでも歩くとすぐに熱を出すからそれがトラウマのようになり、歩くことが出来なくなってしまったのではないかと考えられる。

(それなのに、本当、天界に行こうとしたよな)

 そうでもしたい程、悪夢と断ち切りたかったのだろう。

 足を引きずるかのような足取りで何とかあちらの壁に辿り着いたクロサキの後ろ姿を見ながら、ヒュウガはそう思った。

 クロサキは壁に手をついて、肩で息をしていた。

 少しぐらいの距離でもクロサキにとっては、長く歩いたのと匹敵するぐらいなのだろう。

「疲れただろう?今日はここまでにしないか」と声を掛けてみたが、意地なのかそれで止めようとはせず、同じ足取りで辛そうな息を吐きながら戻ってきた。

 見ているこっちが辛くなってくる。

 手を貸そうとしても、それを無視し、ベッドに近づいたかと思えば倒れ込んだ。

「クロサキ!?」

 すぐさま駆け寄って顔を見てみると、顔が赤くなっていた。

 額に触ると、熱い。

 その間。手をはたこうとしたのか、手を上げようとするのが見えたが、そうする気力も無く、力無く落ちていく。

 ブーツを脱がせ、ベッドに横にさせると、冷たいタオルを用意し、それをクロサキの額に乗せた。

 クロサキは苦しそうに大きく息を吐いていた。

 目は虚ろであった。

 本当にクロサキは思っていた以上に脆弱な体だ。こんなにもすぐに具合が悪くなってしまうと、また歩行練習をしたいと思わなくなってしまう。

 この体もシロアンの歌でどうにかならないものなのか。

 無謀な願いをそう願わざるを得なかった。

 今の状態が、あまりにも可哀相すぎるから。

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