第9話ありきたりな悲劇は(9)
3人であって、笑い合い、別れてから幾日。
正美は、以前から体調がすぐれないことが気にかかり、かかりつけ医で診察を受けていた。
「最近なにかかわったことはありますか?」優し気な声に、
「これといっては・・・ただお恥ずかしことなんですけど・・・」少しためらうと
「なんでも仰ってください。なにかわかるこもありますから。」
「それでは、そのぉ、お腹がですね下腹?のあたりなんですけど、ポコッと出てきてるような気がするんです」
「お腹、下腹に、ですか」ふむ。となにか考えると、
「最近食生活はどうですか?」と聞き「それと、体重に大きな変化は?」と
「量ってはいないですけど、食生活も変わってはいないので、おそろくそんなに変ってはいないかなと」
少し考え込むと「体重を量ってみて変化がないか調べてみましょう」
「どうですか?」
「以前とほとんど変わりがないように思います」 とわたし。
「少し触診させてもらってもよろしいですか?」「はい」
すると、ふむ、少し考えたあと、カルテに筆を走らせながら、
「念のためですが、総合病院で検査をしてみたほうがいいかもしれません」
「えっ!?」驚くわたしに、「念のためです。紹介状を書きますので行ってみませんか?」といわれ、「それならば、受けてみようと思います」
最寄りの総合病院での検査を終え、結果を受け取り病院を出たわたしの目の前は夜の帳がおりるように暗くなっていった。
卵巣癌。進行癌とのこと。
最小限の手術と化学療法等で治療していけるらしい。けれど、蓄えも多いわけじゃない。なにより、もう家族がいないわたしに治療をしてまで、生きる理由があるのだろうか?
わたしの人生はなんだったのだろうか。
なぜこんなにも厳しい世界なのか。
なぜ・・・・・・どうどうとめぐる思考と重く感じる足を何とか前にだした。
「あの子になんて伝えれば・・・」 そうだ。そうだった、
わたしにもまだ大切な人がいる。
そう思った。そうだ、本田さんに連絡して、しばらく会えないことを伝えてもらおう。
思い立ち、彼と待ち合わせ。正直に体調のことを話した。
「今の医療は進んでいるから、きっとよくなるよ」「僕が彼女にしばらく会えないと伝えておくよ」と、悲痛そうな表情を隠そうと笑顔をみせた彼のやさしさが見て取れて、
「おねがいします」
彼と別れ、
しばらく、治療に専念した私に待っていたのは非情な現実だった。
「転移しています。」「長くても5年か、あるいは・・・」
この先は、それでも完治を目指し治療をこころみるか、延命を目的とした治療するか、
何もしないか。
選択肢はどれも明るくはないのは、どういうことだろうか。
あまりのことに少し笑ってしまった。
これ以上は無駄に思えて、治療をやめることを伝えた。
すこし肩をおとした担当医のすがたが、今も目に残っている。
これからどうしようか・・・
公園のベンチにすわり、少し陰る空をながめていた。
日差しは初夏に近づき、あたたかさを少しこえる暑さを感じ、かぜは少し冷たく心地よくもある。見渡せば、親子連れの母親たちのあつまりに、きゃっきゃっ、きゃっきゃ、と楽し気なおさない子たちの声が聞こえる。泣いている子もいるかな?
わたしは
ねぇ
わたしはどうしたらいいの?
もうつかれちゃったよ
幸せだったなぁ
お父さんがいて、お母さんがいて、ちょっとわがままだけど、かわいい妹。
昌司さんがいて、唯が生まれて、本当に幸せだったなぁ。
ずっと、ずっと、ずっと、つづくとおもってた。つづいていくって。
ぜんぶぜんぶぜんぶ なくしちゃった もう
・・・ない・・・の。
「おねえさんないてるの?」
声をかけてくれたのは、さきほどまで、泣いていた子だった。
「これつかう?」そっとハンカチを渡そうとしていた
「いいの、ちょっと悲しいことをおもいだしていただけだから」
「かなしいは がまんしないほうが いいって ままがいってたよぉ」
拙い言葉にどきっとして、「そうね」とぎこちなく笑い、少年を送り出した。
送り出したあとは、何も考えられず、
何気なく視線を向けていた先に、親の目が他を向いている間に歩き出した子が道路の近くまで移動している姿を目にした。瞬間的に
「危ない!!」とさけび駆け出していた。
声を聴いた母親だと思われる女性がわが子だと気づき、名前を叫びながらおなじように駆け出した。
子供は近くにいたすこしずつ距離をおく猫に夢中になったらしく、追うように歩みを止めない。
スッと駆け出した猫。
「待って」「止まって」
「だめ」「だめよっ」
「いかないでッ!!!?」
ッ 歩みを止めたこどもを
私が抱き上げた直後、
住宅街に似合わない速度をだした車が通り過ぎていった。
よみがえる記憶の感情にくらみそうになったそのとき、
駆け寄ってきた母親に気付き、こどもを抱き渡した
「ありがとうござます」「いえ、たまたま目に留まってよかったです」
「ほんとうにほんとうにありあとうございます」「いえいえ、そんな、気よつけてくださいね」
さめざめとお礼を言われて、このまま公園にとどまるのもためらわれ、わたしは歩き出した。どこにむかうわけでもなく、なつかしさにいざなわれるように歩き続けた。
よくここを3人であるいたなぁ。唯の歩幅にあわせて、ぜんぜん進まなかったけど、たどたどしくもあるく唯がおかしくて、かわいくて、昌司さんと笑いあったな。
成長する息子に一喜一憂して、泣き叫ぶ姿にいらいらして、それでもまたかわいく思えて、将来はどんな子になるんだろかと、未来に想いをはせた。
あの日もそうだった。
3人でいつものスーパーに買い物に行った帰り道。
「ぼくがもってあげる」
そういう唯に、「じゃぁこれはお母さんが代わりに持っておくね」といつも大事そうに抱えている戦隊シリーズの合体ロボと交換した。とそのとき、ふいに触ったロボからプシュっと音がなると、手首から先が飛んでいった。
「ろけっとぱんちだよ」と教えてくれる唯に、「まぁそうなのね、拾ってくるからさきに行ってててね」
昌司さんと唯が少し先にいった直後だった。
カーブから直線にはいり加速しようとした車がアクセル操作を誤まったのか、車体を右に左にゆらしながら、さきにいた二人を巻き込んでいったのは・・・。
気づけば事故現場の前に立ち尽くしていた。
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