ありきたりな悲劇は(11)

正美さんの体調を知ったわたしは、動揺を隠しながら、少女に電話をかけた。


「もしもし?どうしたの?」「この間ぶりだね、今日はちょっと正美さんのことなんだけど」


「お姉ちゃんがどうしたの?」何気ない言葉に「っ・・・実はね、正美さんはしばらくココを離れるそうなんだ」


「なんで!?」 「親戚の方の手伝いに、ね。いかなくちゃいけなくなったそうなんだ」


「エーっ じゃあ今度会う約束はどうなるの?」「うん、ちょっと会えなくなったって、携帯もとどかない田舎らしいんだ」


「そうなんだ・・・いつくらいに帰ってくるって?」「うん、なるべく早く帰れるようにするって」


「わかった。帰ってきたらおしえてくれるよね?」「うん、はじめに連絡がいくんじゃないかな」


「それじゃあまたね」


少女に嘘をついた罪悪感が胸に刺さった。


きっと大丈夫さ。彼女は良くなって帰ってくる。僕が信じてあげないとね。




願いはかなわないものだ。


彼女は永くはないらしい。・・・わたしはどうしたらいいんだろう。


決意を固めた目で、わたしを見つめる彼女の覚悟が痛いほどにわかってしまった。説得をこころみてはみたが、


もう意思はかえられそうにない。


「あなたに協力してもらえないなら、あの子の前で自殺するわ」


出来もしないことを、震える声でいう彼女があまりにも、あまりにも。


「わかった、協力しよう」


泣きそうな顔で「ごめんなさい」という彼女をみるのがつらかった。


「わたしの両親はもう他界しているし、親戚もいない。大丈夫だよ」


「ごめんなさい、まきこんでしまって、あなたしか・・・」


「いいんだ、いいんだよ」


それからは、どこで、どのようにすれば世間に対して大きなインパクトがおきて、目的が達せるのかを話し合った。メディアをつかうのがいいんじゃないかと話し合い、以前ちょっとした縁のあったフリーの記者の話をして、彼女なら信用できると教え、確か名刺が、と古い名刺入れから取り出して彼女に渡した。


その後も何度かの話し合いのあいだにも、


彼女は少しずつ具合が悪くなっているのか、すこし遠くをながめながら、ふっと「もうすぐ夫と息子の命日なの」と。


そうつぶやいたかと思ったら、


「わたしも二人と同じ日に同じ場所から行きたい」と。


決まってからは、早かった。わたしは職場を辞め、アパートを引き払い、これまで関わりのあった集まりに極力迷惑をかけないように、自主的に辞め、役職を引き継ぎ、ほぼすべてのものを処分した。出所のあやしいところから、車を購入し、人通りのすくない時間をしらべ、平日の昼時1時過ぎごろが最適と計画を練った。

免許だけは更新していたが、

車を購入したのはあの事故以来のことだった。どうしてもよぎる記憶に蓋をすることができなかった。


計画を実行に移す、ちょうど1週間前の昼過ぎ。


二人でここに訪れていた。


「ほんとうに、これでいいのかい?」


「いいんです。わたしはここで目的を果たします。この命を使ってでも。」


「あの子になにもいってないんだろう?」「ッ!?」


「連絡待ってるっていってたよ」「い、いまさらあの子になにかを伝えることがわたしにはありません」


「妹なんだろう」「妹なんかじゃありまs・・・」


「きみだってわかっているはずだ。残されるものの気持ちを」


「わかっています」「じゃぁ」というわたしに、


「それでも私はこのまま生きていくことなんてできないんです」


「どうやったってわたしはあの子を残してしまう」


「それなら、なにも知らせずに遠くに行ったままいなくなったほうがあの子だって・・・」


「それはきみの都合なんじゃないのかい」 「そんな、こ、と、、、」


「決意が変わらないことはわかった。それにはもう何も言わない。でも君もあの子と向き合うべきだ」


「妹なんだろう」


「・・・はい」 ふふふと笑みを浮かべながら「ほら携帯をかしてあげるから電話してあげなさい」悩んで、手に取ったのを確認して「わたしはむこうにいってるよ」と離れた。


少し離れたところから、眺める彼女は、泣き笑いをしなが電話を続けていた。


その姿をみながら、


わたしの選択はほんとうにこれでよかったのだろうか。


もっと別の解決策があったのではないか。


彼女を無理やりにでも説得して、あの子にあわせていたら、なにかが、なにかがほんのすこしでも変わっていたんじゃないのか。




「ふたりがわたしにとって家族でたいせつなひとたちであることは変わることはありません」


顔を涙で濡らし、法廷で証言する


あの子を見続けることがどうしてもできなかった。

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