第11話 ファーストキス

 ――そう。これは、わたしがルーチェと結婚するという作戦だ。

 いや、さすがに本当にするわけじゃないけどね。

 あくまで、村長をごまかすための嘘だった。

 これで村長を納得させて、ルーチェたちが村に受け入れられるようにするつもりだ。


「……おぬし、名は何という」


「アスール」


「……そうか。どうやら勘違いしていたみたいだ。おぬしを少女だとばかり思っていた」


「わたしは女の子だけど、何か?」


 おばあさんは頭を抱えた。


「……どういうつもりじゃ、ジュリア」


 ルーチェのお母さんの名前、ジュリアっていうのか。

 これからはジュリアさんと呼ぶことにしよう。


「さっき言ったでしょ。ルーチェはこのアスールちゃんと結婚するって。これで村長も文句無いよね」


「無いわけあるか!」


 おばあさんが吠えた。


「何を考えているジュリア! 女子おなご同士で結婚なんぞ、聞いたこともないわ!」


「そうだね。でも、できないって誰が決めたの? あんた前に言ったよね。結婚さえすればいいって」


「屁理屈を……」

 

 やっぱり、難しいよね……。

 でも、もう一押し。


「わたし、ルーチェが大好きなの! だからお願い!」


 ルーチェが顔を赤くしているのが見えた。

 ちょっとかわいい。

 

「うっ……」

 

 おばあさんは目をそらした。

 いまの、けっこう効いたよね。


「……その娘と結婚したとして、おぬしはどうする。同じ家で暮らすのか」


「いいえ。この子の家で過ごしてもらって、たまに来るようにするつもりよ。二人とも、だしね」


 ため息の後、しばらく静かな時間が過ぎた。

 わたしたちはじっと答えを待つ。


「……わかった。ルーチェとアスール、二人の結婚を認めよう」


 渋々といった様子だったけど、ちゃんと認めてくれた。

 

 ルーチェがわたしに抱き着いてきた。


「やったよ、アスール!」


 わたしはその頭をそっと撫でてみる。

 サラサラな髪の感触は、なんだか気持ちよかった。


「――ただし」


 おばあさんはわたしたちを見ながら続けた。


「わしが見ているこの場で、誓いの口付けを交わすのだ」


「……へ?」


 誰の口からか、そんな間抜けな声が漏れた。





 わたし達は、急きょ作戦会議をひらいた。

 おばあさんは三人がかりで無理矢理追い出して、今頃屋根の下で呆然としているだろう。ごめんね。


 そんなことよりも、これからどうしようか。

 

「どうにか誤魔化せないかな……」


 とりあえずそう言ってみる。


「難しいと思うわ。そもそも村長曰く、『悪魔』が狙うのは誓いの口付けを交わしていない少女だけ。それがないとあの人も納得しないでしょうね」


「でもさ、ちょっとキスするだけでしょう? 私は別に構わないけど……」


 ルーチェが恥ずかしそうに言った。


「わたしも、ルーチェとならいいよ」


 たけど、ジュリアさんは首を振る。


「それはもうちょっと考えた方がいい。口付けというものは、とても大切なものなの。その時に交わした誓いは、永遠に守らなければいけないわ。この場合は、口付けを交わした瞬間、結婚が成立するの」


 そして、わたしの目を見て続けた。


「アスールちゃんは、一度ご両親にも相談したほうがいいと思うわ」


「それは大丈夫。お父さんもお母さんも、多分死んじゃってるから」


「……そう。ごめんなさい」

 

 ジュリアさんの表情がしずむ。

 私は全然気にしてないのに。


 ……それにしても、どうやら誤魔化すことはできそうにない。

 本当に結婚するしか手段はなさそうだった。


「わたし、それでもいいよ」


「無理しなくてもいいよ、アスール。私のせいでアスールの人生がめちゃくちゃになってほしくない」


 ルーチェは慌ててそう言う。

 だけど、わたしはそれでも考えを変えなかった。

 だって――、


「――わたしは、ルーチェがそばで笑っていない方がもっと嫌なの。笑ってるルーチェと旅ができれば、他は何もいらない。」


 それは、まぎれもない、わたしの本心だった。

 わたしはルーチェの手を取って、言葉を続ける。

 

「だからお願い、ルーチェ。わたしと、結婚して」


「アスール……」


 ルーチェが肩を震わせているのに気付いた。

 わたしは思わず抱き寄せる。

 ルーチェの涙とすすり泣く声が、肌を通して伝わってきた。


 やがて、ルーチェは顔を上げた。


「ありがとう。わたしも決めたよ」


 涙をぬぐって、笑顔を見せる。

 それは、いつも通りのルーチェだった。


「よろしくね、アスール」





 ルーチェがちゃんと落ち着いた後、おばあさんを部屋に呼んだ。

 もううんざりした顔だった。

 まあ、そうだよね。元は自分の家なんだし。

 とうぜん、声も不愛想だった。


「それで、話はついただろうね」


 これでなにも決まってないとか言ったら殴られそう。

 でも、わたし達はちゃんと決めたんだから、そんなことにはならないよね。


「うん。口付けもするよ。……ちゃんと見ててよね」


 わたしは、目の前にいるルーチェを見つめる。

 ルーチェも、わたしの顔をじっと見ていた。

 二人でおそるおそる唇を近づける。

 それらが触れ合う瞬間、わたしは大切なことに気付いた。


 ……これって、何か特別なやり方とかあるのだろうか。


「あの……どうすればいいんですかね」


「おぬし、知らずに動いておったのか……」


 おばあさんがあきれたように言ったけど、ちゃんと説明してくれた。


「誓いの口付けは、互いの舌を絡ませるのじゃ。初めてなのだから、思い切ってやれ」


 舌を絡ませる……。

 そういえば、そういうのを本で読んだ気がする。

 ルーチェはなんだか混乱しているようだったから、わたしがしっかりしなくちゃ。


「大丈夫。わたしに合わせて」


 ルーチェは少し落ち着いたようにうなずく。

 

 そうして、わたし達は口づけを再開した。

 唇に柔らかい感触を感じる。

 初めての感覚に戸惑ったけど、気を取り直す。


 少しづつルーチェの口の中に舌を入れていった。

 ルーチェの瞳が揺れる。

 だけど、わたしがやさしく頭をなでると、安心したように目を細めた。


 お互いの舌が触れた。

 少し変な感じだ。

 けれど決して嫌ではない、心地良くて病みつきになりそうなものだった。


 そういえば、気のすむまでって言ってたよね。

 

 わたしはさらに舌を動かす。

 ルーチェが小さく声を漏らした。

 それがかわいくて、わたしはルーチェの頭を抱き寄せる。


 いつまでそうしていただろう。

 おばあさんが咳払いをして、わたしは正気を取り戻した。

 ルーチェは顔を赤くして目を回している。


「……ここまで続けるとは思わなんだ。気が済むまでとは言ったが、限度というものがあろうに」

 

 おばあさんはため息をついていたけど、その顔は少し安心しているように見えた。


「……おぬし達が愛し合っているのは伝わった。これでわしも満足じゃ」 


 ああ、そうか。

 このおばあさんも、心配していたんだ。

 子供たちを守りたいという想いだけは、ジュリアさんと一緒なんだ。


「アスールちゃんは、これからどうするの?」

 

 ジュリアさんがそう聞いてきた。

 わたしは少し考えてみる。


 ルーチェの家で暮らすか、今まで通りわたしの家で暮らすか。

 後者をとった場合は、わたしがルーチェと一緒になる時間は限られる。

 そうなるのは嫌だった。


「わたし、この村に住んでもいいですか?」


「もちろん、いいわよ」


 こうして、わたしは新しい家に引っ越すことになった。

 昨日までは思いもしなかったことだ。


 わたしは傘を広げて、玄関を出る。

 そとは少し雨が強くなっていたけど、まだまだ問題なかった。


「村の皆にもちゃんと知らせてくださいよ、村長」


「言われずとも、分かっておるわ」


 おばあさんにくぎを刺したジュリアさんに続いて、ルーチェもそとに出てくる。

 ルーチェはわたしの隣に並んで、おずおずと手を差し出した。

 わたしはすぐにその意味を理解して、ルーチェの手を握り返す。

 手袋越しに、ルーチェのぬくもりが伝わってきた。


「それじゃあ、帰りましょうか」

 

 そして、わたし達は歩き出す。

 

 新しい暮らしが待っている、わたし達の家へと。



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