第12話 新しい生活と訪問者
地面に落ちる雨音と、窓からわずかに差す光。
それだけなら、いつもと変わらない朝だった。
けれど、ベッドから見る天井は、全く違う。
そして、違うことがもう一つ。
わたしは、横向きに寝返りをうつ。
隣で寝ているルーチェの幸せそうな寝顔が目に入った。
無意識か、ふにゃふにゃと口が動いている。
なんだか、すごくかわいい。
昨日あんなことがあったから、変に意識してしまう。
いや、変ではない……かな?
だって、わたし達は結婚したんだから。
ツンツンとほっぺたをつついてみる。
ルーチェはくすぐったそうに身じろぎした。
やっぱりかわいい。
しばらくそうやって遊んでいると、やがてルーチェが目を覚ました。
寝ぼけ眼をこすりながら起き上がって、大きく伸びをしていた。
「ルーチェ、おはよう」
「ひゃ!?」
声をかけてみると、肩を跳ね上げてこっちを向いた。
「起きてたんだ……」
「ちょっと前からね」
わたしはのそりと体を起こして、ぎゅっとルーチェを抱きしめた。
もぞもぞと身動きするのを感じたけど、嫌がってはいなさそうだった。
そんなことをしていると、布団から出られなくなってきた。
ちょうどいいあったかさと柔らかさが、わたしをベッドに留まらせてくる。
「……そろそろ起きようよ」
ルーチェの言葉で、わたしはしぶしぶ起き上がった。
大きく伸びをして、眠気を追い出だす。
一方ルーチェはすぐにベッドからおりて着替え始めた。
どうやら朝に強いみたい。
私はベッドに座って足をふらふら揺らしながら、ルーチェが着替え終わるのを待つ。
わたしは、今まで着替えというものをほとんどしてこなかった。
ニンゲンとは違って、汗とかで服が汚れないから。
「あれ? アスールは着替えないの?」
だから、ルーチェが不思議そうにそう尋ねてきたとき、胸がちくりと痛んだ。
ルーチェは、まだ私を人間だと思っているのだ。
こんな重要なことを隠したままでいるのに、罪悪感を感じた。
「具合悪いの?」
ルーチェは心配そうにのぞき込む。
わたしはあわてて誤魔化した。
「ううん、なんともないよ。それよりさ、今日は何しようか?」
「雨が強いから、アスールは家にいるしかないよね……」
どうやら、うまくはぐらかせたみたいだ。
ルーチェが悩んでいる横で、わたしも考え込む。
この先、ルーチェをだましたままでいいのだろうか。
とりあえずはルーチェの服を着て、リビングに出る。
ジュリアさんは朝食を作っているところだった。
「おはよう、二人とも」
台所からいい香りが漂ってきて、そういえば食事のこともどうにかしなければいけないことを思い出す。
またこの前みたいに血が出ると大変だけど、ずっと何も食べないままだと怪しまれてしまう。
でも、今それを告げる勇気はわたしにはなかった。
わたしはニンゲンではない、と伝える勇気が。
料理が完成して、机には三人分の朝食が並べられる。
わたしは仕方なく席に着いた。
ルーチェとジュリアさんも座って、食べる前にまた手を組んで目を閉じた。
そういえば、そもそもわたしが血を出したのはこの格好を真似た時だった。
ご飯を食べたからではない。
だから、ただ食べるだけなら、問題ないのかもしれない。
わたしは、おそるおそる茶色の何かをかじってみる。
しばらく身構えたけど、何も起こらなかった。
安心すると同時に、わたしは初めて「味覚」というものを感じた。
これを、どう表現したらいいのか分からない。けど、なんだかとても幸せな感覚にみたされた。
多分、これを「おいしい」というんだろう。
もう、なりふり構わないで片っ端から食べる。
それらをかむたびに、いろんな「おいしい」が口いっぱいに広がった。
気がついたら、全部食べ終わっていた。
空っぽになったお皿が恨めしい。
自然と、目の前でまだ食べているルーチェの方に目が行く。
ルーチェは少し笑ってから、茶色の食べ物を差し出した。
「少しだけだからね?」
「ん、ありがと」
わたしはルーチェの手にあるそれにカプリとかじりつく。
それも飲み込んでしまうと、わたしは暇になって窓から外の様子をながめていた。
けれど単調に雨が降り続く外の景色なんて、見ていて何も面白くない。
わたしは何かほかのことをしようと窓から目を離そうとした。
その時、何かの影が横切ったのが見えた。
足音から、どうやらそれは動物なんかではないみたいだ。
その気配は、この家の玄関に近づいた。
そして、扉ををたたく音がして、声が聞こえた。
「すみません。初めてこの村に来たものですが、どこか宿泊できるところを教えていただけますか」
ジュリアさんが扉を開けると、そこには長い髪のお姉さんが立っていた。
後ろには、小さめの馬車も見える。
「王都から来た、アリーシアと申します。実はこのあたりに来るのは初めてのことで、まだ分からないことが多いのです。できるなら、この馬車も受け入れられるとこがあればよいのですが……」
「それでしたら、少し進んだところに宿屋があります。おそらく、その大きさの馬車ならちょうどいいかもしれません」
なんだか、ジュリアさんがすごく丁寧だ。
お姉さんの礼儀正しい雰囲気以外にも、何か理由がありそうだった。
そういえば、ルーチェはお姉さんの腰にぶら下げてある長い剣を見つめていた。
「お姉さんって、騎士なんだね」
お姉さんは腰のものを見て、苦笑する。
「一応そうだけれど、私は戦わないわ。あくまで研究が仕事だから」
「ねえ、『キシ』ってなに?」
それはジュリアさんが説明してくれた。
「騎士っていうのはね、神様に仕えていて、私たちを悪い人たちから守ってくれている人たちのことなの」
「じゃあ、神様って何?」
今度はお姉さんが答えてくれた。
「人間というものを作って、遠い所からそれを観察している暇人のことだよ」
なんだかよく分からないけど、暇な人だってことは分かった。
それから、お姉さんは一言お礼を言って、先の道を進んでいった。
それが見えなくなると、ルーチェンはわたしの腕を抱いた。
なんだか、すごく不安そうに見える。
「ルーチェ、どうしたの?」
「……よくわからいけど、わたし、あの人が怖い」
「あのお姉さんが?」
「……うん。なんだか、いやな予感がする」
「そんなの、考えすぎだよ。だってあの人は、わたしたちを守るのが仕事なんだよ?」
「そうだけど……」
ルーチェはなおも不安が消えていないみたいだった。
「とにかく、考えすぎだって」
わたしはルーチェに頭に手を置く。
すると、少しはルーチェの不安が薄らいだようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます