第14話 真実

 しばらくして落ち着いたあと、わたしはアリーシアさんから貸してもらった本を机においた。

 その表紙は、わたしが読んできた本のものよりも遥かに豪華で、それがこの本を特別なものであることを示していた。 

「これ、神様の本だよね」

「ああ、お姉さんが言ってた暇な人ね」

「もっと偉いものだと思うんだけどな。あの人騎士なのにあんなこと言って……」

 ルーチェがぼやくけど、わたしは本の内容に興味がある。

「そんなことよりさ、早く見てみようよ」

「そうだね」

 わたしは本の表紙を開く。

 幸い、文字は読めそうだった。

 目次なんてものはなく、とりあえず全部に目を通してみるしかなさそうだった。

「長いよぉ」

 ルーチェがつぶやくけど、わたしは読みなれているから、すらすらと文字を追っていった。

 ルーチェも頑張って食いついている。

 しばらくして、目的のことが書かれていそうなところを見つけた。

「ルーチェ、ここそうじゃない?」

「本当だ。どれどれ……」

  

   ~第四部 裁きの雫~

 神は生命を創造し、それらを一つの種族に束ねさせた。

 神は彼らをヴァイスと呼び特別長い命と強靭な肉体を与えた。

 ヴァイスは神の言いつけを守り、その務めを果たした。

 しかし、彼らが文明を築いてゆくと、次第に堕落していった。

 大地を傷つけ、生命を冒涜し、地の宝をめぐって苛烈な同士討ちを始めた。

 神はとうとう、彼らに罰を与えた。

 聖なる水が絶え間なく地上へ降り注ぎ、彼らの肉体を崩していった。

 それから神は、彼らに支配されていた人間を新しい長と定めた。

 ヴァイスはまだ、各地で生き残っている。

 聖なる水を避けて暮らす彼らを、人間は容赦なく追い詰めていった。

 幾人もの人間が死んでいったが、ヴァイスもまた確実に滅びの道を進んでいった。

 しかし注意せよ。

 ヴァイスは生娘の血を飲むことで、聖なる水を克服することができる。

 それは眷属もまた、同様である。

 ヴァイスは一人残らず殺し尽くさなくてはならない。

 騎士はそのために、己の命を捨てて職務を果たさなくてはならない。


「……なんだか、思ってたよりもずっと壮大だね」

 ルーチェがつぶやく。

 たしかに、こんな歴史があるとは思わなかった。

 でも、雨を気にしない方法が見えてきた。

「ねえお母さん、生娘ってなんのこと?」

「え!?」

 ジュリアさんが困ったように目をそらせた。

「け、結婚してない女の人……かな」

「ふーん……。それじゃあ、私はちがうのか」

「いや、ルーチェは違って……」

 珍しくジュリアさんが慌てている様子は、なんだかおもしろかった。

 ちなみに、わたしは知ってるよ?

 本で読んだことあるもん。

「なら、私の血でいいんじゃない?」

「……どれくらいかな」

「うーん……」

 パラパラとページをめくってみるけど、詳しいことは見当たらない。

「お姉さんに聞いてみる?」

 ルーチェは嫌そうな顔をした。

「あの騎士さん怖いよ」

「でもさ、あの人はわたしを襲わなかったから、いい人だよ」

「何か怪しいよ。ぜったい裏があるって」

 やっぱりルーチェはあの人のことをまだ嫌っているみたいだ。

 そんな時、家の扉が叩かれた。

「いらっしゃいますか? 宿を紹介していただいたお礼に参りました。」

 お姉さんだ。ルーチェの肩が跳ね上がった。

「……聞かれたかな?」

「そんなことないよ。大丈夫だって。私が出るから」

 ジュリアさんは扉を開けた。

 ルーチェはわたしの後ろにさっと隠れる。小さな動物みたいでかわいい。

 ジュリアさんとお姉さんはあいさつの応酬をしていた。

 そこに割り込んでみる。

「ねえお姉さん、聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「その本についてかい? いいよ。そのためにもここへ来たのだから」

 ルーチェがわたしの服をひっぱった。必死で抗議しているのが伝わる。

 でも悪いけど、気になることがたくさんあった。

「ずいぶんと警戒しているようだね」

 お姉さんがルーチェを見ながら言う。

 そして、何かを取り出した。

「お菓子を持ってきたのだけれど、いっしょに食べないか?」

 ルーチェは睨むような目つきから、迷うように視線をふらふらさせる。

「お菓子って何?」

「そうか、君は知らないだろうね。お菓子は、甘い食べ物のことさ。君も食べてみるかい?」

 なるほど、多分それは、ものすごく『おいしい』ものなのだろう。

「うん、食べたい!」

 すると、ルーチェも仕方なさそうにうなずいた。

「……アスールが食べるって言うなら、私も食べる」

「ちゃんと二人の分もあるから、いっぱい食べてね」

 お姉さんは中に入って、箱を机の上においた。

 それを開けると、色とりどりのきれいなものが入っていた。

 取り出してかじってみると、前に食べたものとはまた違った感覚だった。

 ルーチェは嬉しそうに足をバタバタさせている。

 わたしもそうしたい気持ちだった。

「ところで、何を聞きたい?」

「まず、どうすればわたしは雨に耐えられるの?」

「その本にあった通り、血を飲めばいい。ただし、かなりの量が必要だ」

 お姉さんは怪しく微笑んだ。

「それこそ、相手を殺すほどの量を飲む必要がある」

 ルーチェがむせた。 

「せっかくお菓子食べてるのに、そんな話しないでよ……」

 見ると、ルーチェが食べていたのは赤いお菓子だった。

「ごめん、変な想像させちゃったね」

「もう……」

 わたしは続ける。

「それから、契約って何?」

「人間がヴァイスの血を飲むことで、人がヴァイスになるものさ。ただし、それで人間を捨てたものは一生ヴァイスの命令に従うことになる」

「そんなものがあったんだ……」

「ほかに何かあるかな?」

 ルーチェがおずおずと尋ねる。

「お姉さんは、なんで私たちにそれを話すの?」

「ただの気まぐれだよ。――どうせ君たちは、これから死んでしまうのだから」

「……え?」

 ――体が、動かない。

 力が入らなくて、地面に倒れる。

 ドサリ、という声が横からも聞こえた。

 多分、ルーチェも同じなのだろう。

「二人とも!?」

 ジュリアさんのおどろいた声がする。

「少し静かにしていてください」

 お姉さんはジュリアさんを殴りつける。

 ジュリアさんは意識を失ったように崩れ落ちる。 

「なにを……するの……?」

 とぎれとぎれにルーチェが聞いた。

「生きたヴァイスはとても貴重でね。ぜひ被験体にしたいと思っていたんだ。ただヴァイスは力が強いから、こうでもしないと私が危ない」

 お姉さんは私の顔をのぞきこむ。

「さあ、君には少し頑張ってもらおうか。なに、心配するな。二人は楽に死なせてやるさ。正直、こんなことがバレたら面倒だからね」 

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