第19話 地の底

 目的の洞窟は、意外と近くにあるらしい。というのも、それは地下に広く渡っていて、入り口は無数にあるそうだ。しかしかなり深くまで潜らなくてはいけないうえに、一度入ったら二度と出てこれないといわれているため、誰も近づかない。


 わたしたちは一番近くにある入り口に向かっていた。『星観の塔』への道からは若干逸れるけど、洞窟というものにも興味がある。旅の寄り道としては十分に価値があった。


「そういえば、どうしてその石が欲しいの?」

 

 わたしは道すがら尋ねる。

 

「……プレゼントに使うんだ」


 ウィリアムさんはそう短く答えた。何か核心を隠しているようだったけど、とても聞いていい様子ではなさそうだった。仕方なくわたしは口を閉じる。


「ところで、洞窟の生き物は何か弱点はないの?」


 適当に考えていたわたしと違って、ルーチェは堅実だ。ちゃんと対策を立てる気でいる。


「そうだな。奴らに関する情報は少ないが、塩に弱いという噂を聞いたことがある。どうもそれをかけると力が弱まるらしい。あくまで噂だがな」


「塩か……」


 ルーチェは首をひねる。


「いいでしょ、そんなの。どうせ持ってくるのは面倒だし」


「まあ、そうだね」


 あの獣と同じくらいの強さなら、どうってことない。


 それよりも、わたしはウィリアムさんに興味があった。わたしたちを一瞬でヴァイスと見抜いたからだ。有名なのか、それとも彼はその存在を知る数少ないうちの一人なのか。


「有名なのかな、わたしたち」


「知る人は少ないだろう。せいぜい教会の関係者くらいだ。俺は商人の家に生まれたが、少しだけ本で読んだ。おとぎ話だと思っていたから、君たちを見て驚いたよ。……この雨の中を歩いているということは――」


「お兄さんが想像してる通りだよ」


 ルーチェが遮るように言う。少しだけ睨んですらいた。その様子にウィリアムさんは口をつぐむ。


「……悪い。もうこれ以上は詮索しないよ」


「そうして」


 空気が重くなった。みんな無言で歩を進める。


 雨が地面を打つ音だけが耳に入りこんでくる。


 この静寂の中、あの時がまた鮮明に思い出された。ちらりとルーチェを見ると、当然ながらその表情は暗かった。


 何か言葉をかけようとするけど、何も思いつかない。ただただ歩き続けるしかなかった。


「……こっちだ」


 ウィリアムさんは橋から降りて水浸しの地面に足を踏み入れる。わたしたちもそれにならって橋を外れた。靴の中に泥が入り込んでくる。


 重くなった足を動かしながら進んでい行くと、やがて大量の水が落ちるような音が聞こえ始めた。足元を見ると、水が音のする方向へと流れていく。


 そこには、一人がやっと通れるくらいの穴があった。不思議なことに、その穴からはかすかな光が漏れていた。青白い、優しい光だった。


 ウィリアムさんに続いて、わたしたちも中に入る。


 光の正体は、地面から露出しているいくつもの石だった。その光が、洞窟の中をぼんやりと照らしている。


「この奥にさらに下に続く穴がある。そこからが奴らのいる場所だ。覚悟しろ」


「わかった」


 光る石に触れてみたりしながら、先へと進む。緊張感というよりも、わくわく感が勝っていた。


 ウィリアムさんがずっと欲しがっていたのはどんなものなのか、とても気になる。


 そんなことを考えているうちに、また穴が見えてきた。


「数はそれほど多くもないが、油断すると食われるぞ。いいな」


「大丈夫。さっさと石を取って戻ってくるよ」


「よし、頼んだぞ」


 自信とともに、穴をくぐる。

  

 目に飛び込んできたのは、広大な空間と。


 

 

 のそりとこちらを向く、巨大なナメクジだった。

 

 

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