自分探しの旅へ


「もう出発するのかい」


 部屋で旅支度をしていたら、お母さんが心配そうに声を掛けてきた。私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「いつまでも実家でぐーたらしていられないよ」


 私は上級魔術師となったのだ。

 まだ正式なお仕事はしてないが、一応は立派な社会人。いつまでも親に甘えていられない。

 それに今こそ旅立たねばならない、そんな気がして落ち着かないのだ。


 王都の魔法庁に出向いて上級魔術師資格手続きをした際、ついでに個人事業主としての資格も取得した。

 その時頂いたのは証明書の他に、上級魔術師としてのペンダントだ。中級魔術師とは少し変わって、ペンダントの蓋を開けると、中に方位磁石が備わっているのだ。これも同じく不正が出来ないようになっており、持ち主以外のものが所持すると宝石の光が消えるのだ。

 それを首に下げ、荷物を詰めたトランクを異次元の呪文で目に見えない場所へと収納した。これ便利なんだよ。どんなに荷物を持っていたとしても収納できるから、手元が塞がらないんだ。

 準備を終えた私は魔術師の正装束になるマントを羽織った。これを羽織ると気分まで引き締まるから不思議である。


 上級魔術師になったことは友人らに手紙で知らせている。何故か報告していないファーナム嬢からもお祝いのお手紙もらったけど。合格者の公表がされてるのかな…?

 殿下は私の魔法庁入りをまだ諦めてないみたい。魔法庁でも職員さんにこのあとの進路について根掘り葉掘り聞かれたし。

 だが私の意志は変わらない。組織に縛られない自由業で生計を立てていくと決めているからどんな好条件を出されても首を縦に振ることはないだろう。



「くぅぅ…」

「ハロルド、また帰ってくるから」


 出発する私のお見送りに来てくれたハロルドが私の足にしがみついてきた。普段とは違う旅装束なので、私が出かけるのだとわかったのだろう。ぐりぐりとおでこをこすりつけてか細い声でなくハロルドは愛らしい。子どもは苦手だと思っていたが、懐かれると可愛いなって思うようになった。


「ほらハロルド、お姉ちゃんが困ってるわよ」


 しっかり足にしがみつかれており、私は動けそうにない。見かねた義姉さんがハロルドを抱き上げようとするが、ハロルドは剥がれない。赤子なのにすごい力である。

 私は首に下げていたペンダントのうち、卒業式に貰った中級魔術師の証であるペンダントを外す。


「…ハロルド、これあげる」


 幼獣姿のハロルドとは言葉を交わせないが、意志疎通はできていると思っている。彼の首にペンダントを掛けてあげると、その体を持ち上げた。…やっぱり重い。

 よろけないように踏ん張ると、ハロルドと目線を合わせた。


「このペンダントには私の魔力を封じてるの。守りの術だよ」


 子熊の茶色の瞳はぽやんとしていた。だけどこちらを真っ直ぐ見つめてくるので話は聞いているようだ。


「何かあった時、これがきっと守ってくれる。私が旅に行っている間、いい子にしてるんだよ」


 もふもふおでこにキスを落とすと、ハロルドはきゅふきゅふとくすぐったそうに笑っていた。可愛いけどごめん、重いから身動きしないで。

 胸元にスリスリしてくるハロルドをぎゅうと抱きしめると、なんだか横から強い視線を感じた。

 ……テオである。

 仕事は半休取ってわざわざお見送りに来た奴はなにか言いたげな目をして私とハロルドを見ている。…言いたいことがあるなら言えばいいのに。らしくない。


「抱っこしたいなら言いなさいよ。ほら、落とさないでね」

「ちげぇよ!」


 テオの腕にハロルドを乗せてあげようとすると否定された。じゃあ何なんだ。


「まだ幼い子どもに妬くなよ…」

「いやこいつ甘えすぎだろ? 母親に甘えたらいいのに!」


 リック兄さんがテオを窘めていた。

 テオは甘えっ子なハロルドに不満をいだいているようだが、2歳の子に甘えるなっていうほうが無茶な話だぞ。あんただってちっさい頃はお母さんに甘えていただろう、ハロルドだってそれと同じようなものだぞ。

 ハロルドは私から離れたくないのか、マントに爪を立てている。あんまり力入れると穴が開いちゃうよ。

 次に会えた頃には更に大きくなって人化出来ていたりして。再会するのを楽しみにしているよ。ぐずるハロルドをカール兄さんに渡し、私はそれじゃあと一歩足を踏み出そうとした。


「あっちょっと待った! これ持ってけ!」

「……なにこれ…」

「干し肉だよ。食料はいくつあっても困らねぇだろ」


 私を呼び止めて差し出してきたのは布に包まれた干し肉。


「また肉か」

「保存が効くんだからいいだろ」


 十分食料は持っていくし、その気になれば現地調達するからいいのに…と思ったけど、群れのリーダー(仮)なりの餞別なのだろう。私は「ありがとう」と言って受け取ると、収納呪文を唱えた。


「今度はマメに帰ってこいよ」

「まぁ努力はするけど」

「変な男についていくなよ、お前そういうの鈍感そうだから言っとくけど、近寄ってくる男ってのは下心しかないんだからな! くれぐれも用心しろよ」


 なんか過保護なお父さんみたいなこと言ってるし。私はハハッと気の抜けた笑い声を漏らす。


「なんかそれって、あんたみたいだね」

「えっ…」


 この村で私に近寄ってくるのあんたくらいだし。私が笑ってみせると、テオは口ごもり、頬を赤らめていた。耳をぺたんと倒し、目をキョドキョドさせてなんだか動揺しているように見えた。

 変な奴だな。どうしたんだ急に。

 家族はなんだか生暖かい目でテオのことを見守っているし……変な空気である。


「不埒なやつは魔法で倒すから平気! じゃあいってきまーす!」


 私は見送りに来た皆から距離をとって離れると、転送術を使った。村から飛び去るその瞬間「たまには帰ってくるんだよ!」とお母さんが叫んでいた。



■□■



 手始めに自分の住む村から南下して、東のシュバルツ、南のグラナーダとの国境沿いにある辺境に来ていた。私の目的地はその先にある山だ。ただし、ただの山ではない。

 野生の獣や魔獣達が生活している険しい山である。噂によればドラゴンが住まう区画もあるとかなんとか。

 まず転送術でその近くまで行き、どこかでロバを借りようと思う。できれば山の奥まで転送できたら良かったが、行ったことのない場所なので座標の指定が少しばかり難しいのだ。

 山に入ってからは暫く野宿が続くかもしれないが、準備は万端だ。収納術で野宿に使うものはしっかり収めているので問題ない。


 麓の村で従順そうなロバを1頭借りると、それに乗って山登りをはじめた。この辺の山はあまり人の手がかかってない。やはり獣や魔獣が多いので、普通の人間には少しばかり危険なのだ。この山に入る人は腕に自信がある人か、命知らずだけである。

 ロバに乗って山を登っている途中で魔獣の群れを見つけた。角が生えたうさぎみたいな生き物に、鳥とトカゲが混じったような奇妙な形をした生き物……魔素から生まれた彼らは奇妙な姿をしているのだ。

 近づかなければ、刺激を与えなければ相手も襲ってこない。私はロバに離れるように指示して別方向へと誘導した。


 休憩がてら降り立ったのは木々の間から光差す、薬草の群生地。まさしく楽園である。ロバも同じことを考えていたようで、ロバはその辺の草をむっちゃむっちゃ喰み始めた。

 これだけあれば、他の薬も作れそうだ。若返りの薬の材料も集まりそうだなぁ。最近お父さんが年取って体が重いって言っていたので、若返りの薬でどうにかしてあげられたらいいのにって考えていたんだ。

 生態系を乱さない程度に薬草を採取させてもらおうと、夢中になりすぎていた。日が傾き、いつの間にか夕暮れ空に変わっていた。仕方ないので今晩はこの辺りで野宿の準備をすることにした。


 日が落ち、辺りを闇が支配した。

 薪をくべて火をつけると、そこに鍋を設置する。水は元素たちに頼めば出してくれるので楽ちんである。

 持参した食材で簡単な夕飯をとることにした私は、即席スープとパン一切れ、テオに渡された干し肉を一枚消費しようとしたのだが……カッタイ。噛むと硬すぎて歯が痛くなった。スープに浸してふやかすが、次は噛み切れない。噛んで肉の味を楽しむみたいになっている。

 これ嫌がらせか? 固くて食べられないんですけど。


「プキュルル…」


 干し肉を噛み締めていると、近くの木の幹につないでいたロバが変な鳴き声を上げた。その怯えた風な鳴き声に私は顔を上げた。

 ロバは首を振り、繋がれた縄を解こうと暴れている。……逃げたがっているのだ。


「グルルル…」


 直後、どこからか獣の唸り声が聞こえてきた。──獣だ。獣がそばにいるんだ。ロバはそれに怯えている……

 私は持っていた干し肉を皿の上に置いて、いつでも防御呪文を唱えられるように構えた。


 がさり、がさがさと真っ暗闇な森の奥から音が聞こえてくる。

 ここは山奥。人は滅多に入ってこない場所。今現在この地にいる人間は私一人だと考えてもいい。……誰も助けてくれない、自分の身は自分で守る。

 私は深呼吸をして暗闇の向こうを睨みつけたのである。

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