皿に肉、更に肉


 村の人が結婚お披露目パーティをするとのことで、村中の人が青空会場に出揃っていた。

 前回参加した長兄の結婚お披露目パーティでは親族側だったので、準備に走り回った私だが今回はゆっくり出来た。結婚した新郎新婦並びに親族たちの挨拶を聞いた後はのんびりお食事をとるだけである。


 結婚したのは村のひとつ上の女の子。お相手は他の村出身の獣人男性。犬と猫という組み合わせ…その組み合わせだと気が合わなそうだが、主役席にいる2人はとても仲睦まじい。

 基本的に同じ種族同士で惹かれ合うものらしいが、別の種族同士で結ばれることも少なくないらしい。その場合、間に生まれた子どもはどちらかの親の特徴を引き継ぐことになるんだって。

 親しい友人や身内からのお祝いの言葉を受けて嬉しそうに笑っていた新郎新婦。新郎が18歳で新婦が17歳。

 …結婚はっや…と思うんだけど、獣人からしてみたら普通なんだよね。私のように進学した人間はどうしても婚期が遅れがちだ。私の感覚がちょっとずれているだけなのだろう。


 ──横でひょいひょい人の皿に肉を乗せてくる奴もそこそこモテるのだ、そのうち誰かと結婚でもするんじゃないだろうか。色んな女の子に好意を抱かれているんだろうなぁ。


「…もういらないって」

「お前さっきから草ばっか喰ってんじゃねぇか」


 草って…私はロバかい。


「野菜と言って。私はそんなにお肉を食べられないのよ。もういらないから」


 隣から切り分けた肉を差し出して来ようとする群れのリーダー(仮)はムッとした顔をしていた。私を肥えさせようとしているらしいが、私にも胃袋の限界ってものがある。入らないもんは入らないんだ。


「ほらっ、切り分けた分はあんたが責任持って食べて」


 皿の上にこんもり乗せられた肉にフォークを突き刺すと、テオの口元に持っていった。ぺちゃっと奴の口元にソースが付いてしまったが見なかったことにする。

 テオがゆっくり口を開けたので私は次々に口へと肉を運んでやる。

 全部食べろ、責任持ってな。給餌みたいな真似をしているので文句を言われるかと思ったが、テオは大人しく食べていた。食べている時はおとなしいんだよ。食べている時は。

 皿の上が片付くまで黙々と同じ作業の繰り返しをしていたのだが、そこへとある人物が声を掛けてきた。


「あの、デイジー。ちょっといいかな?」

「…?」


 その人は今日の主役である花嫁さんであった。彼女は幼い頃よりずっと同じ村に暮らしてきた犬獣人だが、学年も違ったので大して話したこともない。そんな彼女が私に用とは……一体何であろうか。

 呼ばれたので残りの肉をぐさぁと一気にフォークに突き刺すと、テオの皿にすべて乗せた。


「残さず食べなさいよ」


 テオは不満そうな顔をしてこちらを見上げてくる。口を開かないのは口の中にお肉が入っているからであろう。文句を言われる前に私は席を離れた。

 花嫁に誘導されるままついていくと、新郎の待つ場所へと連れてこられた。私は二人を見比べて怪訝な顔をした。新婦は照れくさそうにもじもじしながらこちらを上目遣いで見てこう言った。


「…以前、お兄さんの結婚式で掛けていた呪文を私達にも掛けて欲しいの」

「…祝福の魔法を、ですか?」


 そのお願いに私は渋い表情を浮かべた。あれ、苦手なんだよねぇ…

 断られることを察知した新婦から「だめ、かな?」と子犬のような目でうるうるされ、新郎の猫獣人からは「何泣かせてんだよテメェ」と言わんばかりに睨まれる。

 ──新郎よ、それはいくらなんでも人に物を頼む態度とは思えない。獣人が伴侶を溺愛する生き物だとしてもだ、私にも都合ってものがあるんだぞ。


「…失敗しても、文句言わないでくれます?」


 ブンブンと首を縦に振る新婦と、こっちを疑惑の眼差しで見てくる新郎。

 なんだかなぁ。いやこっちの彼はきっと私がどこの誰だか知らないから警戒してるんだろうけど…。

 私は息を吐きだして、目を閉じると意識を集中させた。周りにいる元素たちにやりすぎないでいいからねと話しかけながら、元素たちの存在を探る。


「…我に従う元素たちよ、デイジー・マックが命じる。彼の者らに祝福を…」


 ──さぁぁ…

 あぁ、やっぱり雨が降っちゃうのか。キラキラの祝福だけでいいのになぁ…と私がゆっくり目を開けると、新郎新婦の上を雨と一緒にキラキラ輝く光の粒が降っていた。

 ふわっと頬を撫でるように風が吹き、どこからか土の匂いが香ってきた。土の元素が花の種を運んできたのだろう。元素の力によってポン、ポン、と2人の頭上で開花すると冠が出来上がる。

 雨はすぐに上がり、空には虹が架かった。その空の美しさよ。私は空を見上げてため息を吐いた。やっぱりなんか違うんだよなぁ。


「ありがとう、デイジー」

「あぁ…はい」


 新婦からのお礼に私は気の抜けた返事を返した。こんなので喜んでくれるなら良かったです。

 もういいかな、と踵を返そうとしたが、彼女はそれを引き止めるように「次はデイジーの番かもね」と言ってきた。

 その言葉には私も足を止めて変な顔をして振り返った。


「えぇ…?」


 それって、次に結婚するのは、って意味だよね? 彼女は何を言っているのだろうか。

 私は高等魔術師になるためにこれから更に勉強と経験を積まなきゃならないの。そんな結婚とかしてる暇はないよ。だいたい恋人もいないのに誰と結婚しろと言うんだ。


「それは有り得ないですね」


 どっちかといえばミアとか他の子達のほうが結婚するのは早いだろう。むしろ私の場合、夢を追うために生きてオールドミスになる可能性もある。

 私がきっぱり否定すると、彼女は不思議そうに首を傾げていた。


「でもテオは…」


 ん? テオがなんだって?


「くぅ、」

「ん? ハロルド、どうしたの」


 花嫁がなにか言いかけたが、私の意識は足に抱きついてきた子熊に向かった。先程まで義姉さんのお膝に座っていたはずのハロルドが寄ってきて、私に向かって腕を伸ばしているではないか。

 赤子といえ、重いんだよなぁー。連日酷使のために腱鞘炎気味の私には少々荷が重いが、気合を入れてハロルドを抱き上げた。…やっぱり重い。


 ハロルドを彼の両親の元へ送り届けた後に思い出したが、あの時花嫁は何を言いかけていたんだろう。テオがどうたらって…。

 あぁ、わかったぞ。どうせテオのことだ。どうせあちこちに「あの女は結婚できない」って悪口でも言いふらしてるんでしょ。


 なぜかこの村の未婚男子は絶対に私に近づかない。…これもテオがあちこちに牽制掛けているらしい。あいつが私を結婚させないように活動してるから、そのことを言おうとしていたに違いない。

 そんな活動せずとも、私はこの村では嫁候補にも上がるはずがないのに。ご苦労なことである。



■□■



 つい先日、私は王都にて上級魔術師昇格試験を受けたばかりで、今はその結果待ちだ。

 試験会場にいた受験生は幅広い年齢層だった。その中でも私は一番若かったらしい。まだ学生の年齢である私は会場内でも目立っていてかなり注目された。

 試験の手応えはあったので、なんとかなりそうな気もするが、合格の言葉を聞くまでは安心できない。結果待ちのその間も暇を弄ばずに、更に上の試験を目指して勉強漬けの毎日を送っていた。


「まぁー! サイモン君も結婚!? おめでたが続くわねぇ!」


 ここ数年、王都での生活を長くしてきたせいか、少々村の流れについていけない。王都では勉強と魔法ばかりだった毎日なのだが、村では結婚だ子どもだ仕事だと全く次元が違う話をしているのだ。

 未だに学生気分の私は肩身が狭かった。そんな私ではあるが、家族に甘えて相変わらず勉強漬けの毎日を送っていた。


「次はエイミスさんちのミアちゃんかねぇ」

「でもミアちゃん、来る縁談すべて断ってるみたいよぉ」

「あらぁ…」


 奥様方の噂話が窓を開けて勉強する私の部屋にまで聞こえてきた。お母さんにおすそ分けに来たという3軒隣の奥さんがおしゃべりを始めると、お隣の奥さんも混じってきて、裏庭でおしゃべりを始めたのだ。

 なぜそこで喋るのか。話が全部筒抜けになってますよ。


「テオ君はどうなの?」


 テオの名前に反応した私は動かしていた羽ペンをピタリと止める。


「うーん…肝心の相手がねぇ…」

「まぁ仕方ないわよね。恵まれた才能があるのだもの。生かさない手はないわ」


 …なに、テオって何か才能があるの? 職場でなにか認められたのであろうか…そんな話聞いたことがないぞ。


 ──ピュルリー…

 鳥の甲高い鳴き声に私は顔を上げた。外でおしゃべりをしていた奥様方もおしゃべりをやめたみたいである。

 伝書鳩だ。それに手を伸ばすと、指先に止まった。


『──デイジー・マックさんへご連絡です。エスメラルダ王国魔法庁管轄、魔術師昇格試験の結果発表となります。デイジー・マックさんは上級魔術師昇格試験において、優秀な成績を修めたことにより、合格となります』


 魔法庁直轄の役人さんからの伝書鳩は、先日受験した試験の結果発表のお知らせであった。


「…よっし!!」


 合格通知を頂いた私は拳を握りしめて歓喜の声を上げた。踊り出したい気分だったが、視線を感じて窓の外を見ると、そこにはお母さん含めた奥様方が覗き込んでいた。

 踊ろうとした腕をすっと下におろす。高揚していた気持ちが一瞬で鎮静してしまったよ。

 覗き見はよくないと思います。


「おめでとう!」

「デイジーならやると思っていたけどすごいわねぇ!」

「今日はお祝いだね!」


 口々にお祝いされたので少しばかり面食らったが、私はとても誇らしい気持ちだったので口角を持ち上げて笑ってみせた。


 その日はお祝いだった。隣近所の人からもお祝いを色々貰った。

 話していないのに、私が上級魔術師になった事が村中で噂となり、その晩には村人全員が知ることとなった。

 田舎の情報早すぎる。

 

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