第2話 ヒュウガの独り言
「オイ!クロサキ!オイっ!」
何度か必死になって揺さぶっていると、目をうっすらと目を開けた。
やっとか、と全身の力が抜け、その場で座り込んだ。
目を開けたとしてもすぐに反応を示さないのは、恐らく寝起きが悪いからなのだろうと思っているヒュウガは、さほど気にせず、クロサキに言う。
「オマエがなかなか帰ってこねーし、オレが用があったついでに見に行ったら、ここで寝てるし!やっぱ調子が良くねぇじゃないのか?大人しくベッドで寝てろよな」
と言いながらクロサキの額に自分の手を当てた。
単純に熱を計ろうとしたのだが、元々誰かに触られるのを嫌がっているクロサキは、反応が遅れながらも僅かながらに顔を背けて、触るなと意志を示していた。
そんな事はお構い無しに少しの間当てていた。
そして、うーん、と唸りながらも、
「熱があるっぽいな。今は微熱みたいだが、あとになって上がるかもしれねぇな。どっちにしろ家に帰るぞ。血の湖を見るのは熱が下がってからな」
まるで小さい子どもを窘めるような言い方をし、放り投げていた大鎌を戻し、それから有無を言わさず、クロサキのことを背負おうとしたのだが、やはり重い。思わず小さく呻いてしまった。それでも、時間を掛けて家に戻った。
その間にも熱は上がってきたらしく、クロサキは苦しそうな息を吐いていた。
三日三晩。この期間が一番の勝負だ。
一番熱が上がっていて、それに、一番苦しいらしくいつも以上にベッドの上で暴れまくるもんだから一時も目が離せなかった。
こういう時死神で良かったと思う。全く寝ていなくても平気だからだ。
ベッドに寝かせて少しした後、激しく呼吸をしていると思っていると、段々と呻くような声を出しつつ、自身の胸辺りを雑に掴んでもがき苦しんでいた。
始まった。
こうなると揺すっても起きたりしないのだ。
いつもは無表情な顔もこの時は苦悶な顔を浮かべているのを見て、それほど苦しいのかと眉をひそめた。
クロサキがこうなる前に用意しておいた冷たいタオルも意味を成さない。
ただベッド横に椅子を置いて座り、落ち着くまで待つのみ。
「……………………こりゃあ、また人間界に行けないな」
一応死神としての責務がある。それは、リストに載っている生者を数日間観察し、死の直前に魂が浮かび上がっている瞬間に狩るというもの。
だが、誰がその生者を担当するというのは決まってないらしく、一人に対し死神が何人もいるような状況で、魂の取り合いをし、その間に生者は天界にも死神の世界にも行けず、人間界に留まることになってしまう。
度々問題になっているそれを、勝手にだがまとめようと、今日も狩るついでに監視しに人間界に行こうとしていた矢先に、これだ。
一度や二度ではないことなのだが…………。
かと言ってクロサキのことを怒るのは流石に可哀想すぎる。と言って一人にさせておくのも心配である。今のように暴れてしまい、いない間に何が起こるのかが分からないからだ。
八方塞がり。
この調子だから死神らしい死神をなかなか出来ずにいた。
どうしようもない怒りをどこにぶつけたらいいのか、いや、怒っていてもしょうがないと思ってしまい、代わりに長い長いため息を吐いていた。
4日目になると、昨日までよりだいぶ落ち着き、荒い呼吸はしてるが、暴れることは無くなった。
これでやっと人間界に行ける。
よし!と、そんな言葉を漏らしつつもガッツポーズをしてると。
目をゆっくりと開けた。
「クロサキ、はよ。どうだ?調子は」
「…………」
こんなことを訊いても返ってくるはずないと十分に分かっているが、ついつい訊いてしまう。
案の定クロサキは返事もせず、苦しそうな息を繰り返しながらただ目を天井に映していた。
「まあ、見た感じ熱はまだあるようだな」
と言いながら、クロサキの額に手を当てた。
この時、三日前のような嫌がるような素振りではなく、されるがままになっている。それにどことなく表情が和らいでいるかのようにも見えた。
死神の世界の人達は、人間界の人達よりも体温が低いと言われている。だから、手が冷たくて気持ちがいいということなのだろう。
しかし、あの他人を拒絶するクロサキが。
毎回熱を出す度にまるで別人になったかのように、そんな行動をしてくるのだ。
(なんか、逆に調子が狂うんだよな)
しかも、それ以外にも不思議な行動をし出すのだ。
まだ熱があると分かり、額から手を離すと、ヒュウガの手を名残惜しそうに見たり、さらに。
「やっと起きたことだし、ついでに着替えるか。着替え出来るか?」
と言うと、気だるそうに体を起こす。
この時もヒュウガが支えてあげようと背中に手を当ててあげるのだが、払いのけたりしない。
いつもなら着替えの服を受け取って、ヒュウガは部屋から出るのだが、枕元に置いてある服に目もくれず、ゆっくりとした動作でベルトを外し始める。
ところが、緩めたぐらいだけで外そうとせず、手を動かすのを止めてしまった。
またか、とつい独り言を呟きつつも、
「ほら、外してやるからこっち向け」
と言うと素直に体ごとヒュウガの方に向けた。
この行動も驚いた。熱が出した時でも何が何でも自力でやりそうなのに、怠いからなのか人にやらせようとするのだ。
最初はそう思ったのだが、最近はこの行動は甘えもあるのではないかとも思っていた。
それは、人間界でそんなことをしている人間を見かけたからだ。
それでも、"あの"クロサキが、だ。
弱っていると誰かに頼りたくなるのは分かる。だが、誰かにも頼りたくもないクロサキにしては異様なことだ。
ヒュウガが頼れる程、甘えられる程、信頼関係が築けているのか。それは無い。
名前すら呼んだことがあるのかさえ、あやふやだ。
"あの時"以外は。
それではなく、ヒュウガを他の誰かと間違えているのかもしれない。
高熱を出すと意識が朦朧とするらしいから。
毎回そうやって自問自答をして自分で納得させているはずなのだが、目の前で見てしまうとまた同じ疑問を繰り返してしまうのだ。
その異様な行動とまた疑問になるものが現れる。
ベルトを外してやり、今度は服を脱がし始める。
「服が脱げねぇから、バンザイしてくれね?」
ヒュウガの言葉に従い、のっそりと腕を上げる。
そうして、服を脱がしたのだが。
あらわになるのは、身体中に広がる無数の痛々しい傷痕と、それよりも目立つ右手の甲から腕に刻まれているらしい何かの模様らしきもの。
表面だけではなく、裏にも刻まれていた。
初めて見た時は声も出せないぐらい衝撃なものであった。何故こんなおぞましいものが刻まれているのか。
今はこうして熱を出す度に見ていているので、初めて見た時程の衝撃は無くなっていたが、それでも、ずっと見るのは憚れた。
現にクロサキが体を少し背けるようにして見せないようにしていたからでもあった。
クロサキの反応を見るからに良くないもので、見せたくはないのだろう。
ヒュウガは何も見ていなかったフリをして、クロサキの汗ばんだ体をタオルで拭き始めた。
しかし。
「なあ、クロサキ。この傷、痛くないのか?」
毎回訊いているので分かりきっていることだった。けれども、あまりにも見るに耐えない傷痕な為、つい訊いてしまうのだ。
クロサキは無表情のまま、ゆっくりと首を縦に振った。
新しい着替えの服に替えてやり、再び横にさせ、布団を掛けてやる。
今回は、額に水に浸した冷たいタオルを置いてやると、冷たくて気持ちいいのか、うとうとしだし、やがて小さな寝息をたて始めた。
そんなクロサキを見てヒュウガは、
「全く世話のかかるヤツだぜ」
と深いため息を吐いていた。
「まあ、これで付きっきりにならずに行けるな」
さてと、と伸びをして、その場に立ち上がり、静かに寝ているクロサキのことを見て、
「ちょっくら行ってくるからな。それまで大人しく寝ていろよ」
微笑みに似た顔を浮かべ、ヒュウガは部屋を後にした。
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