第5話 花冠
「てんかいだったら、ずっといっしょにいられる?わるいこっていわれないかな」
「…………しにがみだから、いけないよ」
「しにがみって、なあに?どうしていけないの?」
「しにがみが、"わるいもの"からだよ」
目を開けて真っ先に映った景色は、さっきとは違う空の色と、すぐそばには白い花が広がっていた。
知らない間にまた寝てしまったのかと思いながら体を起こしていると、後ろから「起きましたか」と声がした。
ヒュウガではない、つい最近聞いたあの声。
ゆっくりと顔を向け、その声の主と目が合うと微笑みかけられた。
途端に身構えていたが、相手は気づいていないのか、話しかける。
「さっきは寝ていたようですが、元気になりましたか?一緒にいたヒュウガさんは、用事があるようで、お日様が高い時に帰ってしまったのですが、無理に起こしてはいけないと思って、そのままにしてしまいましたが、大丈夫でしたか?」
ヒュウガさんにも、そのままにしておけと言われましたし、と少し困り気味の顔で訊いてきた。
そこまで言われて今自分が置かれている状況を幾分か把握が出来た。
天界までヒュウガに引きずられながらも何とか来たが、横になった途端に寝てしまったのだ。そして、忙しいらしいヒュウガは先に帰ったということだ。
で、クロサキが寝ている間、目の前にいる人は何をしていたのかというと。
手に、その辺りに咲いている白い花を編んで、輪にしようとしている最中のものが目に映った。
それは何なんだろうか。
口が利けなくなってしまったクロサキは、その疑問すらも言えずにいると、視線で気づいたのか「これを見ていたのですか」と掲げてみせた。
返事代わりに小さく頷いてみせると「これはですね」と、再び編みながら、
「ずっと一緒にいたいと思う人にあげる、"花冠"なのです。今は、クロサキさんがここに来たという歓迎の意味で作っているんですよ」
そう言って楽しそうに笑っていた。
花冠だということは分かったが、一瞬、何故自分の名を知っているのかと思ったが、ヒュウガが言ったのだろうと自問自答していた。
「あともう少しですので、ちょっと待ってて下さいね」
さっきよりも編むのを速めていた。
きっと待たせないようにとそうやっているのだろう。
自分の為にそこまでしなくてもいいのに。それに、勝手に来たというのに歓迎の意味が理解し難い。
見知らぬ人が来たというのに、恐れはしないのだろうか。
興味が失せたかのように編んでいる姿から目を外し、クロサキは見たこともない空の色を見上げていた。
死神の世界は、常に真っ暗な空だというのに、この世界は空の色まで色があるのか。
「出来ました!」
歓声を上げていた。
また振り向いてみると、綺麗に輪になっている花冠を両手で大事そうに持って、「出来ましたよ、クロサキさん」と立ち上がって、嬉しそうな顔を浮かべてこちらに近づいていく。
突然のことに咄嗟の判断が出来ず、せめてもの抵抗で身じろぎをしていると、頭に手に持っている花冠を被せられた。
一拍置いて恐る恐るといった風に、頭に手を伸ばすと指先に花が触れた。
「ふふ、気に入りましたか?」
目線を合わせるために屈んでそう訊いてきた。
「最初は突然のことだったのでびっくりしましたが、お話し相手が出来てとっても嬉しいのです」
笑っていた。さっきの笑顔よりも心の底から笑っていた。
それは、嘘が全くない、本当に嬉しそうな顔で。
何故、そんな顔が出来るのかが分からなかったが、ただそんな顔が自然と出来る程もなのだろう。
と、急に表情を変え、「あ」と声を上げた。
「そういえば、クロサキさんには私の名前を教えてませんでしたね。私は、シロアンと言います。改めてまして、よろしくお願いしますね、クロサキさん」
目を細めて笑った。
シロアンに流されるままに、しばらくの間シロアンと話をしていた。
─正確には、口を開かないクロサキに対して、シロアンが一方的に話しかけているだけだが。
シロアンは、一言も話さないクロサキに対して何も思わないのだろうか。ロクに挨拶すらもしない失礼な態度だと思わないのか。
しかし、今はそんなことを微塵に思わせずに嫌な顔を一つもせず、ニコニコしながら話をしていた。
一日の大半は、歌を歌ったりすることが主流で、他には花を摘んだり、たまにさっきのように花冠を作ってみたり。
毎日同じようなことをしているらしいが、本人はそれで飽きたりもせず、クロサキ達が訪れるまでこの場所から一歩も動いたりもせずに、そのようなことをして暮らしていたという。
「クロサキさん達が来るまで、本当にこの世界はここしかないと思ってました。私ひとりだけの。……と、そう思ったのもクロサキさん達が来てからなのですが」
クロサキの顔を見ながら、苦笑いをしていた。
「ところで、私が一方的に話をしていていいのでしょうか。クロサキさんは何か話したいことはないのですか?」
今度は首を傾げて訊いてくる。
先程思っていたことを口にされた。さすがに気になっていたのだろう。片方は話していて、もう片方は相槌もせず、ただ聞いているだけのように見えるのだから。
「…………っ」
口を開いて、閉じた。
そうして、口を引き結んで俯いた。
「クロサキさ──」
シロアンが何かを言おうとしたのと、クロサキがその場にふらつきながらも立ち上がったのは同時であった。
そしてそのまま、踵を返し、シロアンのそばから離れていく。
クロサキの突然の行動に何も言えずにいるシロアンは、ただその後ろ姿を見つめるだけだった。
クロサキに作ってあげたはずの花冠をその場に残していって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます