第15話 口

 家に帰ると早々にクロサキがいる部屋へと入っていく。

 「クロサキっ!ごめんな、急に家から出て……」

 そう言いながらクロサキを見た瞬間、口を閉ざしてしまった。

 上半身を起こしたクロサキの表情は出る前と同じく虚ろな顔をしていたが、よく見ると僅かながらに口を動かしているのが見えた。

 異様な光景にも見えるその姿に、少しの間何も言えずにいた。

 クロサキは一体何をしているんだ。

 いつも以上に分からない行動に動揺すら覚える。

 「ク…クロサキ…?どうしたんだ?息が苦しいのか?」

 とりあえず声を掛けてみるが、やはり返事が無い。しかし、近づいた時、分かったような気がした。

 口から空気のような音が聞こえた。ただ口を動かしていただけではなさそうだ。だが、何故そんなことを。

 今まではしなかったこと。そうなったのは、今までとは違う行動があったから?

 それは─天界に行ってからか?

 ─私のあの言葉のせいで、傷つけてしまったのだと毎日ずっとそう思いまして、歌を歌う気にもならなくて……。

 「そういえばな、シロアンが自分のことを責めていたんだぜ。オマエに何か傷つく言葉を言ったって。オマエの今のその行動と何か関係があるのか?」

 刹那、クロサキの口の動きが止まった。

 その行動の意図は全く分かりもしなかった。

 何がしたいのか。

 「…よく分からねーが、オマエが天界に行けなさそうなことは言っておいたからな。だから、あんまり無理をすんなよ」

 ひとまず自分の部屋に行ってるわと言って、クロサキに背中を向けた時だ。

 「……っ…─っ……」

 声になってないような声が聞こえた。

 「クロサキ…?」

 振り向いた直後。

 咳のような咳をし出した。

 苦しいのか、身を屈んで胸辺りを強く掴んでいた。

 「大丈夫か!?」

 慌てて駆け寄り、背中をさすってやる。

 しばらくそうし続けると、咳ようなものは終わり、落ち着かせるように呼吸をしていた。

 ゆっくりとした呼吸になっていくと、一息吐いていた。

 その様子を見て、背中をさするのを止めると、「落ち着いたか」と声を掛けながら様子を窺ったが、クロサキは何か堪えているのか、悔しいのか、両手を震える程強く掴んでいた。

 下を向いているから表情は見えなかったが、良い顔をしてないのは確実だ。

 「クロサキ…?どうした……?どこか、具合でも悪いのか?」

 何か言ってみたが、それでもそのままの状態だった。

「さっき何か言おうとしていたのか?珍しいな─」

 半ば無意識に出した言葉だった。そうと気づいた時には遅い。

 クロサキが横になった途端、頭から布団を被ってしまったのだ。

 あの頃と同じように、拒絶しているかのような。

 半ば無意識とはいえ、これではシロアンと同じように傷つける言葉を言ってしまって、ただでさえ心を開いていないのに、もっと悪化させてしまったようだ。

 謝り、ずっといては気分が悪いようだから、部屋から去った。


 その間もクロサキは微動だにしなかった。

 

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