第8話 痛い

「クロサキッ!」

 一際大きい叫びにも似た声に反応し、驚いたかのように目を覚ます。

 ひどく息を乱していた。呼吸を整えようとしても、呼吸の仕方を忘れてしまったのか、上手く呼吸が出来ない。

 その状況を察したらしく、見下ろしているヒュウガが、

「オレの呼吸に合わせて呼吸をしてみろ。…………いいぞ、その調子だ。よし、さっきよりもだいぶマシになってきたな」

 クロサキの様子を見て、やっと安堵をし、近くに置いてある椅子に座ると、深く息を吐いた。

 ヒュウガが視界からいなくなっても、小さく呼吸を繰り返しながら、ぼんやりと天井を見上げていた。

 この状態になっているということは、ベッドで寝ているということだ。今まで天界にいたはずなのに、一体いつから。

 まだ思考が上手く出来ないクロサキの心を読んだかのようにヒュウガは、言い出す。

「オマエ、家から少し遠い所で倒れてたんだ。天界で寝ていたはずのオマエがな。人間界から帰って来たら、あんな所にいるもんだから、すぐには理解出来なかった。何かあったのか?…………で、ベッドまで運んで寝かせたのはいいものの、そのすぐに、暴れだして、その…………」

 急に歯切れが悪くなり出した。

 いつもなら遠慮なしに言うヒュウガがたまにそうなる。ということは。

 ヒュウガの様子を見るかのように目だけ動かしてみる。ヒュウガは眉を下げ、目線を下げていた。

 その目線はただ下げているだけではない。

 視線を辿っていくと、布団から出している右手首が視界に写った。が、目を疑った。

 具合が悪い時に着る服も長袖のものだが、その袖が肘まで捲られており、あの刻印を隠すかのように包帯が巻かれていたのだが、その白かったはずの包帯が、真っ赤に染まり、シーツまで汚していた。

 どういうことなのか。

「…………クロサキ、痛かったのか?…………痛かったのかもな。強く引っ掻いた痕があったし。オレがもっと早くに帰ってればこんなことにはならなかったな。ごめんな」

 理解したようで理解していなかった。頭が追い付かない。起きた直後のせいもあるが、自分が無意識の最中にした行動が理解出来ない。

 意識が無くなる前に突然、右手が痛み出したのは覚えている。手を抑えて必死に痛みを誤魔化そうとしていた。

 じゃあ、この血が出る程引っ掻いたのも、どうにか誤魔化そうとしたのでは。

 だが、これだと、別で痛んで来るのではないか。

「…………包帯取り換えないとな」

 と、ヒュウガが呟き、クロサキの右手首に巻かれている包帯を取ろうとした直後、痛みを自覚してしまったクロサキが苦痛の表情をし出した。

「クロサキ!どうした!」

 思わず立ち上がったヒュウガが、クロサキの顔を見下ろす。

 せっかく整い始めていた呼吸は再び荒れ始め、左手を伸ばして右手の痛みをどうにかしようとしていた。

 その左手に気づいたヒュウガが、掴んだ。

「ダメだ!また引っ掻くつもりなんだろうッ!余計に痛くなるだろう!耐えるんだ!!」

 左手を強く掴まれる。

 それに抵抗するかのように、暴れだす。が、馬乗りをしてきたヒュウガにすぐさま阻止された。

 痛い。痛い痛い痛い痛い。気が狂いそうだ。

 何故、こんな痛みを味わわないといけない。

 何故、自分だけがこんな目に遭わないといけない。


 自分が何を。

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