宙吊りはやめて
魔法魔術学校を卒業した私は、卒業日翌日から再び勉強漬けの毎日をはじめていた。来月になったら上級魔術師昇格試験を受けるつもりなのだ。もう願書も提出済みである。
私の予定では上級魔術師の資格をとったら旅に出る。旅で経験を積みながら、勉強を続けて、いずれ高等魔術師の試験を受けるというものである。
魔術師には実技試験もあるので、それのためにも経験が必要だ。魔法だけじゃない、人間としての経験を積む必要があると思うのだ。今まで踏み入れたことのない土地に足を踏み入れて、世界を知ることも大事だと思っている。
そして旅には路銀が必要だ。合間を見て薬作りと販売を行っているが、これで当面の間の旅費になるか少しばかり不安だ。
…まぁ出先でもうまく行けば売れると思う。最悪お金がなくなっても、村に戻ってまた貯金すればいいだけのこと。節約だってできる。結界を張った上で野宿すればいいだけ。食料は安く購入したものを物質保存の術を掛ければ日持ちするし、現地調達も可能だ。荷物だって収納術で身軽に旅ができる。
私には魔力があるのでなんとでもなるだろう。
今日の分の薬も全て売れ、店じまいした私はまっすぐ村へ帰らずに町で調査していた。仕事について安定し始めたらこの町に部屋を借りようと考えているのだ。
薬作れるスペースがあればいいけど…。そんな物件ないなぁ。下見に来た不動産屋の店先に書かれた物件情報をメモしながら、私は唸った。
薬を作るとしたら匂い問題があるよなぁ。ここは村と違って住宅や建物で密集しているし、人口も多い。広い物件はその分金額が上がるし、隣との距離が近いので薬づくりの匂いで苦情が来るかもしれない。
「…お前、ひとりで百面相して何してるんだ」
「……なんであんたはここにいるの?」
今は仕事中の時間でしょうが。
相手を胡乱に見上げた私は質問に質問で返した。すると相手は「親方の知り合いの工房に用があったから」と返事をしながら、私が見ていた物件情報を覗き込んでいた。右から左へ視線を動かしていたテオはどんどん不機嫌な顔に変わっていく。
こいつの不機嫌スイッチがよくわからない今日このごろだ。
「…お前、家を出るつもりか」
「魔術師として安定したら一人暮らしをしようと思ってる」
家族には旅をすることまでは報告しているが、一人暮らしのことはまだ話してない。旅をしている間は家の管理ができないので、実家で今暫く厄介になるけども。
「駄目だ。お前は実家にいろ」
家族ならきっと賛成することなのに、こいつときたら。
テリトリー内に子分がいないと落ち着かないとでも言いたいのだろうか。昔っから人の行動に口出しばっかして……あんた、昔は「よそ者は出てけ」って私に言ってたでしょうが。出ていってあげるんだから両手上げて喜んだらどうなのよ。
テオの反対発言に反発心が生まれた私は眉間にシワを寄せた。
「なんであんたにそんな事決められなきゃならないのよ」
親兄弟でもないのに口出しがすぎるのよ。私はあんたの所有物でも家族でもない。ただの腐れ縁なだけでしょ。
誤った道を歩んでいるわけでもない。私のすることにケチつけないで欲しい。
「町は盛り場もある。前のブタみたいな糞男みたいなのもいるかもしれないだろ」
だけど私が想像していた答えとは違った。それは私の身を心配した理由からだった。
「危ないだろ、女の一人暮らしは」
その言葉に私は変な顔をする。
「…なんだよ、その顔」
テオはムッとした顔をしていたが、私は動揺が隠せずに変な顔のままヤツの顔を見上げていた。
いっちょまえに女扱いしてきたぞ…。
こいつ、私のこと女だと思っていたんだ…
村の他の女の子と私に対する態度が違うからてっきり私は性別カテゴリのない者扱いを受けているのだと思ったが、女扱いされるとは……戸惑っても仕方がないと思う。
テオと私は無意味に見つめあう。なんだかムズムズしてきた。次に出す言葉が思いつかず、私は咳払いをして誤魔化した。
「見くびらないでくれる? 私は魔術師なのよ?」
ほら、見てみなさいよとペンダントを見せびらかすが、テオはヘッと鼻で笑ってきた。その顔の腹立つこと極まりなし。
その上、私の手に持っていたメモを掠め取るように取り上げると、ぐちゃあと乱暴に握りしめた。
「ちょっと! 何するのよ!」
かっさらわれた物件メモを取り返そうとしたが、ヤツの動きは素早かった。
すばしっこい獣人に足で追いつくと考えてはいない。転送術を使って追いかけ回したが、追いつかなかった。
「返してよっ!」
「やだね」
転送術で目の前に出現しても、ヤツの嗅覚のほうが先に私の匂いを察知してすぐに避けられる。
獣人に魔術師が負けるだと…? そんなバカな。
最後らへんはヤケになって物理攻撃をしてみたが、当然のことながら捕まらない。むしろ両手を掴まれて持ち上げられ、結果的に宙吊りにされるという屈辱的行為を働かれた。
気分はまるで血抜きのために吊るされた獲物である。
「下ろしなさいよぉぉ!!」
「お前トロいんだから無理すんなって」
私はジタバタ暴れてやった。なのに、ヤツには全く響いていない。悔しくてつい声を荒げてしまった。
私がトロいんじゃない! あんたは自分が身体能力に優れた狼獣人であることを理解しろ! 私は人間としてなら運動神経いいって学校の人も言っていた! よって私はトロくない!
私とテオは喧嘩というか追いかけっこしながらそのまま村へとたどり着いていた。と言うよりもテオに誘導されたようなものである。
幼かった子どもの頃のように取っ組み合い(になってない)争いをしていたものだから、通りすがりの村のおじさんに「お前ら大きくなっても変わんねぇなぁ」と微笑ましそうに言われたのが解せない。
私は一度も微笑ましい気持ちで取っ組み合いなんかしてないんだぞ。いつだって本気で立ち向かって負けてきたのだ。それがどれほど屈辱的で、何度涙をのんだことか。
「仲がいいなぁホントに」
どこが仲良いのか。
やめてくれないか、仲良い子どもを見守るようなその目は。
ひとりで帰れると言ってるのにテオは家までついてきた。仕事はいいのか。怒られても知らないからな。
ちなみにメモは結局帰ってこなかった。返せと言っても返してくれないので諦めた。物件情報は記憶に残っているからいいよもう……
家にたどり着くと、庭先で家庭菜園の手入れをしていたお母さんにテオの口から、私が一人暮らしを考えているということを暴露されて、その後緊急家族会議が開かれた。
「一人旅だって本当は反対したいのよ、だけどデイジーの希望を汲んで許したの。それなのに一人暮らしとか…母さんをあまり心配させないどくれ」
……とか色々諭された。私は一人暮らしする能力がないと思われているっぽい。普段勉強ばかりして家のお手伝いしてないせいだな。それは悪かったと思ってる。
きっと今は私が職らしい職についてないので信用がないのだと思う。今は保留にして、安定した収入が得られるようになったらもう一度私から持ちかけてみようと思う。
後日、町へ薬を売りにいくと、警ら詰め所にいたジムおじさんに冷やかされた。挨拶もそこそこに「見かけたぞぉ、デイジーも隅に置けねぇなぁ」と言われたので、なんのことかと思えば…
「デイジーはなかなかいい男捕まえたなぁ。ここにもデイジー狙ってる若い衆がいるけど、アイツ失恋決定だよ」
おかしそうに言われたそれに私は固まった。いい男…? 誰のこと…。
私はハッとした。
「違うからね!? あいつはいじめっ子の悪ガキ! 腐れ縁なの!」
「いいんだよ、おじさんにもそういう甘酸っぱい時期があったからわかるんだってー」
私とテオは争いをしていただけだ。決して微笑ましい追いかけっこをしていたのではない。私にとってテオは今も昔もいじめっ子のまま。そんなふうに意識したことないし、あっちだって子分扱いしてるだけだし!
ただ男女ってだけでそっちに結びつけるのはやめてくれないかな!
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