第4話視線の先に
「…………」
目を開ける。
少しした後、むくりと起き上がる。
しばらくそうしたのち、頭が覚醒してくると、いつもより体の怠さを感じないことに気づいた。
何故なのだろう。
おぼろげに昨日のことを思い出してみると、それらしいものに辿り着いた。
自分で行った記憶が無い、あの場所で、あの歌を聞いたからだろうか。
ヒュウガが、あの歌は眠らせる効果があるというようなことを言っていた気がするが、それのお陰なのか。
だとしたら。
枕元に置いてあるいつもの服に着替えると、ベッドから降り、ブーツを履き、ゆっくりとした歩みで、部屋を後にした。
友人と話していると見慣れた人物が遠くでおぼつかない足取りで歩いているのを見かけた。
こんな所をあんな足で歩いているのを見るのは、初めてであった。
何をしているのか。
(それに、コイツらに見られるのはヤバいな…………)
「どうした、ヒュウガ」
「何かおもしれーの、見つけたのか?」
ヒュウガの目線の先を二人が見ようとするのを慌てて止める。
「い、いや、なんでもねーよ。それより、オレ、用事思い出したわ。じゃーな!」
二人の返事も待たずに、そそくさとその場を後にしたヒュウガを、最初のうちはその後を見ながら「急にどうしたんだろうな」と話していたが、興味が失せたのか、二人はこちらに背を向けて歩き出したのを見届けたあと、ヒュウガは駆け寄った。
そこはちょうど岩の陰となっていて、あの二人からは姿は見られなかった。
その岩を支えにして伝うクロサキの後ろ姿に声を掛けた。
「オーイ!オマエ、こんな所で何をしてるんだ」
「………」
返事はもちろん来ない。のもあるが、息も絶え絶えに、今にも倒れそうな足取りで、何とか踏ん張り歩いている。
そこまでしてどこに、それ以前にクロサキに行きたい所はあるのか。
この先は、天界へと続く階段がある門があるのだが──。
「まさか、オマエ、また天界に行こうとしているのか?」
そこで、クロサキは力が尽きたのか、膝から崩れ落ちてしまう。
「あ、オイっ!」
咄嗟にその体を支えるためクロサキに触れてしまった瞬間、その手をはたかれた。
「はっ………」
そうされるのは、かなり久しぶりであった。最近ではそうやる力が無いのかと思っていたし、今もそうだと思っていたが。
そうまでして、天界に行きたいということなのだろう。
「ああ、そうかよ。だったら………!」
再び立ち上がり、しかし、さっきよりも歩きが遅くなっているクロサキの手を無理やり掴んで、自分の肩に回した。
この時も振りほどこうとしていたが、そんな抵抗はヒュウガにとって、些細なことであった。
「そんなに行きてーなら、行くぞ。オレもちょうど行きたかったしな!」
ニカッと、歯を見せて笑うヒュウガに対しても何にも反応を示さないクロサキを半ば引きずるかのようにして、歩いていった。
天界への階段の段は、一段一段が宙に浮いており、透けていて、空へと続き、最上段が見えない程だった。
どこまで上ればいいのか。
最初はそう思っていた。
そうじゃないと思ったのは、クロサキを捜しに初めてここを上り、その後、何回目かの天界に行く際に、どういうわけか、段数を数えてみようと思ったのだ。
一、二、三、四…………十三、の段を踏んだ瞬間、眼前に白くそびえ立つ門が現れたのだ。
どういう仕組みなのか未だに分からないが、毎回、途方もない階段を上らされると思っていたので、簡単に行きやすくていい。
(まあ、今回はコイツがいるから、特にそう思えるが)
チラリと、隣の顔を見やる。
相変わらず息が乱れていて、今にも倒れそうな状態であった。
「なあ、やっぱ、行くの止めた方がいいんじゃね?」
さっきはオレも乗り気だったけどさ、と語尾を弱めて言ってしまっていた。クロサキの状態がさっきと変わらずであったため、無理やりにでも引き連れて帰れば良かったと後悔し始めたからだ。
クロサキはというと、自分がそんな状態にも関わらず立ち止まらず歩こうとしていた。
もはや意地である。
「…………とりあえず、行くか」
シロアンがいる場所に辿り着く頃には汗だくで、足がもつれかかっていた。
しかし、シロアンの目の前に来た途端、ヒュウガは全ての力を使い果たし、その場に倒れてしまう。もちろん、クロサキも共倒れだ。
「ど、どうされたのですかっ」
流石のシロアンもかなり驚いて、すぐさまそばに寄り、あわあわしている。
初めて来た時と同じような状況だ。
とりあえず、大丈夫だと示すため、顔を上げ、言葉を発しようとシロアンと目が合った時だ。
あの時とは違い、眉を下げ、どこか不安げな表情をしていた。
そんな顔を見ていると、胸の辺りが心なしかざわつくような気持ちになった。
「大丈夫ですか……?」
シロアンがその表情のまま訊き、それにハッとしたヒュウガは、「ああ」と言って、立ち上がろうとしたが、何かを思い出したかのように、自分のすぐ隣を見る。
ヒュウガの肩に回していた手はいつの間にか無く、二人に背を向けて、横になっていた。
「オーイ、クロサキー?」
ヒュウガとシロアンも一緒になって顔を覗き込んでみる。
目を閉じていた。
寝ているのか起きているのか分からないが、じっとして動かない。
「…………ったく、オマエも行きたがっていたから連れていってやったというのにさ」
やっぱ疲れたのかよ、と後頭部を小突く。
何の反応を示さない。
「この方はどうされたのですか?」
「ん?ああ。コイツ、きっと疲れて寝ていやがるんだ。元々体がよえーってのに、天界に行こうとしたんだ」
「体が弱い、ですか……?」
小首を傾げる。その時金髪が肩に滑り落ちる。
その仕草に、ヒュウガは見てしまいそうになりつつも、
「すぐに熱を出すんだ。ちぃっと歩いただけでもな」
「熱…………?」
「オレもよく分からないが、体が暑くて、起き上がれないぐらいダルくて、苦しいみたいだ」
「そう、なのですか…………」
そう言ったきり、何かを考えているのか黙ってしまった。
この反応から察するにシロアンも"熱"のことは知らないのだろう。ということは、天界の人達もその病にならないことだ。人間界の人達とは違うから、当たり前と言えば当たり前なのだと思うが。
(そうすっと、本当にクロサキはよく分からねーな)
仮に、死神の者ではなく人間だとしたら?
(その可能性は無くは………無いのか?)
死神の世界と天界の間には、人間界へと行ける扉がある。二つの世界の人達が使う為にあるものだが、その逆のこちらに行ける扉が人間界にあるのだろうか。
(人間界に行った死神は、狩った魂と一緒だからなのか瞬時に帰れるしな)
逃がさない為に入れるランタンに魂を入れた瞬間、死神の世界のあの屋敷前に着く。その門の前にいる門番らしき者に渡して、一応はそれで任務は完了らしい。
そんな流れで死神だったら、死神の世界へと帰れる。
あの扉が人間界に無いのだとしたら、他の方法で死神の世界に迷いこんだということになるのだろうか。
死神の世界は、一度死んだ者しかいられないと思っていた世界。イレギュラーなことしか考えられないが…………。
「あーーー考えれば考える程、訳が分かんなくなってくるなぁ、クソッ」
頭をがむしゃらにかきむしっていると、シロアンが、「だったらこうしましょう!」と声を上げながら、手を叩いた。
「あ?何が?」
ヒュウガはシロアンの方を向くと、シロアンはふわっと笑って、
「歌を歌いましょう!」
と、言った。
何を急に言い出すのかと思えば。それにしても、何故、歌。
その意味合いを込めて、「は?」と聞き返した。すると、表情をそのままにシロアンは言う。
「元気がないってことなのでしょう?だから、歌を歌って、元気になってもらおうと思いまして!」
さも名案だと言うかのように、嬉々として言い出す。
その理屈は合っているのかどうなのかは分からないが、多分、クロサキが天界に行きたかった理由がそれを聞く為なのかもしれないからだ。
─それに、自分も聴きたいというのもあった。
「─まあ、歌ってみてくれ」
「はい!」
そうして、歌い始めた。
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