2章 幼き願いをもう一度
第17話 生き物パラダイス
村を出て初めに目にしたのは、どこまで続くのかというほど広大な湿原だった。
そこは巨大な窪地になっているらしく、水が溜まりやすいようだ。
毎日雨が降っているから、地面は浅い池とほとんど見分けがつかないくらい水浸しだった。
試しに足を踏み入れてみると、足が地面に埋まった。
これなら橋を歩いたほうが良さそうだった。
橋はわたしとルーチェがなんとか並んで歩ける程度の幅しかない。
走っていった方が早く着けるけど、この景色を楽しみたいから歩いていくことにした。
ふと足元の水の中に、きらきら光るものが動いているのが見えた。
「ねえ、見て見て」
ルーチェものぞきこむ。
「ああ、これは魚だよ」
銀色に輝くそれはいくつも集まって集団を作っていた。
それが、右へ左へと素早く移動する。
しばらく目で追っていると、いきなりその集団がバラけた。
次の瞬間、黒い影が飛び込んでくる。
その正体は毛玉のような生き物で、はねる魚をくわえてこちらを見た。
かわいい。
「この子はウサギっていうんだよ」
ルーチェが教えてくれる。
わたしはそのウサギとやらを捕まえるべく、そっと身構えて飛びかかった。
「つかまえた!」
わたしの腕の中でバタバタ暴れる姿もまた愛らしい。
どうにか手懐けようと、再び集まってきた魚を捕まえて、ウサギさんにあげてみる。
警戒するように匂いを嗅ぐと、さっとかじりついた。
完食して、怯えの中に小さな期待がその目に宿る。
もう一度与えると、今度は呑み込むような勢いで食べた。
どうやらかなり気を許してくれたらしい。
抵抗していたのが一転して、頭をこすり付けてきた。
「よし、今日から君の名前はクロタロウだ」
満足げに鼻を揺らすクロタロウを見ながら、ルーチェが口を開く。
「……ウサギっておいしいんだよ」
「そうなの!?」
わたしはじっと
クロタロウがぷるぷる震えだした。
(食べないで……)
目が必死に訴えかける。
なんだか可愛そうになってきたから、離してあげた。
地面に降りたクロタロウは、振り返ることなく全力で駆け出す。
「元気でねー!」
湿原を駆けていくクロタロウ。
しかし、その姿は一瞬で巨大な獣に吞み込まれた。
「クロタロウー!?」
金色の毛皮に包まれた勇壮なその獣は、クロタロウの血で口を染めたままこちらに突進してきた。
「よくもクロタロウを……!」
こぶしを握りしめて立ち向かう。
威嚇するような咆哮に、ルーチェはわたしの陰にさっと隠れた。
獣のスピードはさらに上がる。
その勢いのまま、わたしの突き出したこぶしと激突した。
体が吹き飛びそうになるほどの衝撃を受ける。
獣の断末魔の声をあげる間もなく、その肉体はつぶれて崩れ落ちた。
「ふう……」
「怪我はない?」
「大丈夫、なんともないよ」
真っ赤な手を振って見せる。
だけど、顔をあげたルーチェは安堵の表情を浮かべるのではなく、おどろいたように目を広げた。
どうしたのかと思ったその時、真後ろから声が投げかけられた。
「もしかして、ヴァイスか……?」
慌てて振り向くと、そこには背の高い男の人が立っていた。
「えっと、わたしたちは――」
なんとか言い訳しようとするわたしを遮って、その人は口を開く。
「安心しろ。誰にも言わない」
敵意らしいものは感じられない。
ただ何やら考え込んでいるようだった。
やがて、ちらりとこっちに目を向けて言う。
「突然ですまないが、君たちに依頼をしてもいいか? 報酬は支払う」
わたしとルーチェは顔を見合わせた。
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